…私達は今週末から、アメリカに行くことになった」
「……えええ!?」



居候




突然の父親の突拍子もない言葉に、はまったく訳が分からず、父親に詰め寄った。


「何で急にそんなこと勝手に決まってるの!」
「急な仕事なんだ。一年間は帰ってこられないと思う」
「一年間っ!?」


信じられない父親の言葉に、バンッと机を叩いて立ち上がる。父の隣で涼しい顔をしていた母親が、煙草をふかしながら言った。


「心配しなくても、あんたは学校を転校する必要はないわよ。知り合いの家で預かってもらうように頼んだから」
「預かってもらうって…何よそれ」
「ほら、受験もあるだろう?父さんの知り合いなんだが、お前の学校のすぐ近くに住んでてな。お前の話をしたら、預かっても良いと言ってくださったんだ」


父が母と子のいがみ合いに苦笑しつつも、を座るように促した。は相変わらず怒りが収まらないものの、仕方なく、少し乱暴に椅子に座り直す。


「…で、いつからよ」
「明日からよ」
「明日っ!?」


またしても飛び出した爆弾発言に、は再び立ち上がる。母親が相変らず涼しい顔で、「座りなさい」とを睨んだ。


「何で…そんなに急なのよ!」
「お前の学校のこともあるからな…。明日は丁度日曜だから、支度もしやすいだろうと思って…」
「急に言われた方が困るわよ、そんなの!」
「ちょっと落ち着きなさい。うるさいわね」


母がわざとにかかるように煙を細く吐き出す。突然の煙にが咽ながら睨み付けると、父の方が「やめろ」と言って母を制止した。母は、軽く舌打ちをして煙草を灰皿でもみ消す。


「とにかく、悪いとは思っているがこれは決まったことなんだ。必ずこの埋めあわせはする!だから…分かってくれ!」


そう言って、深く頭を下げる父。は情けないなぁと思いつつも、拒否することの無意味さを悟っていた。


「…どうせ、私が嫌だって言ったってどうしようもないんでしょ」
「分かってくれるか…!」
「分かるしかないんでしょって言ってるの」
「最初っから納得してれば良かったのに」
「っ!」


母の腹の立つ一言に、思わず手が出そうになる。だがはそれを必死に堪えると、踵を返して廊下に出るドアを開け放った。


「じゃあ、二人でアメリカ、いってらっしゃい!」


凄まじい音を立てて、廊下へと続くドアを閉める。その瞬間扉の向こうで、父が小さく溜息をついたのが聞こえた。



◆ ◇



「…ここ…か…」


地図を片手にそう漏らす。目の前には、一体何階建てなのか分からないほど高いマンションがある。手元の地図には赤く印が付いていて、恐らくその印がこの場所だと思われた。


「ここの…802号室ね」


エントランスから建物内に入る。あらかじめ家の鍵はもらっておいたので、オートロックのかかるガラスの扉は簡単に開いた。

ホールに出ると、そこは想像以上に広い。軽く集会でもできそうなスペースが用意されているが、一体何のための空間なのか秋にはいまいち想像がつかない。はキョロキョロとあたりを見回すと、陰に隠れたようにあるエレベーターを見つけた。


「何であんな隠れたところにあるのよ…」


そうぼやきながら、エレベーターの「△」ボタンを押す。機械音がしてエレベーターが動き出した。


ただ黙って、エレベーターが降りてくるのを待つ。その間思い出すのは、昨晩の両親とのやり取りだった。まるで自分をさっさと追い出したいような母の言葉と、そんな母に逆らえない軟弱な父。


の母は、本当の母ではない。本当の母はが幼い頃に亡くなり、父親は現在の母親と「職場恋愛」の末に再婚した。


どうも前の妻の子供であるが気に入らないらしい。母と言う立場をいいことに、苛めとまではいかないが、父親に隠れて酷い仕打ちをされていたこともある。もちろんはそれを父に泣きついたが、父はあの母に弱く、はっきりとしかりつけることが出来ないようだった。そのため、自宅では出来るだけ母と距離を置き、食事なども顔を合わせないよう別々の部屋で取っていた。幸いの家は平屋建てでかなり敷地面積が広く、しかもの部屋は端の方にあるので、ほとんど母と顔を合わせることはなかった。


今回、アメリカにを連れていかなかったのは、おそらく母が連れて行きたくないと言ったからだろう。といっても、いきなり連れていくと言われたら言われたで困ってしまうので、どちらがよかったのかはにはわからなかった。


そんなことを考えているうちにエレベーターが到着し、ドアが開く。は中に乗り込むと、「8」と「閉」のボタンを押した。


機械独特の音を立ててドアがしまる。そしてエレベーターが動き出すと、はふっと息をついた。


本当は、気が進むはずがなかった。なんでも「」さんと言うらしいが、どうやら大学生の子供がいるらしい。しかもそれが男で、父親は友達が出来て良かったなどと言っていたが、にしてみれば男友達なら学校にいる。それに妻もいないらしいので、男性二人の中にいきなり飛び込んでいくというのが、かなり抵抗があった。というか、常識的な両親であれば、そんなところに子供を預けたりしないだろう。本当に自分は大切にされてないな、と、は深くため息をついた。


