「うわっ…何このホテル…」


は目の前に聳え立つ豪華な建物を見て、思わず唸った。




お酒






内装は益々豪華で、は呆気に取られていた。
金や銀やがあちこちにちりばめられていて、テーブルクロスは真っ白。料理は色とりどりで、すべてが眩しい。


「こんな豪華なところ…初めて…」
「あまりキョロキョロするな。 私が恥じをかく」
「わ…分かってるわよ…」


拗ねたような顔で言うに殺生丸は嘲笑を浮かべた。それに秋が抗議しようとしたとき、目の前から中年の男性がやってきて、殺生丸と話を始める。殺生丸が頭を下げているということは、おそらく闘牙の会社で世話になっている人だろう。


はそこから少し離れ、茫然と眺めていた。


秋の父親はそれなりに凄い役職らしいが、これもまた母親の陰謀か、このような会には出席したことがなかった。礼儀作法や得意先の顔なども知っているはずがない。

「(どうしよう…)」


手持ち無沙汰な上に居心地が悪いこの空間で、一体何をしていようかと思考を巡らせた。その間に殺生丸は会話を終えたらしいが、ボーイを呼び止めて何かを頼んでいる。遠くて声は聞こえないが、それを一生懸命聞こうと言う気持ちも起こらなかった。




話を終えた殺生丸が、グラスを二つ手にしてやってくる。


「お前の分だ」
「え…」
「酒だ。飲めるだろう」
「さ…酒っ…?」
「ここには酒と水しかない。飲んだからと言ってとやかく言う大人もいない」


そう言って、殺生丸は白ワインを一口飲み干す。
は受け取ったグラスを、苦笑混じりで眺めた。


「いや…私お酒弱いから…」
「良いから飲め」


は縮こまる。そう睨まれると飲まないわけには行かないだろう。


まるで毒を飲み干すかのように顔を顰めてそれを流しこんだ。


喉に熱いものがスゥッと広がるような酒独特の感覚。は軽い頭痛を覚え、その場で頭を抱え俯いた。


の場合、酔うとすぐに体調が悪くなるのだ。


「う…やっぱりお酒だめ…」
「…わがままだな」
「酷い…」


だめなものはだめなの、と小さな声で抗議するに殺生丸は小さく溜息をつくと、からグラスを取り上げた。


「水で良いのか」
「あ…ありがとう…」


思考しづらい頭でなんとか考え、そう答える。殺生丸は視線を合わせぬままで、離れた所にいるカウンターまで歩いて行った。


ふらつきそうになる足取りで、壁際まで歩く。ぐったりと凭れかかると、冷たい自分の手をおでこに当てた。


昔からは、本当に酒に弱いのだ。
初めて飲んだのはアルコール度数1%未満のシャンメリーで、年齢は8歳のときだった。そのときは、たった一口で気分を悪くした上に、その夜に吐き気を訴えた。

…父親がこういう場にを連れてこなかったのは、そのせいもあるのかもしれない。

「(…情けないなぁ)」


自分自身に呆れてしまう。火照った頬が冷めないのを感じながら、自分の足元を見ていた。

すると。


「…君は…見かけない子だな」


中年の男が秋の方に近づいてくる。…右手にはウィスキーグラスを持っている。中身はほとんど空で、相当酔っているようだ。

「誰のお子様だ?」
「…
「ほぅ、様の…」


呟いて、のことを眺め回す男。顔は赤く、呂律が回っていなかった。


様は確か今…ニューヨークじゃなかったかな?」
「私だけ、残されたんです」
「そうか。 …なら、丁度良い…」


にやりと、気味の悪い笑顔を浮かべる男。はにじり寄ってくる男に嫌悪を覚え、後ろに後退った。だが、すぐに柱にあたってそれ以上避けられない。


「大丈夫、何もしないから」


そう言っている奴が一番怪しいと、は思う。だが、この男をつき飛ばしてしまっては、の父親と闘牙、それに殺生丸の立場が悪くなる。は喉元まででかかっている言葉を無理矢理飲み込んだ。


