ようやく犬夜叉達と合流したと殺生丸は、突然のことにぼんやりしてしまった。




花火





「ほら、早く!」


二人を引っ張るのは、弥勒と珊瑚。―――…これから、花火があると言うのだ。


「は…花火って…、これから?」


現在の時刻、20時20分。普通の花火はそろそろ終る、といった時間だろう。


「当たり前でしょ?暗くないと意味ないんだから」
「そ、それはごもっとも…で、でも、どこでやるの?」
「? 川沿いの公園。ほら、少し行ったらあるところだよ」
「え…?」


そんなところで花火を打ち上げて、危なくないのだろうか。そう思ったが、珊瑚とかごめは問答無用でをぐいぐい引っ張っていく。かごめは嬉々とした表情を浮かべていて―――とりあえず、いいか。そんな風にを思わせた。



◇ ◆



「あ…そう言う事…」


目の前に広げられた"手持ち"花火。


「手持ち花火…"する"んだぁ…」
「あれ、。何だと思ったの?」
「かごめが花火"ある"って言ったから、花火大会かと思っちゃった…」
「え、うそっ、ごめん!」
「や、べつにいいよ。それより、どこに隠しもってたの?」
「? 犬夜叉に持たせてたわよ。あ、買ったのは二人がはぐれてからだけど」
「…そうなの?全然わかんなかった…」
「あ、殺生丸に夢中だったからでしょう?」
「っ、ばかっ!」
「あ、照れてる照れてる♪」


の反応に、くすくす笑うかごめ。が真っ赤になって反論するが、はいはい、と言ってまた笑いはじめる。


…実際、は歩いている間、ずっと殺生丸のことばかり考えていた。それは、つないでいた手のせい。みんなの元について、止まっていた間は離れていたが、再び歩き出すと、彼はまたの手を取って歩いてくれたのだ。…そんな些細な気遣いが、嬉しい。そして同時に、悲しくもあった。


…気遣いでしか、手をつないで貰えない。きっと、殺生丸にとっては妹のような存在なのだろう…そう考えると。


「…?」
「っ、」
「どうしたの、ぼんやりして」
「ごめっ…なんでもない」
「そう?」


かごめの声で我にかえり、目の前に広がった花火を一つ取った。今日は幸い風もない。


最初に火をつけたのは、犬夜叉だった。まるで子供のようにはしゃいでいて、そのうちみだれうちぃ!と言いながら、右手に二本、左手に二本の花火を振り回している。それを、かごめにやめなさいと怒られていた。


そんな中、は一人離れたベンチに座る殺生丸を見やった。


―――…ふと思って、は花火を数本掴んで、彼の方へ駆け出していく。


「殺生丸っ」


呼びかけると、彼はゆっくりとに顔を向けた。


「…どうした」
「あ…あの、隣、座ってもいい…?」
「…好きにしろ」


殺生丸の言葉に、はそろそろと彼の隣に腰を下ろした。


「…」
「…」


沈黙。


殺生丸が何もしゃべらないのはいつものことなのだが、今日はも、しゃべることが見つからない。結果、二人で沈黙してしまう。そんな気まずい雰囲気の中、先にしゃべり出したのは殺生丸だった。


「…花火は、しないのか」
「え?」
「折角もってきたのに、しないのか」
「え、えーと…やるけど…」
「けど?」
「………一緒に、やる?」
「―――…一本だけ、もらう」


まるで煙草を貰うかのように言って、の手から花火を取り上げる。そのとき、少しだけ触れた手から、じわりと熱が全身にまわっていく。


「っ…」
「どうした」
「や、その」
「…? …わけがわからんな」


―――くす、と、殺生丸は笑った。確かに、笑ったのだ。


「―――――!」


どうしてそのタイミングで、と思う。顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。…今が夜で良かったと、本気で思った。


「…
「っ、な、なにっ…」
「火は」
「え、あ、そっ…… 火?」
「花火をするのに火がなくてどうする」
「あ―――そっか」


ぽかんとした表情で、が呟く。それからすぐハッとして、殺生丸を見た。


「…ごめん…あの…」
「持ってないのか」
「あ、あの…私、ライターかりてっ」
「いい。私のを使う」


殺生丸は普段煙草を持ち歩いていて、今日はの巾着の中にまとめて入れてある。殺生丸は、の背中から手を回して、彼女の隣に置いてあった巾着を取り上げた。その瞬間、の体が一気に熱くなる。だが、殺生丸はそれにまったく気づかず、彼女の手を掴んで花火を前に差し出せた。


「っ、ちょ」
「火傷したいのか?」
「! やですっ」


恥ずかしさをごまかすように大声でが言うと、殺生丸はそのままの方に身を屈め、ライターをつけた。…殺生丸の頭が、すぐ触れるところにある。それだけで、心臓がどくっと、大きく脈打った。


じゅわ、と音がして、の花火から火がふきだす。鮮やかな緑色をしたその花火に、今度は殺生丸が自分のを近づけ、点火する。…この火のように、体の熱も移っていけばいいのに。そんなことを、は思った。


花火の火は、暗がりでせんを描いて輝いていた。それを見つめていると、何故だろう、少しだけ頭が冷静になった気がした。


やがて、の方から順番に、火が消えていく。当たりが再び静寂に包まれ、遠くで騒ぐ4人の声だけが聞こえていた。


「…終っちゃった」
「…もう一本やればいいだろう」
「うん」


左手に持っていた花火を右手に持ち直すと、殺生丸がやり終わった花火を持ってくれる。その事にハッとして、は思わず動きを止めた。再びの花火に点火した殺生丸がそれに気づいて、じ、と彼女を見る。   花火の音が、少し五月蝿い。


「…どうした、
「…」
?」
「…し、て」
「?」
「…どうして、私の優しいの?」
「、」
「私なんかに期待させっ…わたし、」
、」
「どうせ…私は殺生丸にとって、妹みたいなもので…」
「っ」
「でも、私は…私は、殺生丸をお兄ちゃんだと思ったことなんて、一度もないのにっ」
っ」


ぐっと、強い力に包まれる。丁度、花火の火が静かに消えた。


「…優しすぎるよ、殺生丸…」
「……悪いか」
「え?」


「――――――好きなものに優しくして、悪いか」


殺生丸がなんといったのか、にはわからなかった。まるで処理速度の遅いコンピューターのようだ。ただただ、彼の温度と声の響きに酔いしれているようで―――…頬を伝う冷たいものにも、気づかない。


「なっ…」


涙を流すを見て、殺生丸はただ、こんらんしていた。自分の気持ちを告白して泣かれたのだ。当然の反応だろう。だがはなきやむ様子もなく、殺生丸の胸にしがみついてきた。


「…


そっと呼びかけ、頭を撫でてみる。


「…せっしょ、まる」
「なんだ」
「……今、なんていったの?」
「っ」
「…もっかい、言って」


ぐ、と、の手に力が入る。


「…二度は言わぬ」
「だめ、もっかい…!」


ばっと顔をあげたは、少し目が赤かった。…殺生丸は、手が少し強張るのを感じながら、の頭を引き寄せて、そっと耳元で呟いた。


「―――好きだ」
「っ、あ、り、がとっ…!」


またぼろぼろと泣き出して、殺生丸にしがみつく。小さく震える彼女を、殺生丸は優しく包み込んで―――笑った。









2006.08.12 saturday From aki mikami.