淡い光が揺らめいている。は、暗闇に目を凝らしてその正体を確かめようとしたが、すぐには特定出来なかった。




たる





随分遠くまで来てしまった、そう思ったは、わずかに顔をしかめたが、目の前の光からは決して目を逸らさなかった。

きれいな水辺にしか現れないと言われる夏の虫、蛍。

戦国時代に生まれて生きる人間にはめずらしくないものだ。しかし、はほとんど蛍を見たことがなかった。

確かに彼女は現代生まれだ。だが、育ってきたのは今いるここ、戦国時代。…にも拘らず、その経験は数えるほどしかない。

ふらふらと不安定に揺れる小さな光を、はもたつく足で追いかける。ほたるの動きはゆっくりしているから疲れるわけではないが、やはり慣れていない林を歩くのは、それなりに辛い。


ほたるは何度か木に止まりながら真っ直ぐ林を抜けて行く。まるでなにかを探しているか、追いかけているみたいだ。
ほたるにも、必死に追い求める異性がいるんだろうか?そう考えて、は小さく笑った。

やがてほたるは、暗がりから見てもわかるほど明るく開けた空間へと飛びだしていく。林のどこにそんな場所があるのかと思ったが、それ以上深くは考えず、もほたるにならってその空間に飛び出した。

一瞬、ほたるを見失ったかと思った。しかし、そうではない―――見落としてしまうほどの神秘的な空間に、は突然放り出されたのだ。


大きな木に群がる、たくさんの蛍。枝の一つ一つ、葉っぱの一枚一枚にとまって、小さく光を放っている。


それはいつかかごめに写真で見せてもらった、イルミネーションに似ていた。


「…綺麗」


じっと目をうばわれてしまう。こんなに心が休まる光景を、久しぶりに見た、とは思った。

淡い蛍の光は、まるで天に昇っていくように、上に向かって続いている。その先を目で辿ると、暗い夜空に散りばめられた、蛍に似た黄色い光。自然と口元に笑みが浮かんだ。星から少し目を走らせて、木々の隙間をのぞけば、…そこには、薄い光を放つ三日月。


「―――、」


はっと、自分がはぐれてきてしまった事を思い出した。


そもそも何故が一人でいたのは、りんと邪見が二人で森に入っていって、それを探すためだったのだ。…そのが迷ってしまって、きっと殺生丸は怒っているかもしれない。


「…はやく、かえらなきゃ…!」


そう思って、いま来た方向を走って戻る。だが、もうすっかり日も落ちてしまったし、周りは見えない。足元もおぼつかないし、だんだん気温も下がってきた。空を見て方角を確かめるが、元々いた場所がどっちの方角かも覚えていない。


「…どうしよう」


走る足が、ゆっくりととまる。その場に立ち尽くして、空を見上げたまま悩みはじめた。…だが、そうしていても何かが変わるわけではないだろう。…しかし、動かないほうがいいのでは、とも思う。こんな暗い森の中を走るのは危険だし、それにもし殺生丸が探してくれているとしたら、一箇所にとどまっていたほうが探しやすいだろう。


ふいに、ふわり、と光が飛んでくる。…ははっとして、その光を見やった。…それは、先程追いかけていた蛍の光だ。


「蛍…」


蛍は、ゆらゆらゆれる光を従えながら、ふよふよとの横を通り過ぎていく。…すると、まるでその蛍に続くかのように、次々と他の、もっとたくさんの蛍もをすり抜けていく。はその、先ほどよりもずっと不思議な光景に、思わず目を見張った。…一体なにが起きているのかわからない。だが、彼女の直感は、ただその列についていけとつげていた。


たくさんの蛍の光によって、行く先や足元が照らされる。昼のようだとは言わないが、たいまつをもって歩いている位の明るさはある。


どちらに進んでいるのかなんて、考えなかった。ほとんど無心のまま、蛍の光だけを見つめて歩いていた。…そうすると、淡く照らされた前方から、人影がゆっくりと見えてくるのがわかる。…彼の長髪は、間違いなく。


「、殺生丸!」


走り出してそのまま、彼の胸に飛び込んだ。殺生丸はの体を受け止めて、彼の着物を強く掴んでしがみつく彼女の頭を優しく撫でる。


「…りんたちをさがしていたのか?」
「うん…ごめんなさい」
「謝れとはいっていない。それと、りん達は勝手に戻ってきた」
「そっか…よかった。なんか、私が迷惑掛けちゃったね…」
「迷惑、とも言っていない。…むしろ、逆だ」
「え…?」
「その蛍の群れ」


殺生丸がを離して、すいっと視線を向ける。すっと手のひらを差し出して、そこに雪のように降りたった蛍は、不安定な光を放って佇んでいた。


「…蛍が…どうしたの?」
「…」


殺生丸は蛍を中空にゆっくり飛ばしたあと、懐から何かを取り出した。…それはとても小さくて、はじっとそれを眺める。


「…それは…?」
「水の欠片」
「みずの…かけら?」
「そうだ」


殺生丸がそれを蛍に向けて差し出すと、蛍たちは一斉に彼の手に集まった。それから、一つの塊りのようになって離れていく。…彼の手にのっていた"水の欠片"はなくなっていた。


「蛍は綺麗な水の周辺にしかすめない。それは知っているか?」
「うん…知ってるわ」
「…その水を綺麗にしているのが、あの欠片だ」
「あの欠片が…水を?」
「あれは、この川の上流から人間が盗み出したものだ。今日たまたま出会った人間が、私の姿を見て逃げる時に落としていった」


蛍たちは、ゆっくりともと来た道を戻っていった。明かりが少しずつ遠くなって、二人を照らすのは、星と月だけになる。


「じゃあ、これで蛍たちも生きられるんだね?」
「それに、人間も、妖怪もそうだ。…綺麗な水がなければ、生きられぬ」
「…そう、だね」
「……もういくぞ」


の手を引いて歩き出す殺生丸。わっと、体中の血が昇っていく気がした。




ほたるが ほっと ひかりはじめて


ゆっくりと かわを くだっていく


すみきった みずが ひかりを うけて


くらがりが ほぅっと あかるく ひかった。









アトガキ。


久しぶりの短編です。
さて…わけのわからない話を書いてしまいました…でも、夏と言えば何だろう?うーん…花火かなぁ?でも戦国時代に花火ってのも微妙だしな、と色々考えていった末に、夏は蛍だ!と思ったので描いてみました。


殺生丸夢ではなくなっている気がする…。ま、まぁ最後ちょっと甘いので許してください…(笑)


それでは失礼します。


2006.07.27 thursday From aki mikami.