私は貴方に何ができる?






scene 1





はじめ達と共に行った小旅行の後、は随分と元気になっていた。最近は事件が起こっていなかったのもあるが、それにしても前より笑うようになったし、随分心を開いた様でプライベートなことも話すようになった。明智は灰色の無地のシャツにこげ茶のジャケット、黒のチノパンに身を包んで、の家に向けてBMWを運転していた。今日は二人の休みが重なったので、映画でも観に行こうということになっていた。観る映画については特に決めていないがおそらくはの趣味に合わせることになるだろう。

何度も送り迎をしているために見慣れてしまった彼女の家が見えると、明智はすぐ前でまっているの姿を探した。8階建てほどのマンションの前で、黒いブラウスに茶っぽいロングスカートをはいて黒い手提げバックを持っていた。彼女の前に車を止める。すると、慣れた手つきでドアを開けて、助手席から顔を覗かせる。


「こんにちは。迎に来てくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ無理を言って」
「そんなことないです。うれしかったです」
「ありがとうございます。・・さぁ、行きましょうか」


いうと、明智は優しく微笑みもまた笑みを返す。助手席に乗り込んでシートベルトを締めると、車はゆっくりと発進した。









scene 2





結局、今日見たのは中世ヨーロッパを舞台にしたアクション映画だった。が歴史モノやアクション映画が好きだったことと、明智もも他のモノを観る気がしなかったのと時間が丁度良かったことが主な理由だ。映画を見た後は食事をして、買い物に行くことにした。

二週間後にある、友人主催のパーティに招待されたので、そのときに着て行く服を買いたいというのだ。


「どんなパーティなんですか?」
「えっと・・・新本の発表会です。私みたいな一般人が行くのもどうかと思ったんですけど、是非って言われちゃったんで・・・」
「そうですか・・・。その方は、どんな本を書いてらっしゃるんですか?」
「大体は推理小説です。でもたまに、べったべたの恋愛小説も書いたりするんですけど。・・・結島未来って人・・・知りませんか?」
「あぁ・・・彼女の小説なら、いくつか読ませていただいたことがあります。なかなか興味深い文章でしたね」
「そうなんですか?実は私余り読んだことないんですけど。・・・あんまりあの人の話には興味ないので・・・」
「おや・・・友人ではないんですか?」
「友人って言っても、元々は母の友人なんです。私、嫌われてるみたいで・・・多分、ただバカにする対象として呼ばれただけなので・・・」


そう言って、は困ったように笑って見せる。・・・明智はそんな彼女に僅かに顔を顰めたあと、立ち止まってなにやら考える姿を見せた。


「あ・・・明智さん?」
「そのパーティ、招待客以外の入場は・・・」
「招待客の遺族や友人3名までなら・・・。も、もしかして明智さん・・・?」
「なら、さんは私を招待してくださいますね?」
「明智さん・・・それは・・・!」
「いやとはいいませんね?」


有無を言わさぬ笑顔でいう明智。はそれに対して、"はい"と答えるしかなかった。


「・・・わかりました。・・・でも、気分を悪くするかも・・・」
「大丈夫。最後まで貴方にいやな思いはさせませんよ」


その言葉は、には「いやな思いをするのは向うです」といっているようにも聞こえた。









scene 3





先にの服を買いに行ったのだが、彼女は黒いドレスを選んだ。それを受けて明智は白いタキシードを選んで、丁度正反対の色。それを選んだ明智のセンスのよさも感心するが、それを着た二人が随分似合っていることが、他人からすれば一番驚くことだろう。

後部座席に買い物をした袋を乗せて、走り出す。が選ぶのに時間がかかったため、外は随分暗くなってしまった。


「ごめんなさい・・・明智さん。遅くなっちゃって・・・」
「いえ、かまいませんよ。それより、この後はどうしますか?」
「えっと・・・」


明智の問いかけに、少し考える。・・・だがその瞬間に、女性の大きな叫び声が聞こえて、明智は反射的に車を止めた。


「今の声はっ・・・」


慌てて二人で車を降りて、声がした方へと向かう。裏路地に人が集まっていて、そこが声の発信源だろうことはわかった。人ごみの前までくると、突然が立ち止まる。明智が足を止めてをみやると、彼女は目を見開いたまま小さく震えていた。・・・彼女の視線を追いかける。すると其処には、あの日と似た真っ黒い服を着た男・・・大沢黒。


