ちゃん!一緒に川まで行こう!」


そうりんに言われて、ぐい、と手をひかれた。はうん、と言って笑いながら、彼女に導かれていく。それを見送る殺生丸と邪見のの視線を感じながら、は軽快に歩き出した。


風がまっすぐ後ろに向けてふきぬけていく。本当にすぐ近くに川があるらしく、水のにおいがした。


ちゃん!はやくはやくぅ!」


そう言ったりんが、ぐいぐいを引っ張っていく。やがて川のにおいが一層強くなり、りんの手が離れたかと思うと、ばしゃ、と音が聞こえた。


「つめたぁい!」
「りんちゃん、お魚取るんじゃないの?」
「うん!でも、水浴びもしたいなぁ」
「いいけど、服のままはダメだよ」
「はぁい!」


ばしゃばしゃ、と川から上がったりんが着物をに預けて川の中に入っていく。楽しそうな笑い声がくすくすと聞こえて、自然との顔が綻んだ。


「―――…


突然掛けられた声に驚いて、反射的に振り返る。右側を通ってすぐ隣に腰を下ろした気配は、凛としていて、すぐに誰だかわかる。


「殺生丸様…」
「お前は入らないのか」
「…私は、夜にしか水浴びはしません」
「何故だ」
「昼に入ったら、誰に見られててもわかりませんから」


そう言って、は苦笑した。その姿を見やる殺生丸の目がわずかに細められたが、それにが気付くはずはない。


「…殺生丸様?」
「いや」
「?? あの、何かご用でしたか?」
「…何でもない、邪魔したな」
「べ、別に邪魔じゃないですよ…!」


立ち上がろうとした殺生丸を、の手がぐっと引っ張って捉えた。だが、すぐには真っ赤になってごめんなさい、と手を離す。


「…怒ったわけではない。按ずるな」


ふわりと頭に触れた感触は、とても温かく、やわらかく、彼の凛とした雰囲気にはあまりにも不似合いで…それが、またの頬を染めさせる。ゆっくりとふいてくる風の冷たさが、更にそれを際立たせる。


「……またあとで、迎えに来る。それまでここにいろ」


そう言って、殺生丸はどこかへ消えて行った。その一瞬、なぜか彼の雰囲気が優しくなった気がして、は嬉しさを感じた。


「……ちゃーん!殺生丸様どうしたのぉー?」


ひたひたと掛けてくる音が聞こえる。りんがの膝に手をついて身を乗り出した。


「あ、あとで迎えに来るって…」
「ほんとに?やったぁ♪いっつも邪見様が迎えに来るから、殺生丸様が迎えに来てくれるのって嬉しいなぁ!」


無邪気に笑うりん。それにつられても思わず笑みをもらすと、りんはの膝から手を離して、先ほどまで殺生丸が座っていた場所に座った。そして、が持っていた着物をうえからはおる。


「…ねぇ、りんちゃん」
「ん?なぁに、ちゃん?」


は、…前から聞いて見たかったことを、りんに聞いて見ることにした。以前邪見に聞いてみたが、あまりあてにならなかったからだ。


「あのね、殺生丸様って…どんなひと?」
「殺生丸様?」
「うん。ほら、私、目が見えないから…」
「見た目がって事?」
「それもあるし…その、性格というか…」
「殺生丸様はねぇ、すっごくかっこいの!!」


今までよりいくらか高めの声でりんが言った。


「それは、見た目の話…?」
「もちろん!見た目もそうだし、それにね、性格も格好いいの!それに、すっごく強くてね、優しくてね、髪が長くて、すっごく綺麗で、それからそれから…」
「り、りんちゃん、いっぺんに言わなくてもいいよ?」


りんがあまり一気にまくし立てるから、は苦笑してそう言った。


以前邪見に聞いた時は、殺生丸様は誇り高き御方だとかなんだとか言われて、具体的なことは良くわからなかった。だが、今りんに話を聞いてみて、…ははじめて、彼を"見て"見たいと思った。


今までは、目が見えなくて困ったことはあっても、それほど強く見えるようになりたいと思ったことはなかった。生まれたときから視覚を持たない彼女は、もう何も見えない状態で暮らしていくのだと割り切っていた。だから、別に見えなくてもいい、見えないまま死んでいってもいいと思っていた。世の中に満ち溢れる汚い物を見ていくくらいならば、何も見えないまま滅びていこう…そう思っていたのに。


―――…彼を、見たい。綺麗な顔も、戦うところも。


は強くそう思っていた。そんな事思っても無意味だ、自分の目が見えるわけがないと思っているのに。


「…ちゃん?」
「あ、ご、ごめん!」


―――…殺生丸様。