殺生丸は、校門の前で苛々しながら手元の時計をのぞいた。




文化祭





昨晩。一枚の紙を机の上に置いたは、少し恥ずかしそうに『文化祭に来てほしい』と言った。当然断る理由もなく了解した殺生丸だが、その後弥勒からメールが入り、一緒に行かないかと誘われた。


そして、校門前で待ち合わせると言う約束をきちんと守ってそこで待っているわけだが、約束の時間を10分過ぎても弥勒は現れない。一体どこで何をしているのか、今すぐ抗議の電話をかけてやりたいところだが、移動中だったらと考えると気が引けた。


は、結局自分が何に仮装するのかを教えようとはしなかった。ただ、その仮装が可愛らしいものでないことは確かだ。何しろ殺生丸から服を借りていったのだから。


ぼんやりと考えごとをしていたとき、ポケットの携帯が振動した。サブディスプレイには"弥勒"と表示されている。二つ折りの携帯を開いたとき、鋭い殺気を感じて顔を上げると、そこには…


「…っ、奈落っ」
「殺生丸…久しぶりだな」


不敵な笑みを浮かべる奈落。殺生丸は至極機嫌が悪そうに顔を顰めた。


に頼まれればこんなところにまで来るんだな、お前は」
「…何が言いたい」
「随分と優しくなったものだな。昔は…」
「余計なことをほざくな。…殺すぞ」
「殺せるものなら殺してみろ」
「っ!」


殺生丸が殴りかかろうとしたとき、ぐっと肩を誰かにつかまれる。振り返るとそこには、慌てた様子の弥勒が立っていた。


「殺生丸、何をしているんです!」
「止めるな」
「いけません。こんなところで騒ぎを起こしたら貴方もただじゃ済みませんよ。それに、せっかくたちが楽しみにしていた文化祭も台無しだ」
「っ…」


殺生丸は深く息をはくと、ゆっくりと拳を下ろした。それをみて、奈落が不敵な笑みを浮かべる。


「残念だったな殺生丸」
「奈落!それ以上言うなら、私にも考えがありますよ」
「ほぅ、考え。一体なにをすると言うんだ」
「何、ちょっと職員室に踏み込んで、言伝すればいいんです。なんなら私の恋人を通してでもいいでしょう。生徒からの申告となれば先生方も動かざるを得ませんからね」
「…貴様」
「余計なことは言わないで、さっさと立ち去りなさい」


弥勒の鋭い視線が奈落を射抜く。奈落は小さく舌打ちすると、殺生丸を一瞥してからその場を後にした。


「…まったく。相変らず気が短いですね貴方も」
「遅れてきて第一声がそれか」
「あぁ!はい、すみません! しかし、いくら奈落相手でも学校で殴りかかるのはよくありませんな」
「…」


何も言わず、歩き出す殺生丸。弥勒はその後ろ姿を見つめてやれやれ、とため息をつくと、仕方なく後ろをついて行った。



◇ ◆



3-6の喫茶店は1階の調理室で行なわれている。は、かごめが必要だと言って置いた時計を眺めて、小さくため息をついた。


そろそろ殺生丸が来ると言った時間だ。つまり、今の格好を見られてしまうと言うこと。見て欲しいと言う気持ちも確かにあるが、それと同じぐらい見られるのが恥ずかしいと言う気持ちもあった。


かごめは綺麗な白と赤の巫女服を着て、髪を一つに結っている。その姿は以前一度だけ見たかごめの姉を想像させた。


ちなみに数時間前。まだ店が開店する前のことだが、はかごめ、珊瑚、犬夜叉に囲まれて、こんなことを言われた。


『やっぱりにはこういう方が似合うわ♪』
『うんうん、格好いいよね』
『殺生丸どんな顔すっかなー。ある意味楽しみだな!』


…格好いい、と言う言葉に多少照れはしたが、女なんだからもう少し可愛い格好もしたかった、と思うのも本音。だが自分にそれが似合わないことを知っていて、なおかつかごめも同じように思っているからこそこういうチョイスになったのだろう。は窓の中に映る自分の姿を見てそう思った。


