さよなら






scene 1





鳥の鳴く声が聞こえて、は重いまぶたをあける。天井は見慣れない白で、体にかかる毛布がやけにふわふわとして気持ち良い。まだ目が覚めきらない状態で起き上がろうとしたが、自分の体の異変に気づいてまた布団をかぶりなおした。恐る恐る毛布の中の自分の体をのぞく。そうすれば昨夜の記憶がみるみるよみがえって、顔が赤くなるのがわかった。

右方にある編み籠の中には、彼が入れたのだろう、が昨日身に着けていた服と、手さげのバック、その上に一枚の紙が置いてあって、は素早い動きで着替えながらそれを読んだ。


 仕事なので先に出かけますが、もし何かあれば連絡ください。
 それと、あまり外には出ないほうが良い。
 あなたの仕事先には休みの連絡を入れてありますから、今日はゆっくり休んでください。
 それから、食事は出前か、冷蔵庫にあるもので済ませてください。  明智」

彼からの手紙は、やさしかった。は微笑み、手紙を大事そうにたたんでハンドバックの中に入れた。









scene 2





昼になって、は台所を借りて食事を取った。そして今、彼女はとても迷っている。電話がなっているのだ。それはもちろんの電話ではない。彼の家の電話だ。他人の家の電話を勝手に取るものどうかと思うし、だからと言って出ないのもいかがなものか。散々考えた結果、は出る――という結論を出した。




「―――はい、明智ですが」
―――か?』
「―――!」




思わず受話器を落としそうになった。電話の向こう側から聞こえてきた声。ありえないと思う頭と、彼ならありえるという思い、そして何より忘れられない記憶が、頭の中を駆け巡った。




「っ・・・黒、さん」
『刑事との甘い夜はどうだった?一体はどんな声で鳴いたのかな』
「なっ・・・」
『はっきりいっておくよ。・・・俺にはアイツを殺すぐらい、わけないんだ』
「黒さん!」
『大事な大事な男を守りたいんなら・・・今すぐそこを出るんだね』




プツッと音を立てて、電話は切れた。耳の奥にツーツーと機械音が響き、は何も出来ぬまま・・・その場に立ち尽くしていた。









scene 3





夕方。明智は早々に仕事を切り上げて帰宅した。




・・・?」




しんと静まり返る室内。よく見れば、玄関に靴がない。明智は靴を脱ぎ捨ててリビングまで来ると、テーブルに手紙が置いてあるのに気がついた。




「明智さんへ
 ごめんなさい。
 やっぱり私には、明智さんに守ってもらえるだけの資格なんてないんです。
 愛してもらう資格なんて、ないんです。

 何もかも勝手で、ごめんなさい。さよなら。  




―――バンッ!




明智は自らの手でテーブルをたたいた。彼らしくない行動に、もしがいれば目を白黒させて驚くだろう。珍しい、感情的な行動だった。

彼は自分の行動を思い返していた。あの大沢黒なら、ここに気がつくぐらいわけないだろうし、電話帳で調べれば自宅の電話番号くらいすぐわかる。迂闊だった。そう思った。





今日一日なぜ、彼女についていてやらなかったのか・・・そればかりが、彼の頭によぎっていた。










2006.01.27 friday From aki mikami.