もう夜中の3時だと言うのに、隣の部屋から音が聞こえる。は不審に思って、布団から起きあがった。




夜桜





「ちょっ…殺生丸?」


パジャマ姿のままで廊下に出ると、殺生丸がどこかに行こうとしていて、先ほどまでうつらうつらしていた目も、一気に覚めてしまった。


「こんな時間に…どこ行くのよ」
「買い物に」
「買い物!?」
「シャープペンの芯が無くなったから買いに行く」


そう言って、靴をはく殺生丸。買い物、という単語でも自分の買い物を思い出して、あ、と声を上げた。


「私も…ルーズリーフがもうなかったんだ…」
「…買ってきてやる」
「えっ!べ、別にいいよっ!」
「…授業を受ける気はないのか…?」
「いっ…いや、違うけどっ…」


そう言って、慌てて首を振る。殺生丸は小さくため息をついた。


「…ならば、おまえも行くか」
「え?」
「すぐそこのコンビニだ。5分も掛からぬ」
「う…うん…」


頷いて、体の右半分だけ部屋に引っ込める。


「きっ…着替えてくるから。待っててね」


そう言って、は部屋の扉を閉める。殺生丸はそのまま壁に凭れて、先ほどより大きなため息をついた。



◆ ◇



「ありがとうございましたー」


そんな店員の声を聞きながら、二人は同時に店を出た。


「よかったね、買えて」


白い袋を二人で下げて、公園沿いの道をとぼとぼ歩いた。


「…」
「…」


何も話すことがない。先程の言葉に対しても彼は返してこない。は仕方なく公園の方に目をやった。すると。


「あっ…!」


思わず足がタッと駆け出した。殺生丸は彼女の後ろを歩いて追いかける。


「キレー…」


言って、が上を見上げている。殺生丸は追いついて隣に並ぶと、同じように見あげた。その瞬間、ザッと強い風が吹いて、ピンク色の花びらが降り注ぐ。


「っ…」


それは、昼間も見たはずなのに。


「キレーな桜ぁ…」


昼間とは違う場所にいるような錯覚。まるで花びらの雨のようで、とても美しかった。


「こういうのが…桜吹雪?」
「…そうだろうな…」
「すごいねっ…!」


パァッと明るい表情で言う。殺生丸は声に出さずに頷いて、の隣に並んだ。


「…何か…来てよかったなぁ」
「そうか」
「うん!」


くるっと振り向いて、殺生丸と視線を合わせる。


…その瞬間、まるで射抜かれるような目。の体が硬直して、逸せなくなった。


「せ…殺生丸…」


動悸が早い。頬がかぁっと熱い。それ以上に頭の中が熱くて、脳みそが沸騰するんじゃないかと、心の隅で思った。


殺生丸の手が、すっと伸びてくる。の体が震えて、それに従うように長い髪が揺れた。


ふわりと、頬に暖かい感触。細くて長い指が滑るように触れて、少し苦い、煙草の匂いが鼻を掠めた。


「…


低く、良く響く声。


の脳内機能が停止しきった瞬間。


―――殺生丸は、きつくを抱き締めていた。


「せっ…」


呼びかけたいが、声も出ない。鈍った感覚。その中で、触れた温もりと先程より確かな煙草の匂いだけが鮮明だった。何の銘柄だろう、何てことを、ぼんやり考える。だが、煙草をすわないに言えるのは、母親の吸っている「LARK MILD」でないことくらいだった。


優しく体が離される。
それと同時に脳の金縛りも開放されて、自然に声が出てきた。


「殺生丸って…煙草吸うんだね」
「…あぁ」
「銘柄は?」
「…マルボロか…ピースライト」
「え」
「気分で変えている」


顔を逸らして呟く殺生丸。その瞬間、少し冷たい風が二人に吹きつけた。瞬間。再び彼に抱き締められる。


「っ、ちょ…」


の顔が見る間に紅潮する。だが、殺生丸のひと言は。


「――――――…寒い」
「っ…………はぁっ!?」


今なんていったかと思わず尋ねたくなるような言葉。つまり彼はを"カイロ"変わりにしているのだ。


「っ、馬鹿っ!」


そう言って、殺生丸をつき飛ばす。


「寒いからって、こういうことするわけっ!?」


一気に頭に血が昇ってくる。


「最低よ、そんなの!!」


そう言って、歩き出す。あんなことをする殺生丸に――― 一瞬でもときめいてしまった自分が、恥ずかしかった。


「(殺生丸の馬鹿!)」


怒りを露わに振り向くと、思い切り舌を出してまた歩き出した。










2005.05.08 sunday From Aki Mikami.
2007.02.06 tuesday 修正。