「ねーかごめ、今日帰りご飯食べに行かない?」
もらいもののクーポン券を嬉しそうにひらひらさせた。だが、かごめはそんなに両手をあわせて、ごめんねー、と謝った。
初デート
「今日犬夜叉と約束してるんだ。久々のデートだから勘弁してっ」
「…ふーん、デートねー。私きーてないけど」
「ごめんって!今度奢るから!」
「ホント? じゃー期待してる!」
「え、あっ…」
かごめが弁解しようとしたが、そのすきを与えないうちには自分の机に戻っていった。
それにしても。
はクーポンをサイフにしまいながらぼんやりと頬づえをついた。
「(結構高いお店だから、滅多に行けないんだけどなぁ。しかも期日今日までだし…)」
いくらバイトをしているとは言え、やはり高校生にはお金がない。ケータイ代実費は勿論だが、はさらに居候の身。自分の身の回りのものすべて、自分で出さなければいけない。親からの仕送りはあるものの、それは学費のために取ってあるので使いたくない。だからなかなか贅沢できない。今日はその贅沢が少ないお金で出来る数少ないチャンスなのに。
「もったいなーい!」
秋と言えば食欲の秋!そんな季節にご飯を我慢しなきゃならないなんて!は鞄の中からケータイを取り出してアドレス帳を一からなぞり始めた。…と、急に頭上に影が出来て、はじかれたように顔を上げる。
「かごめ、なに?」
「…ねー、ってさ、殺生丸とどっかに行こうって考えはないわけ?」
「……え?」
「だってさー、が殺生丸とデートしてるのって見たことないと思うんだけど」
「そうかな…」
「そうだよ」
「だって、花火とか…」
「アレはデートじゃないでしょ!大体あのとき付き合ってないし。付き合い始めてから出かけてないでしょ」
「……そうかも」
「ね、殺生丸誘ってみたら?」
「え!」
「なに、だめ?」
「だめ、じゃないけど……」
ついこの間節度の話をしたばかりだと言うのに、こちらから食事に誘うのはいいのか。そう言おうとして口をぱくぱくさせていると、かごめはそれを感じ取ったらしい。ふぅ、とため息をついた。
「それって、キス以上はダメって話なんじゃないの?」
「え!あ、えと、」
「ってか、今と殺生丸は家族みたいなものでしょ。家族と食事に行くなんて普通じゃない。それに、一回くらいデートして見たいっていったら、殺生丸なら許してくれるでしょ。にデレデレなんだし…」
「? なに?」
「あーなんでもないよ。とにかく、誘うだけ誘ってみたら?ね?」
だから、おごりの話はなしってことで!と都合のいいことを笑顔で話すかごめだが、はそんなかごめの話を全く聞いていなかった。…ケータイのアドレス帳の、殺生丸の文字。
選択ボタンを押す決心がついたののは、結局5時間目が終わる頃だった。
◇ ◆
普段あまり味わったことのない雰囲気に、はそわそわと辺りを見回した。
「…落ちつけ」
「あ、はい…」
殺生丸はとは対照的に落ち着き払っている。父親の職業上、もっと高い店での食事も普通だし、やはり大学生と高校生では経済事情は全く違う。
「こういうお店って来たことなくて…」
「だからといってキョロキョロするな」
「はーい」
とは答えたものの全てが珍しく感じて、は殺生丸にばれないように方々に視線を泳がせた。…殺生丸はそれに気がついていたが、言っても無駄だろうと判断してそれ以上の言及は止めておいた。
殺生丸が、店員の持ってきたメニューを広げてにも見えるようにテーブルに置いた。ははっと気がついて、慌てて視線をメニューにやると…その値段に思わずうわ、と声を上げてしまった。
「なななな、なにこれっ」
「…知らないできたのか」
「だだ、だって!」
「今日は割引されるのだから、別にいいだろう」
「そうだけど…」
こんなに高いなんて!と心の中だけで叫んだは、急に自分がそこにいていいのかどうか不安になって、殺生丸を見あげた。…助け舟を求めているらしい。
「…私はもう決めたぞ」
「え!早!」
「…何度か来たことがあるからな」
「そ…そうなんだ…」
「緊張することはない。お前が思っているほど格式高い店でもないしな」
「ははははは、そうなんだ…」
それは、フォローになってない気がする…とは思ったが、彼が気を使っているのはわかったので、それ以上は何も言わなかった。改めて、…出来るだけ値段を見ないようにしながら、メニューを上からなぞっていく。
「じゃ、じゃあ…たまごハンバーグで」
「…本当に食べたいのはそれじゃないだろう」
「だ、だって…」
「いいから、気にせずたのめ」
「…じゃあ…」
これを、と言ってが指差したのは、もう一段高めのものだった。殺生丸は手を上げて店員を呼ぶと、テキパキと二人分の注文をして、茫然とするに意地悪く笑いかけた。
「な、なによ、その顔…」
「別に、なにも」
「……ムカツク」
「気にするな」
「気になるよ!」
「気にしすぎだ」
殺生丸は、相変らずニヤリと笑っている。馬鹿にされているのが分かって、はむっと頬を膨らませたが、怒れば怒るほど逆効果である。
そんなこんなで、二人のゆったりした時間が過ぎていった。
◇ ◆
食事を終えた二人は朝食の買出しを済ませた。最近の買い物は当番制になっていたので、二人で買い物ができるのは珍しい。お互いのほしいものや必要な物をかごに放り込んでいったら、気づいたらビニール袋3つ分の買い物になっていた。
後部座席に荷物をのせて、嬉々として助手席に乗り込む。その表情の理由はもちろん、「しばらく買い物に行かなくていい」である。
車が緩やかに発進すると、はぼんやりと窓の外を眺めた。…流れていく景色を見て、自然とため息が漏れる。
とても口には出せないが、…もうすぐ初めてのデートが終わる。二人きりの時間などいやというほど過ごしてはいるが、それでも恋人としてデートをするのは、おそらく受験前はこれが最後となるだろう。家にいるときはお互いに距離を置くようにしているし、たとえそういう機会があったとしてもは断るつもりでいる。それでなくても楽しい時間の終わりというのは寂しいもので、は名残惜しさを感じていた。外の景色は見慣れた道を進み、少しずつ家へと近づいていく。
すると、交差点の赤信号で止まったところで、殺生丸が珍しく深いため息をついた。それまで無言だったがどうしたの、とたずねるが、彼は答えずにハンドルを握りなおした。信号が青に変わると、左に曲がるはずの道をなぜか直進したので、は思わずえ、と声を漏らす。
「…殺生丸?」
「わかりやすすぎるな」
「は…?」
「お前だ」
「私?」
普段は進まない道にずんずん進んでいく車。は殺生丸の言葉に首をかしげたが、すぐに考えを読まれたのだとわかった。
「…殺生丸が鋭すぎるんだよ」
「違う。お前がわかりやすすぎる」
「そんなことないもん。 …殺生丸、エスパーじゃないの?」
「…それ以上いうとどこにも連れて行かんぞ」
「はい、もう何もいいませんっ」
くすくす、とが笑うと、殺生丸もやさしい表情を作った。
おそらく、これからはこんな機会もないとわかっていて、それでも普段と変わらずにいてくれる。そんな殺生丸に、は心で小さくありがとうとつぶやいた。
2008.02.09 saturday From aki mikami.
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