貴方と会う日はいつも雨が降ってる






scene 1





が、いない。たったそれだけの事が、明智には世界の終わりほどの果てしない絶望に思えてならなかった。…愛しているとわかった瞬間、まるで煙のように消えてしまった彼女。沢山の物、沢山の気持ちを残して、明智を置き去りにした彼女。

明智は彼女の温もりが残った自分の部屋で、始終頭を抱えていた。自分がなにか悪いことをしたのか、それとも自分のいない間に何かが起こったのか。…いずれにしても、一刻も早く彼女を取り戻したい。そんな気持ちで、明智は捜査本部にも行かず、単独でを探していた。探すと言っても彼女には母親の他に身寄りはないはずだし、たとえあったとして、警察が調べればすぐにわかるはずだ。それが分からないということは、やはり彼女に身寄りはないと思って良い。それから彼女は居なくなった時、大したお金は所有していなかったはずだ。だとしたら、彼女は恐らく東京23区内にいて、誰か友人の家に身を寄せているだろう。…そんなおおよその予想をたて明智は受話器を取る。リストアップしておいた友人20名程度の最後の1人だけ赤いマジックががついていない。その人物に電話をかけるため、番号をプッシュした。

無機質なコール音がなる。何回なったかなんて数えてもいられない程余裕のない明智は、5回目になってようやく出た電話の相手に半ば噛み付くように言った。




「警視庁の明智と申しますが、晴美さんいらっしゃいますか…!?」
『あ…はい、晴美は私ですけど……』




電話の相手、中川晴美は、明智のいきなりの勢いに呆気に取られたようで、それがありありと現れた声色で言う。そんな彼女に明智は少しだけ冷静さを取り戻し、先程より落ち着いて言った。




「いきなりで申し訳ないのですが、実はさんの行方を探しています。今日、もしさんを見かけたなどの情報があれば教えていただきたいのですが…」
『……が…どうかしたんですか…?どうして警察の人がを…?』
「あ…いえ、別にさんが何かをしたわけではなくて…私とさんは個人的に友人なのですが、今すぐ連絡をとりたいので…何かご存知でしたら、教えていただけせんか?」
『…あなた…もしかして明智さんですか…?』
「っ…!」
からよくお話は伺ってます。…なら、さっき会いましたよ。口止めされてるんですけど…』
「!」
『でも、明智さんの事話してるがいつも楽しそうだったし…あなたなら、なんとなく信用してもいい気がするんです。…だから、話します』




中川晴美は、どうやら明智に好感を持ったようだ。




が今日、突然私の家に来て…普通に遊ぼうって言ってきたので、私いつもと変わらないって思っていたんです。けど話し聞いたら、1人暮らしのくせに家出したうえ、"ある人から逃げてる。絶対見つからない場所見つけて隠れる"って言ってたんです』
「絶対見つからない場所…」
って、あれでも凄く頭いいから…普通の人だったら思いつかないような所にいると
思います。…明智さんも、そう思いませんか…?』
「えぇ……そう思いますよ」




明智はの行動や言動を思い出してふっと笑った。彼女には変わった所があると思っていたが、どうやらそう思っていたのは彼だけではないらしい。




「わかりました。ご協力ありがとうございます」
「いえ。…早く、見つけてあげてください」
「任せてください。必ず…さんを見つけ出します」




その言葉は、自分自身に向けた言葉でもあった。彼女を見つけ出すと言う意気込みを、自分自身に掲示するための。

その後、明智は丁寧に礼を言い、電話を切った。すっかり冷静になった頭の裏では、既にの行きそうな場所を考えていた。









scene 2





「でもびっくりしましたよ。さんが俺の家を知ってることもそうだけど…まさかそんな事件に関わっていたなんて…」




そう言ったのは、金田一少年だった。隣にはもちろん美雪も居る。




「そうよね。…でも、それなら明智さんに素直に頼ればいいのに…」
「だよなぁ。俺もそう思うぜ、さん。明智さんだって曲がりなりにも刑事だぜ?しかも頭のよさは認めたくないけど超一級」
「それに、昔はフェンシングもやってらっしゃったんですよ?」
「…知ってる。フェンシングだけじゃない。テニスに乗馬にスキーに登山も趣味で、テニスに関して言えば時々付き合わされる」
「じゃあ…」
「…わかってるのよ、本当は。明智さんはそこまでやわじゃない。黒さんと本気で戦っても負けないくらいすごい人なんだって。でも…黒さんは明智さんを殺すつもりだから。私を取り戻すためなら、あの人は何でもする。けど、明智さんは黒さんを殺せない…」
「…そ、そうだけど……でも、だからって…」
「それくらいの覚悟がないと、黒さんはつかまえられない」
「…っ」




