どんなに呼んでも答えない






scene 1





『何かあったら連絡してください』




そう言って明智が渡してきたのは、携帯のメールアドレスと電話番号の書いたメモ用紙だった。は警視庁の建物から出てその番号を登録すると、バックの中に紙を仕舞い込んで地下鉄に乗るべく歩き出した。


数日前に明智と会った時と少し似て、どんよりとした雲が出ている。それでも太陽が少し眩しくて、夏の名残を感じた。

明智が何故、あれほど自分の涙に拘るのか・・・そんな事は判っていて、それゆえに尚更、はそれを口に出すことが出来なかった。別に明智が嫌いなわけではないし、むしろその逆で。見知らぬ人間に泣いているというだけで声を掛けて、だからと言って余計な言葉を掛けるわけではない。・・・自分より頭の良い人間が好きなにとって、彼は(嫌味なところ以外は)嫌いになる要素がない男だった。

・・・だが、だからこそ、弱いところは見せられない。好きになった人間にこそ、どうしても弱みを見せたくはないのだ。


はそんなことをぼんやりと考えながら、すっかり暗くなった道を進んでいた。・・・すると、目の前に一人の男が立ち塞がる。黒いYシャツに黒いパンツを履いた、・・・長髪の男。




「っ!」




は全身の血が凍りつくのを感じた。・・・目の前の男が、じろりと鋭い目で彼女を睨む。




「・・・黒・・・さん・・・」




大沢黒。が犯人として名をあげた彼が、今の目の前でにやりと笑った。




「ドゥモ。久しぶり、
「ど・・・して・・・」
「どうして?それはこっちの台詞だよ。・・・俺のこと、警察に垂れ込んだよな?」
「っ・・・」




ジリッと、後ずさりする。周りにいる人は何事かとチラチラ二人を見ていて、黒は軽く舌うちをすると、の肩を無理矢理に抱いて歩いた。
は心臓が大きく跳ねるのを感じた。・・・まるで、長距離走の後のように、下手したらそれよりも大きく。やがて入り組んだ裏路地に入ると、乱暴に壁に叩きつけられる。背中に走った痛みに顔を歪めると、大沢の唇が無理矢理に重ねられた。

何とか引き離そうとするが、強い力がそれを許さない。は震える手で何とか肩に掛けているバックを探ると、携帯電話を取り出して今日登録したばかりの電話番号をダイヤルした。

機械独特の電子音は、大沢の立てる不快な水音で掻き消された。









scene 2





明智は細かく震える携帯を握り締めて、人目につかないところまで来る。それから通話ボタンを押して、電話の向うに呼びかけた。




さん?どうしました?」




・・・返事は、ない。電波状態がよくないのかと想いもう一度呼びかけるが、やはり返事はなかった。
いやな予感が、する。何度も呼びかける声が次第に大きくなっていった。


―――――外は、何時の間にかの雨。









2005.09.02 Friday From aki mikami.