「…大丈夫?殺生丸」
「これくらいすぐ直る」
外は雨が降っている。先ほどの妖怪との戦いで珍しく頬に傷を負った殺生丸は、丁度良い洞窟を見つけて休んでいた。
「……手当てしないと、跡残るよ?」
「いらぬ」
「意地っ張り…」
は口を尖らせて、殺生丸の隣に腰を下ろした。りんと邪見は疲れからか、すっかり眠ってしまっている。
「やっぱりそう言うところ。犬夜叉と殺生丸は似てるわ」
「…殺されたいのか?」
「いや、滅相もないですけど…でも、殺生丸のお父さんと殺生丸も、似てるわね」
「…」
の言葉に、殺生丸は黙りこんだ。…最後に見たあの背中を、思い出す。
「なぜそう思う?」
「…だって、殺生丸のお父さんは、自らの命を犠牲にしてまで犬夜叉と犬夜叉のお母さんを救ったんでしょう?…それってある意味ですごい意地っ張りだと思わない?殺生丸の忠告も聞かないで…自分の信念を貫き通したんだから」
「…」
記憶の中の父親を掘り返してみる。…確かに、他にも意地っ張りだと思えなくもない行動が多数合った。
「だが、私と似ているなど」
「似てるよ。…見た目も中身も」
そう言って、はくすくすと笑った。
「血は、争えないんじゃないかな」
「…だと言うことは」
「ん?」
「……私もあの二人と同じように、人間を愛すると言うことか」
は驚いて、殺生丸を見つめた。その瞳はいやに真剣で、逸らせなくなってしまう。
「その答えは…貴方の心の中にあるんじゃない?」
「心の…中だと?」
「そう…貴方の瞳は、迷っている瞳じゃないから。もう、心では決まっている」
己の心。殺生丸は今まで、それと真剣に向きあう事をしていなかった。…そうすれば、彼の中で見える答えはひとつしかない。そう、気づいていたから。
傷付いた彼を助けようとした、少女。すべてはそこから始まったのだ。そして、あの雨の日。何に隠れるわけでもない、体をそのまま雨にさらし、細い指の隙間から鮮血を垂らしていた、彼女。
「…愛してはいない」
何度も何度も、笑いかけてくる。そして、彼のために泣く。彼だけではない、他人のために。…そして、自分のために、素直に涙する。今まで見ることもなかった人間の姿。そして、泣いたあとに少し強くなって立ち上がってくる、しなやかさ。その反面、簡単に闇に飲まれてしまう脆さ。
「…私は犬夜叉などと、同じ道は歩まぬ」
何のために刀を振るう?彼女を守るため?否。
「だが」
自分のため。
「お前が、そこにいる」
「意地っ張り」
「意地など張っていない」
「いーや、張ってます」
「…」
「あ、怒っちゃだ・め」
は笑う。…殺生丸の腕に絡み付いて。
「私がここにいる限りは、守ってくれるんだ」
「お前のために戦うわけではない」
「それでいいよ。殺生丸は殺生丸のため。私だって、自分の身は自分で極力、守れるようになりたいじゃない?殺生丸に守って貰うだけじゃ、いやだから」
「…」
「しかし…犬夜叉と同じ道は歩まない、か。殺生丸らしいね」
「…どういうことだ」
「犬夜叉、嫌いなんだなって思って。…でも心配しないで」
殺生丸と顔を見合わせる。ふわりと優しい笑みを浮かべて、殺生丸の白銀の髪を優しく梳いた。
「誰一人、誰かと同じ道を歩む人はいない」
彼は彼の道を。彼女は彼女の道を。
「犬夜叉は犬夜叉で、貴方は貴方であるように」
例え、同じ血が流れていても。
「貴方の歩む道は、あなたの歩む道よ」
「…当たり前だ」
「あ、認めた~」
「……殴られたいか?」
「やだやだ、ごめんって」
拳をつくる殺生丸から少し離れて、は笑った。殺生丸もそんな彼女に嘲笑のような微笑をもらす。その時の穏やかさと言ったら。殺生丸の父、闘牙王が見たらどんな顔をするだろうかと、は微笑を返しながら考えていた。
すべての人が、別々の道を歩んでいく。
例え人間を愛しても、 貴方は貴方の道を。
2006.03.09 thursday From aki mikami.