金田一は改めて、大沢黒と言う人物を恐ろしいと感じた。地獄の傀儡師・高遠遥一さながら…いや、それ以上かもしれない。




「私にも、黒さんを殺せない。でも、明智さんが殺されるくらいなら……」
「っ……さん!」
「ごめん。何でもないの。
…時期に、彼は私がここにいる事に気づくはず。だから、その前に逃げるね。…今度また会えたら…何か奢るね」




そう言って、は立ち上がった。すべては明智のため。…そう思って。









scene 3





外は酷い雨。明智はと始めて会った時の事を思い出していた。
ちょうどこんな風に雨が降っていて、今とは時間帯が違い昼だったが、当然晴れの日の数倍は暗かった。

傘を差している自分の足下で水がピシャリと跳ね上がり、砂はじっとりと濡れていた。公園に入れば子供は居らず、たった一人、が膝を抱えて怯えていた。

始め明智は、正直何かと思った。体調が悪いようにも見えないし、隠れんぼをしているようにも見えない。男女関係のもつれか何かだろうか?そう思っていた。

偶然で再び出会い、事情聴取をしたときも、明智は変わった人だと思った。と、同時に興味を持った。口には出さなかったが。

いつしかに惹かれていく自分がいた。不思議だが、仕事でも何度か出会い、会話する中で、彼女の人柄にひかれていった。



決定打になったのは、ある雨の日。



明智は久々の休暇で、買い出しをしようとマリンブルーのBMWを運転していた。…そのときたまたま視界の端に見慣れた姿が映りよく見れば…そこには水色の傘を差して歩くの姿。声をかけて、車に乗せて、たわいもない話をしている時に、彼女は言った。




「私が明智さんと会うときって、いつも雨が降ってますよね」




明智は運命を信じる方ではない。だが、に言われた時、…彼女となら信じてもいいかもしれない…そう思った。


明智はすっかり夜もふけた街に、愛車に乗って飛び出した。









scene 4





夜の公園。街灯があるとはいえ、辺りは暗かった。遊具の中ならばなおのこと。

…そう、は明智と始めて出会った場所にいた。ホテルを借りてもいいが、明智の家から直接出てきたためあまり持ち金がない。それに、どうしても一度、この場所に来ておきたかった。
明日から、住み込みのバイトを探すとか短期バイトとかでなんとか稼ぐとして、とにかく今日はここにいることにした。ここで寝泊まりは出来ないが、どちらにしても眠れそうにはない。

しゃがみこんで真っ先に思い出すのは明智の事。ここで出会って、会話をして、ハンカチももらった。あのハンカチは今も大切に持ち歩いている。返そう返そうと思うのだが、ついつい忘れてしまうのだ。


ハンドバックから取り出し、…思い出す。始めて会った日の優しい笑みとか、何度も話していた時の反応を。



…そうしていて、はふと思った。



今までは、雨の日になると黒を思い出し、居もしない彼の影に怯えていた。だが、今は違う。…明智との思い出が、心を洗ってくれる。黒の事を忘れさせてくれる。


もうそれだけで、十分だ。これ以上、彼を巻き込んではいけない。は固く目を瞑り、
微笑んだ。




「―――何笑ってるんだ」
「っ………!」




あの日と同じ、頭上から聞こえる優しい声。は弾かれたように顔をあげた。




「あ―――… 明智さん……」
「私から逃げられるとでも思ったのかな?」
「っ……」
「まぁ……正直普段の頭だったらここは考えつかなかったかもね…」
「あ、けちさん、私っ…」
「もう逃がさない」




そう言った明智は、の腕をぐいと引っ張る。だが、はそんな彼に屈するわけには行かない。




「…行けません。だって」
は私を信用してないんだね…」
「そうじゃなくて…!」
「私がいない間、一体なにがあった?」




明智の怒った顔を、は始めて見た気がした。いつも笑いかけていて、優しく語りかける彼。そんな彼を、は今怒らせている。




「……黒さんから…電話があったんです。明智さんの家に…」
「…なんて、言ってた?」
「……今すぐそこを出ろ、と。自分にはあいつを殺すくらいわけないんだ、と……」
「それで、みすみす彼に従ったのか……?」
「っ、」
「私と彼、どちらを信用するんだ……は」
「そ、れは」
「どっちを…」




真剣な瞳で見つめられる。もう正直にいうよりほかになかった。




「あ、けち、さんに…決まってるでしょっ……」
「…なら、よかった」




気付くと、は遊具の中でしゃかんだまま明智に抱きしめられていた。暖かい温もりが気持ちいい。冷え切ったものを芯から温めてくれる…そんな感覚に襲われて、は明智にしがみついて泣いた。




この人と、戦おう。








2006.01.27 friday From aki mikami.