「ただいま」
「あぁ。…お前宛に手紙がきてるぞ」
「え…私?」




手紙





殺生丸から受けとった手紙。差出人は父親だった。一体何が入っているのか、5ミリほどの厚さがある。はそれを手にもったまま、ただ茫然とたっていた。


「…あけないのか」
「……」


は、あけたくなかったのだ。2カ月もたってから連絡をよこしてくる両親からの手紙を。きっと、今までなぜ連絡できなかったか…その理由を、事細かに並びたて、言い訳をしているに違いない。


「あんまり…見たくない」


は手紙をテーブルの上に置いた。そして、制服を着替えようと自室にむかう。殺生丸はの後ろ姿に向けて、ならばみないのかと訪ねたが、返事はなかった。



◆ ◇



右脇にコーヒー、左脇に授業ノート。そして中央に手紙を置いて、は頬杖をついた。両親からの手紙をあけるか、あけないか。それはにとってとても重要なことだ。…は、台所で夕飯の準備をしている彼をみやった。


彼との暮らしは楽しい。正直にとっては、両親といるよりも。いつもついつい甘えてしまうし、彼はそれについて何も言わなかった。


「…殺生丸」


彼は手を止めずになんだとつぶやく。


「先に…見てくれない?」
「…何をだ」
「手紙」
「誰からの」
「親」


の言葉に、殺生丸は両の手をとめて振り返った。その表情は理解不能といったところか。


「なぜだ」
「……怖いから」
「…」


彼は何も訪ねない。ただ黙って、また夕飯を作り始める。


「…飯を食ったらな」
「え…いいの?」
「おまえがそうしてほしいといったのだろう。別にいらぬなら読まぬ」
「いるっ…読んでほしいの、かわりに…」
「わかったから、テーブルの上を片付けろ。…出来たぞ」


両手に白い皿と茶碗が二つずつのったおぼんを持って、キッチンから出てくる殺生丸。はあわててノートを閉じ、手紙とまとめて持つと、逆の手でコーヒーカップを持って残ったコーヒーを流し込んだ。


「ありがとう、殺生丸」


満面の笑みをこぼし、ノートを置きに部屋へと去っていく。殺生丸はの置いていったコーヒーカップを片手でもち、小さくため息をついた。



◆ ◇



その場に、はいなかった。どうしても、それを見る勇気がないのだという。殺生丸は、受け取ったエアメールの封を切り、中身をとりだした。ぱさりと封筒からなにかが落ち、彼はそれを取り上げる。


それは、プラスチック製のカードだった。様々な角度から撮られた、天体の映像。

殺生丸はそれらをテーブルの上に置くと、封筒のなかに残った紙をとりだした。

が見たくないと言っていた、手紙。それは簡素な紙にかかれていて、折り曲げたりしないようにそっと開くと、丁寧だが決して綺麗とは言えない字で、たった二言だけかかれていた。


殺生丸は手紙とカードを持って、立ち上がった。



◆ ◇



控えめなノックの音が聞こえて、は寝転んでいた体を起こした。それからはい、と答え、緊張で胸を高鳴らせながらドアをあける。


「…読んだぞ」
「な…なんて書いてあった?」
「そこに座れ、私が直々に読んでやる」


そう言うと、殺生丸は中に入り込み、ドアを閉めた。


「……」


は、ただ黙り込む。お構いなしにベッドに座る殺生丸を見上げると、今にも泣きそうな顔を見せた。


「……聞きたくない」
「自分に宛てられた手紙を人に見せただけでも失礼なのに、まだこれ以上無礼を働くか…?」
「……ごめんなさい」
「いいから聞いていろ」


殺生丸は、封筒をに手渡した。渡されたは、おずおずとそれを開け、厚みを確かめる。感触は堅かった。


「…それは手紙じゃない」


殺生丸のひとことで、は恐る恐る中身を取り出す。…銀河、土星、太陽、月食、そして月。様々な天体の写真がカードになって、そこに入っている。


「…『連絡が遅くなってすまない。同封したカード、気に入ったら持っていてください』」
「そ…それで…?」
「…それだけだ」
「うそ……」


は手元のカードを茫然と見つめた。内容があまりに、自分が思ったのと違いすぎて。


殺生丸はそっと立ち上がり、部屋をあとにした。振り返ることのないの視線は、ずっと手元。



◆ ◇



「行ってきまーす」
「あぁ」


はかごめと遊ぶと言って、家をあとにした。玄関からリビングへ戻る際に垣間見た彼女の部屋、その机の上に、あのときのカードがまとめて置いてある。


だが、殺生丸は知っている。実は月のカードだけは、財布に入れて持ち歩いていることを。





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2006.03.29 wednesday From aki mikami.