雨は私達を導く






scene 1





「明智さっ


―――ばん!


が足を踏み入れた瞬間、また一発、銃声が響いた。は、目に飛び込んできた光景にただ茫然としていた。

白いタキシードの肩から血を流した明智。その手には煙を上げた銃が握られている。明智に馬乗りにされた黒は、太ももから血を流し、床に水滴を垂らしていた。


「ぐっ…あぁっ」


低くうめく声が聞こえる。後ろから入ってきた剣持が、黒を取り押さえる。手錠がかけられて、傷付いて歩けない黒を半ば引きずりながら、その場を後にする。あとからバタバタと何人かの捜査員が踏み込んできて、血だらけの明智に駆け寄って、そこではじめて、は意識を取り戻した。


「、明智さん!」


自分のドレスに血がつくのも構わずに、彼の体を支える。


…」
「明智、さん…!」
「大丈夫、でしたか…」
「大丈夫よ、私は…それより、明智さん、」
「ただのかすり傷だよ。心配ない…くっ」
「明智さん…! 誰か、早く救急車をっ…それと、何でもいいから止血するもの…!」


「―――これで、いいかしら?」


この場にあまりにも不似合いな、冷静な声が言った。

びりびりと服を破って、それを歩いてきて明智の腕にまきつける。


「こういうときこそ冷静に、ね。ちゃん」


―――結島、未来。彼女は怪しい笑みを浮かべた。


「まぁ、そんなちゃんも、好きだけどね」
「、…!」
「え…?」




―――ざしゅっ




の胸に、痛みが広がった。温かいものが流れ出る。


「な…に?」
「貴方みたいな子供が、いつもいい思いをするのよね」


ぐら、との体が横に倒れた。血の海が、床中に広がっていく。結島は血のついた短刀を見つめながら、その場に座りこんだ。


明智には、いま起こっている事が、信じられなかった。目の前で倒れるに、虚ろな目をした結島。普段見る殺人の現場は、もっと悲惨なときもあるはずなのに…いま、この血を見ているだけで、叫び出したい衝動にかられた。動揺しきった捜査員は、どうしていいのかわからずにふらふらと視線を泳がせる。明智はゆっくりと、痛む肩を抑えて立ち上がった。


「…何をもたもたしている?」
「え…?」
「その女を確保しろ!」
「はいっ!」


明智の言葉でようやく周りが動き出す。明智はの体を抱き起こした。


!」
「あっ…け、」
「しゃべらなくていい!すぐに病院に連れていくから…!」


はなぜか、笑って頷いた。明智は自分の腕の痛みも省みず、の体を抱きかかえる。出来るだけ彼女の体に負担がかからないように、歩いた。

エレベーターまでは、それほど距離はない。だが、遠い。向こうから近づいてくれたらどんなに良いか…明智はそんなことを思う。


―――が死ぬなんて、考えたくもない。


そのとき、ぽーんと音が鳴って、エレベーターが開いた。ガラガラとストレッチャーを押した救急隊員と、剣持が走ってくる。


「け…警視!彼女は、一体…!」
「そんなことはいいから、早く運べ!」
「、はい!」


の体が、ストレッチャーに乗せられる。明智は彼女の青ざめた顔を見つめながら、血で汚れた手を強く握った。









scene 2





明智はの手を固く握った。肩の治療なんてそっちのけで、人口呼吸器をつけた彼女を見つめた。


が死ぬなんて、ありえない。


そう思っていないと、頭がおかしくなりそうだった。どんな窮地に陥っても、ここまで取り乱したことがあるだろうか。


一方、剣持はそんな明智の様子をみて、複雑な心境を隠しきれない様子だった。彼の後ろには、泣いている美雪と、それをなためるはじめの姿がある。


助かるかどうかは、五分五分です。
そう、医師は告げた。それはとても残酷な発言で、どうして被害者のが死ななければならないかのか…明智は黒への憎しみと、結島への恨みにかられた。
彼らさえいなければ、はこんなことにならなかったはずだ。今ごろ私の隣りで笑っていたかもしれない。
そんなことを思ってもしかたない、それはわかっていた。しかし、分かっていても思わずにはいられないのだ。


「…明智さん、ちょっと休めよ」


そう言ったのは、金田一の声だった。


金田一は明智の後ろまできて、なぁ、と声をかけた。だが、明智はうつむくばかりで反応せず、さらに固くの手を握り締める。


「明智さん…さんが目覚めた時に、明智さんがふらふらだったら…さん、悲しむぜ」
「そうですよ。さんには私たちがついてますから…明智さんは肩の治療をして…」
「……すまない」


