「」
ぎくりと肩が跳ねて、思わず立ち止まってしまった。が、それをすぐに後悔する。…なぜなら、それがこの学校の中で嫌いな人物の声だったからだ。
担任
「何ですか…奈落"先生"」
怒気をたっぷりと折り混ぜて振りかえる。奈落はそんなににやりとした嫌な笑みで笑った。
「そんな顔をするな。別に取って喰おうとは思っていない」
「いつもの発言を想い返してから言ってください」
今年、新任の日本史担当としてやってきた奈落"先生"。のクラスの担任で、生徒指導もやっている。そしていつもの発言というのは、のことを"かわいい"だのなんだの…教師が言ってはいけないようなセクハラ的発言のことだ。
奈落は確かに顔は格好いい。それはも認めている。だが、奈落の発言は気持ち悪い(とそのまわりの人間以外の前ではそれを隠している)。
「今日はそう言う話は抜きだ。…進路指導室へ来なさい」
「うっ…」
進路。
それは秋が今一番聞きたくない言葉だった。
「行くぞ」
「わ…ちょ!」
引っ張られる形で、奈落について行く。この腕を振りほどいて今すぐ帰れたらどんなにいいだろうかと本気でそう考えるのであった。
◆ ◇
「…まずはこれを返す」
そう言って、奈落が渡したのは"進路調査"と書かれた紙。その書き込み欄にはすべて、「わかりません」と書いてあった。
「お前は今年三年生だ、と言うことをわかっているか?」
「…はい」
「進路について真剣に考えたことは?」
「あります…」
「では、何故決まらない?」
二人きり、ですら辛いのに。そんな重苦しい質問をされて、はキリキリする胃をおさえながらも、隣に座る奈落から目を逸らした。
「別にやりたいこともないし…大学には行こっかな、ぐらいにしか思ってませんから」
「どんな勉強がしてみたいとかは、ないのか?」
「ないです…別に」
しつこい、と文句を言いたいが、これが担任教師の仕事だ、文句もいえない。秋はとにかく逃げようとその場に立ち上がった。
「とにかく、今はやりたいことも行きたい学校もないです。ゆっくり考えさせてください!!」
すると、突然奈落がの腕を掴んで、無理矢理元のように座らせる。執拗に顔を近づけて、耳元で囁くように言った。
「…最近ご両親が外国へ行かれたらしいな」
「…えっ…そ…う、ですけど…」
「今は知り合いの家に居候しているんだってな」
「あ…う、と…はい…」
質問の内容よりも奈落の顔が近いことが気になって仕方ないは、顔を思い切り背けながら必死でそう答えた。すると、そうかと短く答えた奈落は秋の手を離して、低くくっくっと笑った。
「し…失礼します!」
全速力でその場から逃げ出す。
…後には不敵に笑う奈落だけが、残った。
◆ ◇
「ただいまぁー…」
一日の憂鬱な授業を終えて、ようやく帰宅した。普段「おかえり」や「あぁ」なんて、素っ気なくても返事が来るはずなのに、今日は何の応答もなかった。
「(…いる…よねぇ?)」
自分の足元にある殺生丸の靴を見て思う。寝ているのかもしれないと思って、できるだけ音をたてないでリビングに向かった。
すると。
「…何の用だ」
「…え?」
それは確かに殺生丸の声だ。だが、振り返っても彼が部屋にいる気配はない。と言うことはリビングから聞こえてくるのだろう。
「貴様と話すと気分が悪くなる」
「…切るぞ」
殺生丸の声だけが聞こえてくる。
「(電話…?)」
殺生丸が一人ごとを言うはずはない。どうやら彼は、誰かと電話しているようだった。しかもその内容は、とても友好的なものとは思えない。
「良いかげんにしろ」
「ふん…貴様如き…」
そこで、殺生丸の声が止まった。一体なんの話をしているのか。そっと聞き耳を立てた瞬間、殺生丸がドンッとどこかを叩いた。
「…あいつに…手を出すな」
静かな怒りが篭った声。は思わず目を見開く。
それから思い切り受話器を置く音が聞こえて、の肩が少し跳ねた。
「…奈落っ」
「!?」
殺生丸の口から出た言葉に、一瞬息が詰まりそうになった。まさかここで、彼の口から、その名を聞くとは思わなかったから。
ギィ。
リビングの扉が開くと、殺生丸が顔を顰めて出てきた。だが、を見た瞬間僅かに表情が緩む。
「…いたのか」
「あ…うん…」
頷いて、バツが悪そうに苦笑を浮かべる。殺生丸は小さくため息を突くと、スッと目を細めた。
「…」
「あ、は、はい…」
「あの男には…気を付けろ」
言って、身を翻す殺生丸。は茫然と、その背を見送った。
アトガキ。
途中で出てくる「ふん…貴様如き…」の続き。
殺「ふん…貴様如きが担任を持てるとはな」です。
その後の言葉はご想像で。というかこの先のキーになるかも(汗
それでは失礼します。
2005.04.18 monday 三上秋。
2007.02.06 tuesday 修正。
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