「っ!大沢黒!」
「アンタに呼び捨てにされる覚えはないよ」


そう言って、黒は去って行く。・・・の横で、一度にやりと笑ってから。









scene 4





その後発見された死体は、一連の事件と同一犯とみなされ、捜査本部が設置されることになった。・・・だが、明智は剣持と一課長にだけ、合流は明日になることと、その主旨を伝えた。・・・に捜査依頼をすることと、そのために彼女の混乱を少しでも和らげることを。

は目が覚めると、知らない家のベットに横たわっていた。天井は白く、周りに備え付けてある家具はシンプルな物が多い。家主のセンスが窺える、清潔感のある雰囲気の家だ。体を起こして近くの窓からカーテンを開けて外を見遣れば、東京が一望できるほどの景色。闇夜に光るネオンが宝石のように見えた。


さん・・・気付かれましたか・・・」


落ち着いた声が聞こえて振り向けば、其処にはこの家の主であろう、明智の姿。
彼はどうやらコーヒーを入れていたらしい。部屋の中に立ち込める香ばしい香りが、の頭を覚醒した。


「明智さん・・・私は・・・」
「大分ショックを受けられたようですね。あのあとすぐ気を失って、失礼かとは想いましたが、私の家まで運ばせていただきました。・・・お体の方は?」
「あ・・・はい、もう大丈夫です」


まだ言葉に力はないが、微笑む笑顔に明智はほっと息をつく。それから今入れてきたばかりのコーヒーを彼女に勧めた。


「いかがですか?」
「あ・・・そんなお気になさらないでください・・・」
「いえ。さんこそ、遠慮しないで下さい。さぁ、どうぞ」


進められると、は彼の言葉に素直に甘える。一口含んだブルーマウンテンは、彼らしい、完璧な煎れ方だった。


「美味しいです。こんな完璧なコーヒー久しぶり・・・」
「お気に召したようで、何よりですよ」


明智はそう言って微笑むと、コーヒーを少し熱そうに啜るを見つめる。その姿は普通と変わらない、ただの女性だった。だが、残念ながら今のを普通の女性と言うことは出来ない。


さん・・・今の貴方には大変辛いこととは思いますが・・・」
「大丈夫。・・・私、聞かれたことにはちゃんと答えますよ」
「・・・すみません」
「どうしてあやまるんです?気にしないで・・・。市民には警察に協力する義務があるんだし・・・それに私は、あなたに護ってもらえるんですから・・・」


そう言って笑うに、明智は歯がゆさを感じる。彼女のためにも、早く大沢黒を捕まえたかった。


「―――明智さん」


の呼びかけに、ゆっくりと顔を上げる明智。そこには悲しげな表情があった。


「あなたが、そんな顔をしないでください。元はといえば、すべては私が悪いんですから。・・・私はあなたを巻き込んだ身なんですよ」
「そんな・・・」
「明智さん・・・」


の手が、ゆっくりと明智に伸びてくる。明智はふわりとしたの匂いに不思議な安心感を感じた。自然と目を閉じ、顔に当たるの細い指先を感じる。


「・・・さん・・・私は・・・」


やさしい手つきで彼女を引き寄せ、自分の腕の中に閉じ込める。・・・そろそろと控えめにも明智の背に腕を回すと、明智はさらに強く彼女を抱きしめた。

彼女を愛している。明智はようやく、そのことに気がついた。今までたくさんの女性と会ってきたが、その誰とも違う。彼女は特別で、どんなことになっても、自分がどうなったとしても、守りたい、守らなければいけない・・・そう思った。

彼女の体を少しだけ離して、互いに見つめあう。どちらからともなく近づいて、何度も何度も、甘い口付けを交わした。

そうして、二人だけの夜は更けていく。






2006.01.02 monday From aki mikami.