04.「体が熱くて」





殺人事件の通報でと明智が向かった先。そこは警視庁から車を飛ばして1時間かかる、郊外の大きな屋敷だった。


中にはその家の人間の他に、少年、少女が一人ずつ。いったい何の繋がりなのかとは首を傾げたが、明智は彼らを見て小さく笑みを浮かべた。


「金田一くん、七瀬くん」


最近配属されたばかりのにしてみれば、明智が彼らと知り合いだということに驚くことしか出来ない。明智が振り返って言った。


「こちらが金田一一くん。あの金田一幸助のお孫さんだそうですよ」
「って!だそう、じゃなくて本当にそうなの!…あ、始めましてぇ 金田一っス」
「…はじめまして」
「で、こちらが七瀬美雪くん。彼の同級生です」
「はじめまして!」
「はじめまして。えっと、私は。明智さんの部下です」
さん、っていうんですかぁ!!」


金田一がにやにやしながらにダイブする。が、寸でのところで明智が二人を引き離し、金田一の方をじろりと彼を睨んだ。


…明智と二人の関係は知らないが、悪い人間ではないらしい。むしろ仲良くなれる相手だと考えてよさそうだ(ただ明智と金田一の仲は悪そうだ)。


は明智の様子に苦笑しつつも、金田一を放り出して、家の人間に事情を聞きに行こうとしている明智についていった。


…まさか明智がああ言った反応を示すとは思わなかった。


あんなふうに子供にもなれるんだな、と妙にうれしくなってしまったのは口に出さずに、手帳にサラサラとメモを取っていった。









◇ ◆









金田一に対して明智がライバル心を抱いているのはにもわかったが、今回のこれも、そのためだろうか?


彼は、妻を亡くした夫、つまりこの家の主人に「警備のために泊めてくれ」と言い出したのだ。殺人鬼が家の中にいるかもしれないと思えば、それを断る意味も無く、簡単に許可が降りてしまった。


それがいやだといっているわけではない。…わけではないのだが、明智と金田一の推理対決につき合わされ、あまつさえ苛々のはけ口にされてしまってはたまらない。


明智の性格上女性をぞんざいに扱うことは無いと思うが、それでもぴりぴりした空気の中にいるのは気分が悪い。


は、美雪がいつもこんな二人を見ていたのかと思うと、彼女が不憫でならなかった。


…だがとにかく、今は事件のことが最優先だ。


は明智と共に部屋を目指す途中、気付かれないようにため息をついた…つもりだった。


「何を、溜息をついているんですか、くん」
「だって…ねぇ。なんか私には犯人の狙いがわからなくて」


適当なことを言ってごまかした…が、以外にも明智はそれに気付かなかったらしく、真剣な声色で答えた。


「…そうですね」
「あーあ。頭使うのは明智さんの専門でしょ?私は無理です」
「考えようとしていませんね」
「だぁって…だるいし。この家人間関係最悪だし…やっぱり私はさっき明智さんが言ってた線で当たるべきだと…



がそこまで言い掛けると、明智は突然動きを止めた。どうやら何かに驚いているようだが、彼の視線の先には廊下が広がるばかりだ。


いったいどうしたのか聴こうとした瞬間、彼にグッと腕を掴まれた。それから廊下を駆け抜けて、彼の部屋に押し込まれ、電気もつけぬまま壁に押し付けられた。


「っ…ちょっ…明智さんっ!何を」
「しっ、静かに…!」
「静かにって、いったい何がっ…


抗議する声は、彼の唇に遮られた。


いったい何が起こったのか、にはわからなかった。
ただの体は驚くほど明智を意識していた。


「んっ…!」


ざらりとした舌が入ってきて、の口内を荒らしていく。その間に彼の手は、の胸やら腰やら背中やらを滑っていた。だが、それがなぜかいやらしい感じではない…何かを探るような、そんな様子だ。


漸く唇が離れると、は吸えなかった空気を肺いっぱいに取りこむ。だが安心する間もなく、今度は首筋に顔をうめられた。


「ぁっ…!…ふぁっ…」


今度は、楽しんでいるように思える。細く息を吹きかけたり、舌を這わせたり、その動作の一つ一つに体が跳ねるが、腰に回された明智の手が逃げる事を許さない。


舌が耳近くまで来ると、明智の手が離れたので振りほどいて文句を言おうとしたが、彼の手のひらで塞がれてしまった。


彼は真剣な目のまま、人差し指を口元に立てる。それからの耳元で小さく囁いた。


「聞かれています…私達の会話」
「え…?」


は目を見開くが、明智は何も言わずにを見つめる。その空気が嫌で目を逸らそうとすると、少しだけ彼が微笑んだ。


「ボタン…外してください」


そう言った明智の言葉に、の顔が赤くなる。


「なぁっ…出来るわけ無いでしょ!」
「…それなら」


呟いて、明智はのスーツの上着に手をかける。の体が硬直して、恥ずかしさから顔を逸らす。一つ一つボタンがはずれていくたびに鼓動が高くなった。


トントン、と肩を叩かれた。は恐る恐る彼を見やると、意地悪な顔で笑った彼はゆっくりと下を指差した。


さされた方を目で追う。明智の手でめくられた上着の上に、小さく黒い、赤く点滅したもの…盗聴器がついていた。


「っ…」


盗聴器はのスーツの、裏ボタン近くについていた。…きっとだから、あまり違和感を感じなかったのだろう。驚きを声に出さずに、明智を見遣る。そして、明智が今までしてきた行動が、なんとなく繋がった気がした。


と目が合うと、明智はゆっくり頷き、の上着をするりと脱がせ、床に落とした。


僅かに光る黒い塊り。明智はもう一度と視線をあわせた後、その塊りを踏みつけた。パキンと音が鳴って、部品が散らばる。それをハンカチで拾い上げると、に見せるように広げた。


「…盗聴器」
「えぇ。おそらく貴方が上着を脱いだときに取り付けられたんでしょう。…私の上着にも、同じものが付いていました」
「…」




それであの時驚いていたのかと妙に納得してしまった…が、盗聴器を見つめていてふと思った。


…盗聴器を取るだけなら、手で口を塞ぐだけでも良かったのではないか?


確かにあのときは、明智の推理をそのまま口に出そうとしていた。それを犯人に知られては、先手を打たれてしまうからと部屋に押し込んだまではいい。…キスで口を塞いだことも、まだぎりぎり許してやれる範囲だ。


…だが。


は電気をつけて、鏡に走りよって自分をうつした。その首筋には、いくつか赤い痕が浮かんでいる。


…体中の血が頭に集まっていくのがわかった。


「…続き…して欲しかったですか?」
「っ!誰が!」


明智を思い切りにらんで、ドアを蹴破りそうな勢いで部屋から出ていく。後に残された明智はやれやれと軽く溜息をついて、それでもとても満足そうに、盗聴器をハンカチに包んで机に置いた。




耳元で囁いたら










2005.08.07 sunday From aki mikami.
2007.09.13 thursday 修正。
2011.0620 monday ちょっと修正。