歩けば歩くほど、強い匂いが鼻を霞める。わっと視界が開ければ、小さな小さな命が息づいていた。




君影草





「殺生丸、待って!!」


駈けて来て、が叫ぶ。殺生丸はピタッと足を止め、動かない。自分で待てとは行ったが、まさか止まってくれるなんて想わないので、勢い余って彼の背にぶつかってしまった。


「殺生丸…?」


ぶつけた鼻をさすりながら尋ねる。しかし彼は前を見た侭動かない。

疑問に想い、彼の後ろから前を覘きこむ。するとそこには、小さな白い花が地面いっぱいに咲いている。


「凄い…綺麗っ…」

殺生丸を追い越して、花の一輪に手を添える。鼻を霞める心地よい匂いに、思わず顔をほころばせる

そんな彼女を見据え、殺生丸は複雑そうにする。なにしろ彼女をここに連れてきたのは自分で、それも偶然ではなく、わざわざ”連れてきた”のだ。

この場所を見つけたのは、昨晩の事だった。




火の番をに任せ、特に行き先も決めず散歩に出ると、昼間は気が付かなかったが、森の中に微妙に開けた場所がある。

一先ずそこに行って見ようと歩を進めていくと強く香ってくる花の匂い。

花に興味のない殺生丸には、それが何の花だかは解らなかったが。実物を見ればそれは別の話。

それは沢山の鈴蘭。こんな所に珍しいと想ったが、それ以上にそれを見た瞬間、何故だかに見せたいと想った。

小さくも美しく、凛と咲くその姿が何処か、と重なったからだ。





「殺生丸、ありがとう!」


はじけるようにが笑う。殺生丸はその笑顔から目を逸らしつつ、彼女の隣に腰を下ろした。


「…ねぇ、殺生丸?」
「何だ」
「今日はどうして、ここに来たの?」


首をかしげて尋ねる。しかし殺生丸は、それに答えを出すでもなく黙っている。

彼にしてみれば、昨晩自分が想った事…鈴蘭とが似ていると想ったなど、本人に知らせたくない、と言う気持ちで。


そんな事言える訳が無い。


心でそう呟いて、出来るだけを睨むようにする。

答えてくれる様子のない彼。はもう一度首をかしげて、殺生丸を覘きこんで見る。

すると、殺生丸の表情がいつもと違う。怒っているとも、喜んでいるとも取れない。だからと言って、無表情とも違う。


例えて言うならそう。照れている。


は驚いて、思わず目を擦る。自分の今の考えを疑いさえもする。だが、それ以外に言い様の無い彼の表情。


「…何だ」


不機嫌そうに言う殺生丸。は一瞬睨まれた事にドキッとしたが、殺生丸が相変わらず照れた表情なので、思わず苦笑が零れてくる。


「何でもないよ」
「気に食わんな、その笑い」


彼が言えば言うほど、可笑しくなってくる。気が付けば苦笑はその範囲でおさまらない程で、殺生丸は更に機嫌を悪くした。


くすくすと笑うと、照れ怒る殺生丸。


2人はそのまま暫く、凛と咲く鈴蘭を眺めていた。




君影草 鈴蘭の別名。
【花言葉:幸福・純潔・清らかな愛・繊細 】













2004.11.30 Tuesday From aki mikami.