06.「期待したのに」
かなり突然だったので、驚きよりも怒りの方が勝っていた。
仕事が終ったから帰ります、といって出てきたのが6時半。
そして、用事があるから今すぐ家に来て欲しいといわれたのが7時。
ようやく家に着いたくらいの時間で、なんて自分勝手なことを言い出すんだとイライラしながら彼の家へと向かった。
そして人を呼び出した彼は目の前で優雅にお茶を楽しんでいる。
「…人のこと呼び出しておいて自分はお茶ですか、明智さん」
「お迎えに上がろうとも思ったんですが…これを見ていたので」
そう言って、明智は一枚の紙を示す。は腑に落ちない様子で彼の隣に座った。…仕事の話、となれば仕方なかろう。
「…何ですか、それ」
「今追ってる…この間の強盗事件の関連資料ですよ」
「あれは私は関係ないはずじゃ…?」
「何を言ってるんです?昨日この事件の担当を変わると、自分でいったばかりじゃないですか」
「あ…そうだった」
確かにそうだ。担当の刑事が怪我をしてしまって聞き込み等にいけないため、後は事後処理のみのの事件と担当を交換したのだ。
今日一日ずいぶん忙しかったのと、彼への怒りですっかり忘れていた。
「…まぁ、貴方らしいですね、大切な事も忘れてしまうとは」
「あぁ、はいはい、すみませんでしたぁっ」
普通に喋るだけでイヤミな明智に何とか対抗しようとする。
だが、転生の(イヤミの)才覚でもない限り彼に勝つのは無理だろう。もそれがわかるからなおさら悔しいのだが、目の前の明智はそんなの心など知る由もなく、口角を上げて笑った。
「とにかくお酒でも飲みながら話しませんか?」
「な…何でお酒」
「貴方と二人で飲める機会なんて中々ありませんから」
結局はそれかよ、とは思った。
普段明智は車通いなので、食事は出来ても酒を飲むことは出来ない。だから二人で酒を飲む機会は今まで一度もなかった。
明智は嬉々として立ち上がると、キッチンに向かう。綺麗に調えられた部屋は、彼の性格が表れているようだった。
…イヤミさえなければ、いい人なんだけどなぁ。
しみじみそう思うだった。
◇ ◆
「…くん、もう止めなさい」
「え~…やだー」
「止めろといっている」
「嫌です…!」
3時間もたつと、は完全に酔っ払いモードに入っていた。酒を飲む仕草が何とも親父臭い。
「止めるんだ」
明智はそう言って、の周りから酒を取り上げた。
飲もうと進めたのは明智で、は酒に弱いことも当然知っていた。だが、それ以上に今日の飲むペースをコントロール出来ていないように思える。ヤケ酒をしたくなるようなことでもあったのだろうか。だが、彼の思いつく範囲では、それほど嫌なことはなかったはずだ。
こうなると本人に尋ねるしかないが、今のに質問をしてまともに返ってくるわけがない。そもそも質問の意味すらも理解出来ないかもしれない。
明智は彼女の腕を引っ張って、ぐらぐら揺れる体を支えて立ち上がらせた。
「ベットを貸します。少し寝たほうがいい」
「ん~?なにぃ?」
「いいから寝なさい」
「ふぁーーい」
聞こえているのかいないのか。どちらにしろ、ぼんやりとしたやる気のない返事をして、明智に支えられながらふらふらと寝室まで歩く。なんとかベットに座らせると、はぐ、っと明智の服を掴んで離さなくなった。
「…明智さぁん」
「はいはい、どうしました?」
「あのね…あの、とき、ね…」
酒のせいで呂律がまわらないらしい。とても二十歳を過ぎた女のしゃべりとは思えない。明智も酔っ払った人間は数多く見てきているが、こういうパターンははじめてで、どうしたものかと考えを巡らせる。普通の酔っ払いのように、適当に相手をしてやればいいのだろうか。
あのね、と繰り返して何かを訴えるに、なんですか、と答えた。
「あのときねぇ、なんで…止め、ちゃ、…たの…?」
その質問があまりに唐突すぎて、はじめは何のことだかわからなかった。が、冷静に考えてみて、思い当たる節は、…一応一つある。だが、の性格上、そんなことを口に出すとは思えないから、明智は二重に驚かされた。
「あの館のとき…ですか…」
「そーそー! ねぇ…なんれれすか?」
「なんでって…続きしたかったんですか?あんなに嫌がってたのに」
「だぁっ…って…! 不覚にっ、も…ドキ、どきぃ、…してぇ…
……期待っ、したのに…」
反則だ。そう思った瞬間、明智には目の前のしか見えなくなった。彼女をベットに押し倒し、唇を奪う。深く舌を差し込むと、のこもった声が口内から全身へ駆け抜けていった。
「今からして差し上げますよ」
の首筋に顔をうずめ、舐め上げる。耳に唇をよせ、そっと言葉を囁くと、彼女は身をよじって小さく声を漏らした。そんなの声に、明智の欲情は更にかきたてられる。一番上までとまっているボタンを三つ目まであけて、くぼんだ鎖骨にキスを落とす。服の隙間から胸に手を滑らせる…が、そのとき、明智はの声が"声"ではなく、"寝息"になっていることに気が付いた。
顔を上げて彼女をみれば、…幸せそうな顔で眠っている。
「…」
明智はただ茫然と、彼女を見ているしかなかった。寝込みを襲うようなマネは出来ない。否、紳士としてそれは絶対にしたくない。
「まったく、仕方の無い人だ」
そう呟いて、明智は彼女の隣に寝転がる。ふわりと香るシャンプーの匂いが、明智の理性を少しだけくすぐったが、そこはぐっと堪えた。
「どうしてくれるんですか」
そっとの頭を撫でながら呟いた。前髪をよけて、額にそっとキスをする。自分の腕を彼女の頭の下に滑りこませると、彼女を包み込むように、彼もゆっくりとした眠りについた。
腕まくら
2005.08.09 tuesday From aki mikami.
2007.09.13 thursday 修正。
2011.06.20 monday ちょっと修正。
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