明智は、よろめきながらも立ち上がった。そして、力なく笑う。


を、頼む」


肩が金田一にぶつかって、それも気にせずに、病室を出ていく。残った一同は、彼の背中をみつめて、同じことを思った。









scene 3





看護師から治療をうけて、しばらくは肩を動かすなと言われた。そうして吊られてしまった左腕が、今更ながら痛むのを感じた。自分が、激痛も気にならないほどに当惑していたらしいことがわかる。


自販機で水を買って、飲み干した。冷たく喉を流れていく液体は、彼の心を少しずつ落ち着かせていく。せっかく買った服に血がついてしまったことや、知り合いに声をかけ忘れていたこと。そして、警察としての職務を、いくつか放ってきてしまったこと。


が死ぬかもしれないと思ったら、他のことなんて考えられなかったのだ。


体を前に傾けて、両肘をひざについて、頭を支える。


―――


心の中で、何度も何度も呼びかけてみるが、声は返って来ない。笑顔が見られない、何もできない。どうしようもない無力感に襲われた。


「―――明智さん」


歩み寄ってきたのは、金田一だった。明智はゆっくりと顔をあげて、彼の方を見やる。


「肩の具合、どう?」
「…当然、痛いですよ」
「そっか。 あ、さんの様子は、おっさんと美雪がみてるから」
「…そうですか」
「―――なぁ、明智さん」


金田一は歩いてきて、明智の隣に座った。それから顔の前で手を組んで、小さく息を吐く。


「…あんたの気持ち、わかるよ。俺も…もしあんたの立場になったら、きっとあんたよりひどい状態になってると思う」
「七瀬さんのがああなったら、ですか?」
「み、美雪とはいってねぇけどよ…!でも…さ、俺が言っていい事じゃないかもしれないけど…あんたのそう言う姿ってさ、にあわねぇよ」
「…」
「あんたは、頭の回転が早くて、死ぬほどイヤミで…―――いつも、自信に満ちてる人、だろ」
「!」
「自信のない明智さんなんて、明智さんじゃないよ。きっとさんも、そう思うとおもう」


ざぁ、と音が聞こえた。窓ガラスを、雨が濡らしていく。


「だから、さ。さんがああなったのは別に明智さんのせいじゃないんだし…とにかく、いつもの明智さんに戻れよ。…さん、悲しむじゃん」






―――とはじめてあった日も、雨が降っていた。彼女と会う日は、いつも…雨が降っていた。





「―…!!!」


突然、明智は走り出した。おい、明智さん!と金田一が叫んだのも、気にしていない様子で。


が目覚めた。そんな気が、したのだ。









scene 4





病院内は走ってはいけない、なんて常識は、今の彼には頭の片隅にすらなかった。それくらい明智は強い衝動によって、動かされているのだ。


角を曲がって、ドアのところにもたれかかる剣持を見つけた瞬間、明智は肩の痛みを忘れていた。絶対動かすなと看護師に言われたばかりなのに。


「け、警視?一体どうし…
「あ、明智さん!さんが…!」


剣持の言葉をさえぎって、美雪が言った。明智はすっかりそちらに神経を向けて、に駆け寄り、彼女の右手を強く握った。


!」
「…っ」
、私が分かるか?!」
「あ…けち、さん…?」
「! !!」


の声に、美雪が泣きだした。明智のあとを追ってきた金田一がそれをみて、何ごとかとおろおろする。剣持も目尻にうっすらと涙を浮かべていた。


……!」
「明智さん…私、助かった…?」
「そうだよ。助かったんだ」
「明智さんは…無事、なの…?」
「大丈夫。肩の傷だけだから」
「そう……よかったぁ」


ほ、と胸を撫で下ろす。明智はの頭を撫でながら、こっちの台詞ですよ、と囁いた。金田一が、俺医者呼んでくる、と病室を出ていく。


「明智さん…ごめんなさい、心配かけちゃって…」
「いや、大丈夫。それより君ははやく、傷をなおして…」
「うん…」


室内に、沈黙が訪れる。ざぁざぁと雨の音が響いている。


「ねぇ、明智さん」
「…ん?」
「私って、雨女かなぁ?」
「どうして?」
「だって、雨の日はいつも…あなたに会えるから」


二人は顔を見合わせて、笑った。









2006.07.07 friday From aki mikami.