「…冗談はよしてください」
「冗談? 別に私は君に何かしようとしてるわけじゃないんだよ?ただ一緒にお酒を飲みたいなって思っているだけさ…」


いやらしい目つき。
お酒の匂いが漂ってきて、は吐きそうになった。誰かに助けを求めようにも、男が壁になって向こう側に人がいるのかすら分からない。


出来るだけ顔を背けてきつく拳を握った。
その瞬。

「―――その娘が何か…」


そんな声が上の方から降り注いで来て、は顔を上げる。そこには、男の肩をがっちり掴んで引き離す殺生丸の姿があった。


「…様の…息子…」
「…そのが、何かしたのですか」
「い…いや…」
「何もないのなら返して頂きましょう。…私の連れです」


そう言って、の腕をぐっと掴む殺生丸。一度男を睨みつけた後、振り向かずにどこかへ向かって歩き出した。


後に残された男は、茫然とその背を見送りながら、父親の闘牙に負けぬほど、息子の殺生丸が怖いと思ったのだった。


「…恐ろしい親子だ」


そう呟いた声は、一体何人の人間に届いただろうか。とりあえず遥か前方を歩く殺生丸達には、全く聞こえてはいなかった。



◆ ◇



「使え」




そう言って渡されたのは、濡れた男物のハンカチだった。


「え…」
「勘違いするな。早く酔いをさまさせるためだ」


それはどうやら、殺生丸のハンカチで、わざわざ濡らしてきてくれたらしい。はそれを受け取って、頬に当てた。


冷たい温度が、火照った頬に丁度よい。開いた手を座っているソファにつきながら、は小さく息をついた。


「んー…気持ちー…」
「…」


目をつぶって薄く微笑んでいるの姿を見て、薄く目を細める殺生丸。それはよかったと思ったから…もあるが、先ほどのことを思い返して呆れていると言うのもあった。


「…お前には助けを呼ぶと言う思考回路はないのか」
「だって…あの人で周りが見えなかったんだもん」
「あの男を突き飛ばせば良いだろう」


ため息を突きながら言う殺生丸。は僅かに口を尖らせて、殺生丸に抗議した。


「だって…そんなことしたら父さんも闘牙さんも殺生丸も、立場悪くなるでしょ」


がそこまで考えていたとは思わなくて、殺生丸は僅かに目を見開いた。…秋はどちらかと言うと頭より先に体が動くタイプで、目先のことしか考えない猪突猛進な人間だと思っていたのだ。


だが実は、ちゃんと先を考えて行動する人間なのだ。


「…余計なことは考えなくてよい」
「余計なことってなによ…」
「私や父上の立場はお前が考えることではない。お前の父親の場合は話が別だがな。…第一、私が行かなかったらどうするつもりだった」
「うぅ…」


確かに殺生丸が来なかったらあの後どうなっていただろうか。そう考えるとは言い返せなくなってしまった。


殺生丸も少々言いすぎたかと思ったが、間違ったことは言っていないので、訂正する気はないらしい。


「…頭痛は治ったのか」
「え…うーん…まぁまぁ…かな」


まぁまぁ、と答えたが、まだ少しつらそうに顔を顰めている。殺生丸は秋と同じ高さに身を屈めて、彼女の額に優しく手をあてた。


「…!」
「…熱いな」
「そ…そう?」
「お前は酔ったらすぐに体調にでるらしいな」


そう言って、の隣に座る殺生丸。そのまま肩に手を回して、自分の方にグイと引き寄せた。




「えっ…ええええっ!」
「眠れ」
「…えぇっと……」


突然のことに戸惑うだが、殺生丸はそれに気づかぬふりをして、彼女の頭を己の肩に凭れさせた。


「…あの」
「良いから、眠れ。少しは楽になるだろう」
「は……はい…」


照れ臭さを隠しながらも目を閉じる。肌を掠める殺生丸の長い髪が、くすぐったかった。



◆ ◇



後部座席の扉を開けて、いったん座らせていたを再び持ち上げる。起こさぬようにゆっくりと座席に寝かせ、乱れた服を調えてやった。


「(本当に寝るとは…)」


自分で寝ろと入ったが、本当にあのまま寝てしまうとは思わなかった。相当酒に弱いのだな、と酒を飲ませたことを人知れず反省しながら、出来るだけ静かに扉を閉めた。









アトガキ。

はぁ…疲れました。
ってかこれ書くのに一週間近くかかった気がしますよ。
何でそんなにかかったかって私が気まぐれだからなんですけどね。
この話の更新は定期的で良いかなっと思ってるので(笑


それでは失礼します。










2005.03.13 sunday From aki mikami.
2007.02.06 tuesday 修正。