03.「はじめて触れた」





向こう側からスタスタと歩いてくる明智を見て、は小さくため息をついた。


明智の様な(完璧すぎる)男があまり得意ではないは、今まで出来るだけ彼と距離を置いてきた。…だが、仕事の上司だ。いつまでも避けていられるわけがない。


いやだなぁ、とが思っていると、突然肩をポンと叩かれる。ひやりといやな予感がして振り向くと、やはりそこには満面の笑みを浮かべた明智の姿がある。


くん、何をしているんですか?」
「え……あ、明智警視…」
「人のことを覗き見て…君にはそう言う趣味があったんですね?」
「ち、違います!」


と言い訳するを、明智は楽しそうに上から見下ろした。当然、彼女の反応を見て楽しんでいるのだ。部下一同からイヤミ明智といわれるのも頷ける。


だが、がぶつぶつと文句を言い始めたところで明智は彼女の元に来た目的を切り出した。


「…くん、今から食事でも一緒にどうかな?」


食事。その言葉に彼女のが弱いことを明智は知っていた。前もそうだった。フランス料理のフルコースが傍にあるだけで深い眠りから一気に覚めたのだ。だが、今は一応二人とも仕事中だ。とはいっても二人以外、捜査一課の人間はみんな帰ってしまったのだが。


「明智さん…私今仕事中なんですけど…」
「せっかく連続殺人事件も片づいて、ふつうにご飯が食べれるんですよ?だったらおいしいものを食べないと」
「だとしても…!」
「私の奢りだと言っても来ませんか?」
「う…」


奢りという言葉に弱い、それも明智に筒抜けである。今まで奢りだといって誘われた食事には、たとえ嫌いな人間がいても行かなかったことは無い(の友人情報)。


「い…行きます」
「そうですか、では行きましょう」


満足そうな笑みを浮かべて、彼はの前を歩いていった。不服そうな表情を浮かべ彼についていくだが、結局はおいしいご飯が食べられるのを楽しみに思っているのだった。









◇ ◆









店から出て車に乗り込んだ二人は、発進するわけでもなくただ休んでいた。


「ごちそうさまでしたぁ~」
「いえ。満足していただけたようで何よりです」
「もう大満足ですよ」


少しだけ頬を赤くしたかそう言って目を擦る。


明智は運転するから飲まなかったが、には酒を進め、そしては進められるままに飲んでしまった。その結果、酒にあまり強くないは、酔っ払って、まるで子供のように眠そうに目を擦っているのだ。


「ん~…あつぃ…」
「酒に弱いんですね」
「そぉ~なんですよぉ…!んー、眠い…」
「寝ててもいいですよ。近くなったら起こしますから」
「ほぉんと…ですかぁ~?じゃぁ遠慮なく…」


そう言っては目を閉じると、一瞬で眠りの世界に落ちていってしまう。明智は小さく笑みをこぼすと、車を発進させた。









◇ ◆









何度呼びかけてもが起きないので、彼女が中野駅あたりで降りることしか聞いていなかった明智は、どうしたものかと頭を抱えた。そして結局、を自分の家に連れて帰ることにした。


あとで彼女に何を言われようと関係ない。悪いのは貴方でしょう?と攻められれば当然彼女も反論できないだろうから。


車を止めると、まず助手席のを抱き上げた。ふわりとシャンプーの匂いが鼻を掠める。


明智は片手で何とかドアを閉め鍵を掛けると、人に見つからないように裏口から中に入った。この時間だ、他の住人はすでに床についているだろうが、もし見られたら妙な噂をたてられかねない。それがただでさえ噂嫌いのの耳に入ったら、それこそ警視庁が半分に割れるくらいに憤慨し、明智を攻め続けることだろう。


一番大変だったのは、家のドアを開けるときだった。彼女の腕がずり落ちてきて、非常に邪魔くさかったのだ。だがその難関を何とかクリアすると、真っ先に自分の寝室に向かった。


彼女をベッドに下ろして、乱れた髪の毛を少しだけ整えた。


そのとき、の腕が宙を仰ぎ、それからゆっくりと明智の首に巻きついた。


明智は少し驚きながらも、緩やかな笑みを浮かべた。愛しげに頭を撫でたあと、彼女を起こさないようにそっと腕を解き、布団の中に収めた。


「おやすみなさい」


少し開いた唇に口づけを落とす。


電気を消して部屋から抜け出すと、ワインでも飲もうか、とリビングに戻っていった。













2005.08.07 sunday From aki mikami.
2007.09.13 thursday 修正。
2011.06.20 monday ちょっと修正。