昔なにかで読んだ少女漫画の女の子は、怪盗だっていうのにひらひらな洋服を着て、顔だって素顔のまま。ピンクのスカートがとってもかわいくて。…そりゃあ、物語の中なんだからそんなもんなんだろう。実際あんな服着てたら大変だけど。


本物の怪盗である私が好んで着ているのは、もちろん動きやすさ重視の服。しかも出来るだけ地味なもの。可愛さなんて二の次だ。そして顔には特注の仮面(おでこから鼻までくらい)をかぶると、…うん、やっぱり気が重い。


仕事の前はいつもそうだ。怪盗なんて面倒だし、疲れるし…漫画みたいに華やかじゃない。今のうちならば、やめることも出来る。けど、依頼人がいて、お金も発生している以上、やめるなんて選択肢はあってないようなものだ。


そろそろと屋根の上に登ると、そのまま屋根づたいに隣へ隣へと移動してゆく。こう言うとき、自分の運動神経の良さに心底感謝してしまう。自画自賛というやつだ。


とにかく今日の仕事場所は確か中央美術館だったな、と思って、私は足早にそこへと向かった。






Under the BLUE moon







中央美術館には沢山の美術品がある。その中には"レプリカ"もあるが、見ている私たちにとってはなかなか分からないもの。さらにはそれを利用して、犯罪を侵しているとしたら…。

依頼人曰く。私がこれから盗む陶器(名前は忘れたが、でかい花瓶らしい)は偽物で、しかも下の方に機械で開けた穴が開いていて、そこから隠しカメラが、…女性のスカートの中を覘いているらしい。館長は確か男だったはずだ。そんなことを思いながら、私は昼間開けておいた窓から中に入った。


この美術館は、あまり防犯管理がよろしくないらしい。たかが高校生が簡単に浸入出来るのだから間違いない。どうせここにある物は殆どが偽物なのだろう(真実はどうか知らないが)。そして更に言えることは、警察も対したことはない、ということ。


私は仕事の前に必ず予告状を出す。別に漫画を意識したわけじゃなくて、私が出した予告状が新聞に載れば、それが依頼人への合図になるからだ。予告状を受けた警察が毎回必ず張り込んでいるのだが、毎度のことながらこう言うところを見落としている。


中にはいると、そこはトイレだ。昼間に自分で開けておいた窓なんだから当然だが。慎重に気配を殺してトイレから出、あたりを探る。人がいないことを確認してから、展示室へと進む。


展示室にはいると、広い空間に沢山の絵や陶器や彫刻が並んでいる。私はその中から目的の品を見つけると、あたりの気配を探った。


…いつもこれくらいで、五月蠅いくらいにやってくる警察が、今日は一人もいない。とうとう諦めたか、趣向を変えたのか、なんてことを考えながら、目的の物に近づいたそのとき。


「チェックメイト、ですよ。…怪盗さん」


張り詰めた闇によく響く、…自信に満ちた、凛とした声だ。


「さぁ、おとなしく手をあげて、捕まりなさい」


月あかりに照らされて、その姿が少しだけ見える。銀色の髪に、碧眼。色素は日本人ではないのに、顔立ちは紛れもない、私たちと同種。低くて頭に直接響いてくるような声。年齢は…大体20代後半だろうが、前半と言っても全然通じそうな、整った顔立ち。そんな彼の手に握られているのは…拳銃。


「驚きましたね。本物に女性怪盗とは」
「…みない顔だけど、あなたも警察?」
「最近貴方の捜査が"窃盗"から"強盗"に変わりましてね」
「あら、そうなの…?人を傷つけた覚えはないんだけど」
「冗談です。本当はただの通りすがりです」


彼はそう言って、くすりと笑う。正直通りすがっただけの奴が、幾ら犯罪者に向けてとは言え拳銃なんか向けていいのかと思う。しかも拳銃は拳銃携帯命令が出たときしか持っちゃいけないんじゃないの?それこそドラマの見過ぎだろうか?警察って言うのは本当にわからない。


なにより、目の前の彼からは、いつもの警察とは違うなにかを感じる。…このまま長居するのは危険だと感じさせる。…かといって、依頼を放棄するわけにはいかない。


さて、どうするか。目の前の彼を交わしつつ、依頼を達成するには…


そして私は、ひとつの策に思い至った。


相変わらず笑みを浮かべて、…警戒を緩めることなく、私をみている彼。私は彼と目を合わせたまま、自然な手つきで目の前の陶器に手をかけた。


さっきの強盗のくだりや雰囲気から、彼が捜査一課の刑事であることは何となく分かる。それにしては専門の刑事より対応が良すぎやしないだろうか…それともいつもの人がヘボだっただけなのか。


