01.「挨拶のキス」
目の前で寝ている大きな子供・に、明智は小さくため息をついた。
聞こえてくる寝息がさらにの子供っぽさを引き立てるが、その一方で、スーツのスカートからは細い足がのぞいていて、女を感じさせる。
こんな格好で、誰が見ているかもわからない休憩室で寝てしまうの度胸にいっそ感心したが、仕事を放棄されたままでは困る。明智はの肩を2、3度揺さぶった。
「くん、そろそろ起き
てください」
「…ん」
かすかにうなり体を傾けると、すぐにまた深い眠りについてしまった。それどころか掛けていた自分の上着を顔ま
で被ってしまう。…つまり、起こすな、ということだ。
「くん」
少し強めに言ってみるが、それでも起きる気配がない。明智はもう一度盛大にため息をつくと、今度はもう少し強
めに彼女を揺すった。
「くん!」
「んー…」
「早く起きてください!」
「……ん…?」
「くん!」
「あ"ー……」
「早く…
「あぁー!うるさいなぁ、もう!!」
そんな大きな声とともに、の右手が振り上げられる。明智は予測していたかのようにひらりと避け、にっこりと彼女に笑いかけた。…それはもう、さわやか
な笑顔で。
「おはよう、くん」
「あー…明智警視。おはようございますー… ……おやすみ」
「…困ったな。そこにフランス料理のフルコースを用意しているんだが…」
「っ!どこっ!?」
突然起き上がり、立ち上がって、きょろきょろと辺りを見回す。そんなの様子を見て、明智は小さく笑った。その笑いに気がついて、ゆっくりと明智を振り返る
。
「…なんですか」
「いえ。いくら食べることが好きでも、こんな手には引っかからないと思ったんですが…貴方は本当に、期待を裏
切らない人ですね」
「なんかすっごく不愉快なんですけど…」
「おや?私はとても愉快ですよ」
その言葉に、子供のように頬を膨らませて明智をにらむ。だが明智の方はそれを気にも留めず、実に優雅な手つきで起き上がったときに落とした上
着を拾い、の肩にかけてやる。
「休憩室のソファで寝てしまう女性なんて、始めてみました」
「いいじゃないですか、眠かったんです!それに仮眠室のベッド硬いから嫌いなんです…!文句があるならあのベ
ッドもっといいやつにしてください!」
「…大した人ですね、まったく」
そう言うと、明智は彼女が今まで横になっていたソファに座らせた。それから頭のてっぺんに一つ…優しくキスを
落とした。
「さぁ、捜査本部に戻りましょうか」
「~~っ!」
の顔が、見る間に赤く
染まっていく。明智はそんなを楽しそうに眺めて
、少しだけ笑った。それからぐいっと腕を引っ張って彼女の体を立たせ、よろめいたその小さな肩を両手で支えた。
「どうして…」
「ん…?」
「どうして貴方はそうなんですか!私のことからかって…!」
「何のことですか?」
「しらばっくれないでください!職務中にキスなんて!それこそ前代未聞です!」
「国外では挨拶の類なんですが」
「むっ…」
確かに明智のいうとおりなのだが、同僚とそんな風に挨拶を交わすものなのだろうか。そう言おうかと思ったが、
どうせまた彼のいいように言いくるめられると思ったら、は何も言い返せなくなってしまった。
少し俯いて彼をにらむと、完全にからかっている瞳と目線がぶつかって…やり場のない気持ちで彼の肩を叩いた。
本当に、些細な抵抗。
「もういいです…!いきましょう!」
仕事用スニーカーでズカズカと歩くスーツ姿のは、なんとも滑稽。明智は吹き出しそうになるのをこらえた。
もしここで笑ってしまえば、また彼女から子供のような反撃が返ってくるだろうから。
頭のてっぺん
2005.08.06 saturday From aki mikami.
2007.09.13 thursday 修正。
2011.06.20 monday 修正2回目。
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