「きゃっ…」


たくさんの人が行き交う中で、が小さく声をあげる。その声に即座に振りかえった殺生丸は、彼女の腕をぐいと引っ張った。




絆創膏





「…どうした」
「あ、足踏まれちゃって…」
「…下を見て歩け」
「で、でも、下なんて向いてたらおいてかれちゃうよ…」


は先ほどから何度も足を踏まれていた。下駄で足を踏まれるとなると、素足をそのまま踏まれるのと同じだ。だが、殺生丸の言うように下を向いて歩いて何ていたら、この人ごみの中で、皆において行かれてしまう。


「なら、我慢しろ」
「うぅ…はぁい」


渋々返事をしたが、従うしかない。


「あ、ねぇねぇ、わたあめ食べよう!」


そう言って殺生丸の後ろから出てきたかごめが、の腕を引っ張った。二人で無邪気に笑いながら、わたあめの出店に近づいて行く。途中までいったところでなぜか二人が帰ってきたと思ったら、弥勒の隣にいて涼しい顔をしていた珊瑚を無理矢理引っ張って再び出店に向かっていった。


「けっ、わたあめなんてがきだな、あいつら」
「…お前もがきだろう」
「あ?んだとこら」
「こらこら、やめなさいこんなところで。ほら、帰って来ましたよ」


袋に入ったわたあめを下げて戻ってくる三人。珊瑚は少し恥ずかしそうにしているが、かごめとはとても嬉しそうだ。


「ただいまぁ、さー、いこっかぁ」


かごめがそう言って、再び一行は歩きはじめる。最前をいくのはかごめと犬夜叉だ。その後ろに弥勒と珊瑚がいて、更にその後ろに殺生丸、そしてなぜか遅れてが歩いている。ただ殺生丸について行けばいいだけのはずなのだが、人ごみに慣れていない分ついていくのも大変なのだ。それと言うのも、は今年初めて浴衣を着て夏祭りにきた。…もちろん、夏祭りには来た事があるが、今までは着付けをしてくれる人間がいなかったので、浴衣を着たことがなかったのだ。動きずらい服で、人ごみの中を歩くなんて。しかも、足元ははき慣れない下駄だ。


「――っ、たぁっ」


また足に痛みが走った。誰かが、の足を踏んでいったのだ。しかも、どうやら相手はヒールだったらしい。足の甲の真ん中に、鋭い痛み。
身を少し屈めて足元を見ると、ヒールが擦れたあとが、人差し指と中指の間にある。少しだが、血が滲んでいた。


だが、こんな少しの怪我でいつまでもとまっているわけにはいかない。かごめたちにおいていかれてしまう。そう思って顔をあげたが…実は、既においていかれていたらしい。目の前にいたはずの殺生丸の背中が消えて、別の男性の頭が見えていた。しかも、その人物は背が高くて、とても前なんて見えない。


「(うわぁっ、はぐれちゃった…どうしよう…)」


はぐれることなんて想定していなかった。その場でとまってあたふたしてしまう。すると。


「…っ」


目の前の男性を押しのけるように、横から顔を出した人物。


「…せ、殺生丸!」
「何をしている、早くしろ」
「っ、あ、あの…」
「…怪我をしたのか」
「う…うん…」


殺生丸は、の顔をしばらくじ、と見ていたが、彼女の後ろにいた女性から小さく邪魔くさい、と呟かれた瞬間、彼女の手を無理矢理引っ張って歩き出した。だが、彼が歩き出したのは先程まで向かっていた方向とはまったく関係ない方向だ。出店と出店の間を抜けて、あまり人気のない、川のすぐ目の前の石段の前まで来て、殺生丸はそこにを座らせた。


「…足を見せろ」
「う…うん」


暗がりの中で、は右足の下駄を脱いで、殺生丸の方に足を向ける。殺生丸は携帯のライトでその足を照らした。


「…かすり傷だ」
「う、うん。だから、大丈夫。みんな追いかけなきゃ…」
「さっきもらった絆創膏は」
「え…?」


実は先ほど、全員、靴擦れするかもしれないから、と節子から絆創膏を貰っていたのだ。だが、殺生丸は荷物が多くなるのを嫌い、が浴衣と一緒にかりた巾着の中に入れておくように言ったのだ。


「えっと…巾着の中…」
「貸せ」
「…はい…」


巾着ごと殺生丸に差し出すと、殺生丸は携帯を顎で抑えて巾着をさぐる。中から絆創膏を探り出すと巾着をにかえし、自分の携帯をに手渡した。


「…照らしていろ」
「っ、ちょ、殺生丸」
「気休めにはなる。動くなよ」


そう言った殺生丸は、自分の膝にの足を持ち上げて乗せた。…それだけなのに、何故だか恥ずかしくなる。

器用に指の間にはられた絆創膏。の足を下ろした殺生丸は、彼女の下駄を拾いあげ、足の前に差し出した。


「早く履け。足が汚れる」
「は、はい…」


下駄を履いて、少し足を動かしてみる。…傷自体は痛むが、擦れて痛むことはなくなった。確かに気休めなのかもしれないが、それだけでも充分な気がした。


「…ありがとう、殺生丸」
「礼を言うくらいなら、もう少し気をつけて歩くのだな」
「だ、だって…」
「…いくぞ」


殺生丸が立ち上がって歩きはじめた。はそのあとをよたよたとした足つきでついていく。


「殺生丸っ…!まってっ」


が必死に走って彼に追いつくと、彼はちら、とを見て、それからすっと、左手を差し出した。がどうすれば良いかわからず彼を見上げると、殺生丸の目が細められる。それからの右手を無理矢理掴んで、さっさと歩きはじめた。


「せ、殺生丸っ」
「…下を見て歩け」


ようするに、お前の変わりに前を見てやる、と言っているのだ。その事に気がついたは、つないだ手からどんどん体が熱くなっていくような気がした。


「あのっ、あ、ありがとっ…その…」
「いいから黙って歩け。また怪我をしても知らんぞ」
「う、ん」


嬉しい。は、素直にそう思った。それに彼の歩調は、みんなに追いつかなければいけないのにゆっくりで、にあわせてくれているのがわかる。


彼の手のあたたかさを感じて、はうっすら、頬を赤く染めた。









2006.08.11 friday From aki mikami.