『いい加減にしてよっ、この馬鹿っ!』
『……大好きよ』


「―――――ッ!」




ホットミルク





閉じ切った水色のカーテンは、外の闇を写して揺れている。は額に浮かぶ汗を拭って、部屋の机の一番端にある女性の写真を見遣った。


「…母さん」


ポツリと呟いて、小さく溜息を吐く。それからゆっくりと起き上がって、ぎゅっと胸を押さえた。


それは、ずっと忘れる事の出来ない、昔の記憶。良いことも悪いことも、の中では全てだった。


「(水…飲もう…)」


とにかく落ち着こう。は布団から起き上がって、額にかいた汗を拭った。暗い部屋にひたひたと音がなって、妙に静かだった。



◆ ◇



「…あ」


何も考えずにやってきたリビング。夜中の2時半にも関わらず、電気が付いている。部屋に入ると、コーヒーの匂いがした。


「殺生丸…起きてたの?」
か…」


彼はどうやら書き物をしているようだ。


「大学の…宿題とか?」
「…そんな所だ」


は殺生丸の隣に座って、彼の手元をのぞきこむ。まわりにはカラー写真が数枚置いてあって、それを持ち上げた。


「・・・これは・・・地学?」
「あぁ」
「殺生丸って理系だったんだ?」
「今更だな」


そう言って、さらさらと字を書き始める。はその手元とノートを覗いて思わず声をもらした。


「うぁ…」
「…何だ」
「殺生丸、すっごい字上手い…」


男性の字とは、あまり思えない綺麗な字。教科書でも見ているようだ。


「…下手なイメージだったのか?」
「えっ!?いや、そう言うわけじゃないけど…」


そう言って、苦笑する


「女の人と比べたら男の人って、平均的に字下手じゃない?」
「確かにそうかもしれないが…人様の前に出ても恥ずかしくない字を書けと」
「え…闘牙さんが言ってたの?」
「あぁ」


殺生丸は頷きながら立ち上がると、手元のマグカップを持ってキッチンに向う。


「…嫌な夢でも見たのか」
「え…?」




コーヒーを注いで戻ってきた殺生丸が、そうに尋ねる。は何も答える事も出来ず、あたふたしていた。


「…汗が酷い」
「っ!」


殺生丸の手が、張り付いたの前髪を梳かす。は一瞬肩を震わせたが、それ以上は反応しなかった。


「…言いたくないことか」
「そう言う訳じゃ…ないけど…」


言えない訳でも、言いたくない訳でもなかった。…ただ、怖いのだ。真実を知られて、嫌われてしまうことが。


「今は、聞かないで…きっといつか話すから。…ううん、聞いて貰わなきゃいけないから…」
「…判った」


そう低く頷くと、殺生丸はの肩を軽く叩いた。再び立ち上がって、今度は食器棚からもう一つ、黄色のマグカップを取り出す。それから冷蔵庫から牛乳を取り出して小さめの鍋に開けた。


「…ホットミルクで良いか」
「え?べ…別にそこにあるコーヒーで良いよ?」
「コーヒーは眠れなくなる。夜に飲むには適さない」


"殺生丸は飲んでるくせに"と思ったが、取り合えず黙っておく。…殺生丸が折角気を使ってくれてるんだから。


殺生丸は鍋の中身に目を落とした侭で言った。


「快眠の効果もある。…余計な夢など見ずに、眠れるだろう」


殺生丸は何も知らない…だけど、こうしてのことを気遣っている。…その距離感が、今はとても優しく感じられた。
だが、それと同時に何も言うことの出来ない自分が悲しかった。


「本当に…ごめんなさい…」
「下らん事で謝るな。お前がどんな夢を見ようが、知ったことではない」


の隣におかれるマグカップ。ゆらりと揺れる表面を見つめながら、はうん、と頷いた。

「…早く飲め」
「うん…」


一口含むと、甘い味がさぁっと口の中に広がっていく。


それはとても仄かな甘味。…殺生丸の優しさとよく似た、控えめな甘味。









アトガキ。


マグカップの色ー。
殺生丸様は黒でさんは黄色です。
さんのを黄色にしたのは、ただ単に私が今使ってるのが黄色いからってだけ(笑
そしてさんの過去…少しずつ明らかになります。両親に事情が多い子なのです(汗


それでは。










2005.04.22 friday From Aki Mikami.
2007.02.06 tuesday 修正。