とうとうやってきた日曜日。何度この日がやってこなければと願ったか。




浴衣





今日は一体どこに行くのか、それすらも知らされていない。何人で出かけるのかも知らない。おそらくいつものメンバーが集まるだけだろうが。


今、殺生丸とは車に乗っている。もちろん、殺生丸の運転だ。駅前で待ち合わせならば当然歩いて行こうと思っていた殺生丸だったが、前日に弥勒に車で来いと言われてしまったのだ。…どうせ殺生丸を足に使おうと言う考えだろう。それじゃなくても腹が立っているのに、足に使われるなど、更に彼の機嫌を損ねそうなものだが、もう殺生丸は、隣にいるを見ていたら、馬鹿らしくなってきてしまった。先程からは今までにないくらいご機嫌で、今にも鼻唄をうたい出しそうなほど笑顔だ。


駅前に到着して、見慣れた顔が集まっているのが見えた。…やはり、いつもの4人だ。弥勒、珊瑚、犬夜叉、かごめ。…丁度目の前に、弥勒の軽自動車が止まっている。殺生丸はそのすぐ後ろに車をとめて、仕方なく重い腰をあげた。


「遅かったですね、殺生丸」
「…こいつが遅かった」
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃってて」
「気にしなくていいわよ、
「そうそう。気にしないでちゃん」


かごめと珊瑚が楽しそうに笑うと、もそれに負けないくらいに笑みを返す。殺生丸は今すぐ返りたい気持ちになったが、弥勒にぽん、と肩を叩かれた。


「さて、いきますか殺生丸」
「…どこにだ」
「私が先導しますから、ついて来てください」


くすくす、と笑って、弥勒が自分の車に乗り込む。その隣に珊瑚が乗って、殺生丸の車にはのこりの4人が乗り込んだ。


「…降りろ、犬夜叉」
「んだとぉてめぇ!俺だっててめぇの車になんて…」
「やめなさい犬夜叉!わがまま言うならあんた歩けば?!」


かごめにすごまれて、犬夜叉が渋々、座席に沈み込む。その様子を助手席のがくすくす笑って、殺生丸は呆れつつも、前のある弥勒の車にならって車を発進した。

珊瑚が後ろを向いて、こちらに手をふっている。とかごめが身を乗り出してひらひらと振り返していたので、座れ、と制してウインカーを上げた。


街からは確実に離れる方向に向かっている。



◇ ◆



殺生丸は、この建物に見覚えがあった。


15階建てのビル。確かこの中には、洋服店がいくつか入っていたはずだ。


駐車場に車をとめて、全員が車から降りると、弥勒は至極楽しそうな顔で、こちらです、と言って歩きはじめた。その後ろにわけがわからずついて行くと殺生丸。どうやらかごめも犬夜叉も珊瑚も、どこに行くのかは知らないらしい。


建物に入ると、全員でエレベーターに乗った。それから、6階まで登ってすぐのオフィスに入ると、そこにはずらりと、着物が並んでいる。


「…あら、弥勒さん。いらっしゃい」
「お久しぶりです、節子さん。急に無理を言ってすみません」
「いいのよ、気にしないで」


いきなり繰り広げられる会話に、思わず目を白黒させる一同。…だが、殺生丸だけはそれにまったく動じていないらしい。それどころか。


「…あら?」
「…お久しぶりです」
「殺生丸さんじゃない!やだ、どうして貴方が弥勒さんと一緒に?」
「大学の友人です」


なにが起きているのか。弥勒も含め、今度こそ全員が驚いた顔をした。


「殺生丸、節子さんと知り合いだったんですか?」
「…着物はすべて、ここに任せてある」
「殺生丸さんのお父さんには、ご贔屓にしていただいてるのよ」
「なるほど、そういうことですか」


なるほど、じゃない。そんなつっこみが、他の4人から漏れた。すると弥勒が、やれやれとでも言いたそうにため息をついた。


「節子さんは、私の叔母さんなんですよ」
「お、おばさん?」
「そうです。で、殺生丸はお父さんの会社がらみでお知りあいだ、と」
「で、でも、どうしてあたしたちここに連れてきたの?」


珊瑚が尋ねると、あぁそうだ、と呟いたあとに、珊瑚を引き寄せて、前に押し出した。


「節子さん、電話でお話しておいた通り、お願いします」
「えぇ、わかったわ」


何が起こっているのかさっぱりわからないまま、全員脇から出てきた従業員に引っ張られてしまう。もちろん殺生丸も弥勒もだ。殺生丸はつかまれた腕をほどきながら、渋々従業員についていった。


連れてこられたのは、更衣室の前だ。そこで待っていてください、と告げられて、しばらくして戻って着た従業員は、いくつかの浴衣を抱えていた。


「…今日は、弥勒さんのお願いで、夏祭りに来て行く浴衣を選ぶんですよ」
「夏祭り?」
「今やっているでしょう、川沿いで。ご存じないですか?」
「…興味がない」
「あら、もったいない。でも、今日は是非楽しんできてください」