「一人でいるのは、大勢だと気配で隠れているのが分かるから…かな?」
「ご名答。君はとても頭がいいと聞いたものだから、人数を増やしても意味がないと思いましてね」
「ずいぶんと頭が切れるのね、貴方って」
「お褒めにお預かり光栄ですよ」


口では不毛なやりとりを続けながら、彼が一歩ずつ近づいてくる。私はその場から動かず、脱出までの経路をイメージしていた。…もちろん、彼から目を離さずに。


「あの窓もわざと開けっ放しにしておいたってわけね。私を誘い込むために」
「警戒されてしまえば捕まえるのが難しくなりますからね」
「私みたいな小物捕まえたってどうしようもないでしょうに」
「…私は、兼ねてからあなたに興味がありましてね。…慈善怪盗なんて言われてる、怪盗BLUE MOON、あなたに」
「慈善怪盗ね…」


私がそんな風に呼ばれる理由は単純。私が盗むときは、ニセモノだったり、不正の証拠だったり…誰かの善意や罪の意識のためにしか動かないからだ。その理由も単純な話、私がその手の仕事しかしたくないと、クライアントに頼んでいるからなんだけど。


「慈善活動がしたいなら、怪盗である必要はないものね」
「…さあ、あなたがどんな考え方をしているかはわかりませんよ」


いいながら、じりじりと距離を詰めてくる。…あと少し、もう少し近づけば。


「あなたの名前、聞いてもいい?」
「警視庁捜査一課警視、明智健悟と申します。興味を持っていただけて嬉しいです」
「…変わった人」
「よく言われます」


いいながら、彼の足が、一歩前へ踏み出す。…ここだ。


私は素早く陶器を持ち上げると、彼の足元に向かって投げつけた。当然陶器は音をたてて割れ、一瞬彼がひるんで立ち止まる。その隙をついてその手から拳銃を奪うと、掴みかかろうとするのをなんとか交わして、今奪った銃を向けながら距離をとった。


「…まさか、目的の品を壊してしまうとはね」
「あら、あなたなら気づいてると思ったけど…そんなニセモノどうでもいいの」
「ニセモノなのはもちろん気づいていましたが…あなたが盗むものは、いつもそうではありませんか?」
「さあ?そうとも限らないんじゃないかな?」


私が言うと、彼の目が楽しそうに変わる。…きっとこういう駆け引きが好きなんだろう。銃を向けられている人間の顔じゃない。さっきだって、捕まえるといっておきながら、捕まえようと思っている動きじゃなかった。…本当に、なにを考えているのかわからない、変わった人だ。ただこれだけは言える。…相当、キレる人だ。


「本当は盗み出すのが仕事だったんだけど…結果は同じだから、ね」
「なるほど。今度もまた、慈善活動だと?」
「そんな高尚なものじゃない。…ただ私は、頼まれたことを実行しているだけ」

一体誰がつけたのか、慈善怪盗だなんて。…いくら目的が悪でないといっても、所詮は怪盗。…犯罪行為に違いはない。


銃を構えたまま、窓際まで移動する。彼はそんな私に、なにを言うでもなく立っているだけだ。…まるで、観察するかのように。


「後のことは、貴方に…明智さんに任せます。女の敵をやっつけてね」
「女の敵?」
「それをよくみれば、わかるから」


あごだけで破片をさす。…そう、今回の目的は、犯罪を明らかにすること。それだけなら、わざわざ盗み出さなくてもいい。…優秀な刑事が、ここにいるんだから。


「よろしくね、明智さん」


いってすぐに、背にした窓に向けて発砲した。さすがに反動はあったけど、立ち止まっていられない。割れた窓から外へと転げ出て、木伝いに屋根へと登って、美術館を後にする。


最後の瞬間彼が言った言葉が、頭の中で反芻する。…きっとそうなる。確信めいた予感を感じていた。


「また、会いましょう。怪盗さん」











2005.08.14 sunday From aki mikami.
2006.01.09 monday 加筆、修正。
2013.09.04 wednesday 再加筆、修正。