02 心の闇






scene 1





「母が死んだ日、私は友人の家に行っていました」





そう言って、は少し顔を強ばらせる。楽しい話をしているわけではないのだから別にふつうだが・・・明智は少しだけ目を細めた。




「5年前と言えば・・・私は19で大学生ですが、母子家庭と言うこともあって、二人で暮らしていました」




が言った言葉を一言残らず書き留めている刑事が、少しだけ苦い顔をする。・・・だが明智は少しも表情を変えずに、彼女に続きを促した。




「直接犯人の顔を見たわけではありません。ですが・・・私には心当たりがある」
「・・・それは?」
「母の…昔の男です」




その言葉は、まるで当然のことのように述べられる。彼女の中で過ぎたこととして解決してなければ、きっとこんな風にはいえないかもしれない。




「・・・その男の名は・・・分かりますか?」




とても不躾だと思いながらも、問う。だが彼女は其れを気にした風もなく、淡々と答えた。




「大沢黒。其れが、その男の名前です。・・・恐らく現在は、30歳前後になってるかと」
「・・・30前後・・・」
「母は16の時に私を産みました。母が亡くなった時点で35歳だったと記憶してますが、その男は確か26歳だったと思います」




当時26歳・・・と言うことは、現在は31歳で、一応証言と一致している。確かに5年前の捜査資料にも"恋人"として大沢黒の名が書かれていた。




「その大沢と言う男は、どんな男ですか・・・?」
「・・・とても気持ち悪く笑う男でした。母の居るところでは爽やかな好青年なのに、私しか居ないときには・・・テレビの殺人なんかのニュースを見てニヤリと笑ったり・・・母の居ない間に、私のことを襲おうとしたこともありました」
「その男は、その後・・・」
「全てが母に知られて・・・気味悪がられて。別れる別れないで大きな喧嘩をした後に、ふらりと居なくなってしまいました。けれど数日後に、差出人不明の手紙が何通も届くようになって・・・其れが、母宛ではなくて、娘の私宛に。でも私には、其れがあの男からだとすぐに分かりました」
「なぜ・・・?」
「手紙の最後に、いつも書いてあるんです。『悪魔に身を売った私は、いつでも貴方達の近くにいる』と」





そう言って、は膝の上のバックから数通の手紙を取り出す。明智が彼女に断ってから其れをあけると、中の便箋にはワープロで、確かに嫌がらせにしか取れない文章がつづられていた。




「・・・この手紙、お預かりしても・・・?」
「えぇ、大丈夫です」




彼女の返事を聞いて、明智は手紙を剣持に預ける。それからまるで"これからが本題"とでもいわんばかりに背筋を伸ばして、緊張した空気を隠すように微笑んだ。




「さて、堅苦しい話はこれくらいにして、後は二人で雑談でもしましょう」




明智の言葉が合図だったかのように、その場にいる人間外無くなって、二人きりになる。は気づかれないように小さく溜息を付くと、目の前の彼に軽く笑った。




「仕事と仕事の混同はいけませんよ」
「ご心配はありがたいのですが、これも仕事の一環でして」
「・・・何が、聞きたいんですか?」
「そうですね・・・まずは貴方があの日泣いていた理由を、お聞きしても?」




それは今余り関係ないのでは・・・普通はそう想うだろうが、それが一概にそうともいえない。捜査資料によれば、当日は雨が降っていて、あの雨の日に、何らかの記憶と重なっていたのだとしたら。・・・が殺害現場にいた、もしくは死体を目撃した可能性もある。・・・これは悪魔で可能性だが。
これも資料に書かれていることなのだが、第一発見者は隣の家に住む婦人で、庭の掃除をしていたときに偶々窓から中が見え、死体発見に至ったと言う。
が直接死体を見たのは、病院に運ばれてからのはず。それよりも前に目撃していたとしたら・・・何らかの手がかりがあるかもしれない。・・・だが、は明智の問いに答えることなく少し笑うと、低い声で言った。




「・・・どうしてそんなプライベートなこと、答えなくちゃいけないんですか?」




互いに、にらみ合う。と言っても口下には笑みを浮かべているので、うすら恐ろしい気もする。・・・やがて先に折れたのは。




「・・・そうですね。失礼なことをお聞きしました。では、質問を変えましょう。貴方の職業等、お聞きしてもよろしいですか?」
「一応、通訳の仕事をしています」
「大学は、どちらを卒業ですか?」
「・・・・・・東京大学です」
「おや・・・私の後輩ですか」
「明智さんも?」
「えぇ。法学部です」
「私もです」
「・・・失礼かもしれませんが・・・何故通訳のお仕事を?」




明智の質問も最もで、普通東大法学部を出て通訳の仕事をする人間は中々いない。




「別に好きで東大に入ったわけじゃないです。ただ母が"弁護士になれ"って五月蝿かった時期があったので。今の仕事に入ったのは、何となくです」




そう言った彼女の瞳は、少し暗みをおびている気がした。それはきっと、彼女の心の闇。あの時の涙もきっと、彼女の中でずっと忘れられない傷となっているのだろう。

明智はやはり、彼女が5年前の事件に、何らかの形で関わっているようにしか想えなかった。・・・"勘"は信じない、彼でも。









2005.08.31 wednesday From aki mikami.