コンコン、と控えめにノックされる。殺生丸がなんだ、と答えると、小さくドアが開いてあのね、といいながらが入ってきた。




テスト勉強





「…あの…ちょっと相談に乗ってほしいんだけど…」


ドアの前からベッドへ進み、寝転がる殺生丸の前に一冊の本を差し出した。殺生丸はそれとを交互に見て、あきれたようにもらす。


「…またか」
「う…ごめんなさい…」


が差し出した本は、数学のテキスト。のクラスは文系で、主に英語と社会を重点にしているのだが、そのせいかは数学にめっぽう弱い。いや、めっぽうというほどではないが、弱い。その点殺生丸は理系なので、わからないところがある度に教えてもらっている、というわけだ。


「今度はどこだ?」
「あ、うん…微積…。なんかこんがらがっちゃって…」
「―――…文系の微積など、微積に入らん」
「そ…そりゃあ殺生丸は特進コースで、今だって理系で頭いいし、簡単に思うかもだけど……」
「…いいから、かせ」


のいいわけにはさして興味がなさそうに、の手からテキストを奪い取る。殺生丸だって鬼ではない。自分の恋人(という約束をしたわけではないが)が困っていて、それを見捨てたりはさすがにしない。それに今は受験前の大切な時期だ。


「ありがとう、殺生丸!」


うれしそうに笑ったの頭を数回たたいて、殺生丸は机についた。一方は、自分の部屋にイスと勉強道具を取りに行く。


…少し、甘やかしすぎか。そう思っても、冷たくすることなど到底できるはずがない。
自分はつくづくに甘いなと、殺生丸は思った。



◇ ◆



勉強が一段落着いたので、二人はベッドに座ってコーヒーを飲んでいた。勉強には適度な休憩も必要である。


「そーだ、こないだね、英語のテストで…あ、30点満点のやつなんだけど、それで満点取ったんだよ!ちょっとすごいでしょー」
「難しいテストだったのか」
「うん、まぁそこそこ…でも私、得意な単元だったから」
「…よかったな」
「うん!」


うっすらと笑う殺生丸に、がうれしそうにうなづく。…だが。


「…その頭をもう少し数学に使えたらな」


ピシリ。


石のように動きを止める。それに殺生丸が気づいて振り返ると、はカップを置いて殺生丸に深く頭を下げた。


「ごーめーんー!」
「謝れとは言っていない」
「で、でも… あ、じゃ、じゃあなんかお礼を…」
「今更だな」
「う… じゃあ、今までの分も含めて… 人殺しと暴力以外なら、多分なんでも聞くよ?」
「限定がある上に、多分なのか」
「……殺人者にしたいの、私のこと?」
「いや」


そういって殺生丸はコップを置くと、の頬に手を伸ばす。途端、の心臓が大きく脈打って、双眼に見つめられた眼が、きょろきょろと中空を泳いだ。


「…目をつぶれ」


低く、そっと耳元で囁かれる。おずおずと彼に視線を向けると、有無を言わさぬ強い瞳が細められた。…逆らえない、この人には。


言葉のとおりにゆっくり目をつぶると、まるで待っていられないとでも言うかのように激しく殺生丸の唇が降ってきた。縦に横に顔を傾け、頭を抱えるように髪を揉み解す。息継ぎする間もなく次々にふさがれ、切迫感と体温で頭から溶けていきそうになる。はいつの間にか彼の服をつかみ、自分からも舌を絡ませた。粘着質な水音が、二人きりの部屋にやけに響く。二人の温もりが、吐息が、体をさらに暑くさせる気がした。


ようやく唇が離れると、は殺生丸の胸に埋もれて荒く息を繰り返した。そんなを愛しそうになでて、頭に口付ける殺生丸。耳に唇を寄せ付けると、かすれた声で言った。


「…なんでもきくんだったな?」
「え?あ、わ…!」


言葉の意味を理解しないうちに、はベッドに押し倒された。その上に殺生丸が覆いかぶさり、再び深く唇を合わせる。自分より重い彼の体重が特別に思えて、それだけではまた心臓がはねるのを感じた。


だが、だってわかっている。この先殺生丸が何をしようとしているのか。


「っ、ま、待って殺生丸…!」


両手を突いて彼を遠ざける。殺生丸は苛ついた様子でを見返した。


「…なんだ」
「だめ… だって私たち…  あと半年も、一緒に住まなきゃいけないのに…」


キュ、と軽く手に力を込める。


殺生丸にも、の言うことはわかった。
あと半年、ほとんど二人で暮らさなければならない…だから、そのためにはそれなりの"節度"が必要なのだ。自分たちは、まだ自立した"大人"ではないのだから。それに、はもうすぐ受験。二人の関係がの将来の邪魔になる可能性だってありうるのだ。


「……わかった」


そういうと、殺生丸はから離れた。少し乱暴なしぐさで立ち上がると、イスに座り、を見ずにやるぞ、といってテキストをめくる。


「…はい」


ごめんなさい、とはいえなかった。つらいのは殺生丸だけではない。…だが、殺生丸のほうがたくさん耐えているのは、にもわかる。


涙が出そうになった。今までどおり、普通にしようとしている殺生丸の背中が優しくて、大きくて。


は殺生丸の隣に座ると、シャープペンを持ってノートを開く。視界が涙で潤むのを知られないように、わざと机に頬杖をついた。









2007.11.25 sunday From aki mikami.