くすくす、と笑って渡されたのは、灰色の浴衣。もう一つ持っているのは黒い浴衣だったが、こっちの方がいいな、と思いながら、殺生丸は更衣室に入った。


袖を通すと、肌にピッタリあう。ここの着物は、さすが闘牙が気に入るだけのことはある、どれもこれも上物で、着心地も最高だ。
帯の締め方も手馴れたもので、カーテンを開けると、殺生丸は従業員にこれでいい、と告げた。すると、どこからともなく下駄を取り出して、殺生丸の前に差し出される。それをはくと、隣の更衣室から丁度弥勒と犬夜叉が出てきた。弥勒は紺色の浴衣で、犬夜叉は赤っぽい甚平を着ている。それぞれとても似合っていて、本人たちも気に入っているようだ。


「それでは、男性の方々は、女性の準備が終るまでこちらでお待ちください」


女性の従業員がそう言って、三人を誘導した。ソファの設置された客間のようなところで、三人は女3人を待った。


…だが、随分時間がかかる。女性の準備には時間がかかるのが普通ではあるが、いくら何でも長すぎはしないだろうか。


苛々しはじめた犬夜叉が、部屋の中をうろうろしている。


「…座れ犬夜叉、目障りだ」
「んだとォ?」
「やめなさいお二人とも」


弥勒がそう制して、犬夜叉は渋々黙りこみ、殺生丸は腕を組んで窓の外を見やる。弥勒は小さくため息をつき、時計に目をやった。…現在の時刻は、4時45分。


「だめだ、遅すぎる!」


犬夜叉が言って、がちゃ、と部屋のドアをあける。


「きゃっ!」
「うわっ!!」


その瞬間聞こえてきた声に殺生丸と弥勒が振り返る。…ドアの前には、紺地に鮮やかな青の朝顔が描かれた着物を着て、髪を結い上げたかごめが立っていた。


「…かごめっ」
「もう、危ないでしょ、犬夜叉!」
「…」
「な、なによ…犬夜叉?」
「な、なんでもねぇよ!!」


ぷい、とそっぽを向くが、顔が赤いのがばればれだ。


「おやおや。見とれていたんですか、犬夜叉?」
「う、うっせぇ!そんなんじゃねぇよ!」
「ふん、くだらぬ」
「殺生丸てめぇ!そんなんじゃねぇって言ってんだろ!」
「犬夜叉、いいかげんにしなさい!」


言い争いをはじめたかごめの後ろから、珊瑚とが入ってくる。


「二人とも、良く似合っていますよ!」


弥勒が言って、ちら、とにめくばせをした。が首を傾げると、その視線は、わざとらしく違う方向を向いたままの殺生丸に向けられる。


「珊瑚、やはりその浴衣が似合いますね」


などと弥勒が別の話をはじめて、は戸惑いながらも、殺生丸へと近づいた。こちらの気配には気づいているだろうが、なぜか見ないようにしている。


「せ…殺生丸?」


彼の前に回っていって、顔をのぞきこむ。すると、なぜか少し不機嫌そうな彼と目があった。


「…ごめんね、待たせて」
「…」
「その、髪、結って貰ってたの。だから時間かかっちゃって…」
「…」
「殺生丸…」


申しわけなさそうに、の目が伏せられる。…殺生丸は、小さくため息をついて、の頭をぽんっと叩いた。


「…もうよい」
「っ、殺生丸、」
「似合うな、その浴衣」
「―――…っ!」


黒地に金や赤で、花火が描かれている浴衣。帯は黄色で、花文庫、と言う結び方だ。


「あ、ありがと。でも、殺生丸の方が…」
「当然だ。この私が選んだのだからな」
「あ、そう…」


何か言い返してやろうと思ったが、殺生丸に対してそんなことを考えるのが間違っている。簡単にそう言い返されて、はやられっぱなしのまま、自分の負けを認めるしかなかった。…そのときの殺生丸の、満足そうな顔と言ったら。


「…いじわる」
「―――何か言ったか?」
「なんでもありませんっ」


むっと頬を膨らませて、そっぽを向く。殺生丸は薄く笑いながら立ち上がって、もう一度彼女の頭を叩いた。


「…転ぶなよ」
「、転ばないよ!」


歩きはじめた殺生丸の後ろを追いかける。他の4人もその後ろについて歩き出した。









アトガキ。


久々にアップ―――と思ったら半端なところで終ってしまった(汗)
次は夏祭り編です♪ずっと書きたいと思っていたこのネタ♪♪
浴衣っていいですよね…結局今年はきれませんでしたけど…(涙)でも、来年は着ます!ぜったい!(笑)


それでは失礼します。









2006.08.09 wednesday From aki mikami.