「いらっしゃいませー!」


そんな声が聞こえたと思ったら、教室内が一気に沸き上がった。は反射的にドアの方を振り返る。当然そこには殺生丸と弥勒が立っていて、は身を強張らせた。


「いらっしゃい、殺生丸、弥勒先輩。さ、こっちこっち」


と言って二人を誘導するのはかごめ。弥勒ははい、と頷いてかごめについていくが、殺生丸はじっとの方を見たままだった。


「殺生丸ー?」
「…っ」
に見とれてないでこっち来てよ。あと!あんたもこっちおいでよ!」


ひらひらと、かごめがを手招きした。は慌てて彼女の方にかけていくと、開いている席を勧める。その間、弥勒が殺生丸とを交互に見てくすくす笑っていた。


「殺生丸、そんなに見たらかわいそうですよ」
「や、かわいそうっていうか…あの…」

「は、はい!」
「…それは、何の仮装だ?」


と言って、の格好を改めて見直した殺生丸。


「ば…バーテンダー…」
「バーテンダー?」
「らしい…です…」


白いワイシャツに、黒いベスト、黒いズボン。確かにバーテンダーに見えると言えば見えるが…


「…なぜ」
「あ、や、なんかかごめがっ…!こういう方が私には似合うからって!」
「そうよー。だってはかわいいよりかっこいい方が似合うじゃない!」


恥ずかしそうにしているを見て、確かにそうだな、と殺生丸は思った。まわりを見回して見てみるが、メイド服やナース服をが着ているところなど到底想像できない。そう言うものには縁が無さそうにみえる。


「に、似合う…?」
「あぁ」


と答えると、は心底ほっとした様子でよかった、と呟いた。


ちなみに殺生丸がに貸したのは、高校のときにはいていた学ランのズボンである。


「さぁさぁ、のろけはその辺にして!何かご注文は?」
「あ、じゃあ私はコーヒーで」
「…同じものを」
「はーい」


自分のひとことで殺生丸の機嫌が悪くなったのを軽く無視しして、かごめは楽しそうに奥の部屋にかけていった。もよほど居づらいのだろうか、そそくさと彼女についていく。


「…よかったですね」
「何がだ」
。…なかなかかわいかったですよ?」
「……ふん」


火に油を注ぐような言葉を発した弥勒から視線を逸らして、殺生丸はテーブルに頬杖をついた。その様子を離れて見ていた犬夜叉は、くくく、と笑いを噛締める。だが目敏い殺生丸はそれに気がついたらしく、がたり、と立ち上がって犬夜叉の方を睨んだ。


「…消えろ」
「あ?んだとコラ」
「ちょ、やめなさい二人とも!」


教室内が一気にざわついた。すると、奥の部屋に行っていたかごめとも異変を聞きつけて顔を出す。


「ちょ、二人とも!こんなところで睨みあうの止めてよ!」
「うっせぇ!止めんなかごめ!」
「…今すぐこの下衆をここから追い出せ。大体何だその格好は」
「あ?見てわかんだろーが、新撰組だよ、新・撰・組!」
「……ふっ」
「何笑ってんだてめぇ!」
「もういいかげんにしてよ!」


…と、叫んだのはだった。普段ならこれはかごめの役目なので殺生丸も犬夜叉も驚いて動きを止める。


「殺生丸!犬夜叉がどんな格好しててもいいじゃない!それに犬夜叉!いちいち怒鳴らないで!他の人に迷惑でしょう!」


同じ家で暮らしていても、こんな風に怒るを見るのは初めてで、殺生丸は思わず目を見張った。…まわりはしんっと静まり返ってしまっている。


「…ほら、殺生丸。早く座って。今コーヒー持ってくるから。それから犬夜叉、運ぶの手伝って」
「お…おぅ」
「……」


奥の部屋に消えていく犬夜叉との姿を見送った殺生丸は、椅子に座って小さく息を吐いた。ちなみに弥勒は先ほどから笑いをこらえている。小さく"アメとムチ"と呟いた瞬間、殺生丸にどつかれたのは言うまでも無い。


その後。『仮装喫茶』が食品部門第2位に輝き、上機嫌のが居たとか、いなかったとか。









2007.02.10 saturday From aki mikami.