がたっと少し揺れたあと、エレベーターが止まる。は重い足取りで廊下へ出ると、沢山あるドアの中から802号室を探した。


その部屋は、廊下の一番端から二番目にあった。


ピンポーン。


チャイムを鳴らすと、一度小さく溜息を付く。すると思ったより早くドアが開いて、中から男性が出てきた。


「…君がさんだね。お父さんから話は聞いているよ」
「は…はぁ…」
「さぁ、まずはあがってくれ」


そう言って、玄関に通される。がたいのいい体にグレーのスーツ、そして一つに結い上げた長い銀髪。一見怖そうにも見えるが、その顔に浮かんでいる笑みは、とにかく人がよさそうな笑顔。顔だちはイケメンといって差し支えないだろう。切れ長の目から覗く黄色い瞳には、優しい色が浮かんでいる。頼りがいがありそうで、それでいて可愛らしいような、不思議な雰囲気を持った人だった。


「私の名前は闘牙。自分の家だと思って過ごしてくれて構わないから」


そう言って、を家の中へ先導する闘牙。は「おじゃまします」と一声かけて彼の後ろに付いてあがると、玄関からドアを二つ過ぎたところで止まった。


「ここが君の部屋だ。好きに使ってくれ」
「は…はい!」
「まずは荷物を置くといい」


そう言われて、ドアノブにおずおずと手をかける。緊張で手が震えるが、隣で見ている闘牙はにこにことしていて、待ってくれるような様子もない。仕方なく、はゆっくりと扉を開け、中を覗き込んだ。


その部屋は、一人部屋にしては広すぎるとは思った。ベットや机は既に設置されていて、どれもの家にあるものより大きいサイズのものだ。本棚やソファ、窓際にはリクライニングチェアもある。そしてそのどれもが、どこか「かわいらしい」家具で揃えられていて、男性しかいない家には不似合いな部屋に思えた。


「どうかな?部屋は気に入ってもらえたかな」
「すごい…広いし、素敵なお部屋です。ありがとうございます」
「それはよかった!女の子がくると聞いたものだからね、つい気合を入れてあれこれ買いすぎてしまって…狭くなっていないか心配だったんだ」
「え…ええ!?私のために家具を揃えてくださったんですか!?」
「人様の大事な娘さんをお預かりするんだ、当然だろう」


そう言って、闘牙はははっと笑う…が、はありがたい反面、少し引いていた。どんだけ金持ちなんだよ、と。


ちなみに、の家もそれなりの金持ちではあるのだが、これも母からの嫌がらせの一種だろうか、必要最低限のものしか与えられていなかったため、無駄に広い部屋に小さいベッドと、勉強するための机と道具しか部屋に置いていなかった。


「よし!では私はこれから仕事だから失礼するよ」
「えっ!?」


ほんの一瞬考え事をしている間に、闘牙はさっと玄関の方に歩き出してしまう。あまりに突然で訳が分からず、その背中に声をかけようとしたが、「後のことは息子に聞いてくれ~」といって、さっさと玄関から出て行ってしまった。ドアが閉まる直前、胸元からケータイを出していたので、もしかしたら仕事の最中に抜けてきてくれたのかもしれない。

はその後姿に思わず苦笑した。自分の父が忙しいときと、ほとんど同じ動作をしていたからだ。


…だが、笑ってはみたものの、この後どうすれば良いと言うのか。息子とやらは家の中にいるのだろうか。


は自分に与えられた部屋を見つめたまま、ぼけっと廊下に立ち尽くしていた。
…すると。


「…邪魔だ」
「っ!」


後ろから発せられた声に、驚いて振り返る。そこには、先程の闘牙と良く似ている男が立っていた。


闘牙と同じくらい背が高く、見下ろすようにを見ている。闘牙と同じ切れ長の瞳からは、涼やかな印象を受ける。すらりとしていて、長い髪を結ばずに下ろしている。


冬空に浮かぶ三日月のようだと思った。


「あ…すみません…」


は言いながら、体を壁に沿わせて道を作る。それを見て、男はの横を通り過ぎようとしたが…ひたと足を止めて、を横目で見やった。


「…何を見ている」


少し不機嫌そうに言われるので、ははっとして、何とかごまかそうと口を動かした。


「え…と…貴方が息子さん、ですよね」
「…それがなんだ」
「あの、お名前は…何と言うんですか?」


控えめに尋ねる。男はつぃっとから視線を外して、ゆっくりと口を開いた。


「…殺生丸」
「殺生丸…さん?」
「…お前は」
「へっ…?あ…えっと、です。…」


突然尋ねられ驚くが、しどろもどろになりながらもなんとか答える。殺生丸はそれを聞くと、右手に持っていたマグカップを左手にもち直した。


「コーヒーは飲むか」
「え…い、いいんですか?」
「飲むかと聞いている」
「じゃ…じゃあ、頂きます」


が言うと、殺生丸はリビングに向かって歩き出す。その後ろ姿はすらりと細く、女性と見紛うほど美しかった。


はそろそろと、その背中について歩く。


これからこの人達と暮らすのかと思うと、少し居候も楽しい気がした。









アトガキ。



とうとう始めてしまいました、現代パラレル…。
ネタはありがちですね…居候です。
本当は色々考えてたんですよ…先生と生徒とか。
でも怪しいかなぁなんて思ったら出来なくなっちゃって…
ごめんなさい、全然怪しくないです(笑)(むしろ私先生好きですよ?)
てか…この連載殺生丸さん優しいですよ。多分。


それでは、失礼します。









2005.02.21 monday From aki mikami.
2006.03.07 tuesday 加筆、修正。
2019.12.20 friday 再修正。