桜降る木の下で



私は、今日東大に入学する双子の姉の入学式に来ていた。と言っても、実際開式まであと1時間以上ある。この辺りには、そういえば桜の木があったなと思って、私は姉にだけそれを告げ、走った。


春の陽射しはすっかりやわらかく、空気はすんでいる。と言っても所詮は東京なので田舎に比べたら汚れているけれど、私の晴れやかな気持ちを後押しするには十分だ。


ふわりとした桜の花びらが流れてくる。私は自分の指で絡めとる気持ちで中空に手を伸ばし、春の匂いを思い切り吸い込んだ。
そうしていると、ふと目に入りこんだ白い人影。よくみるとそれは銀色の髪の毛で、桜の木によりかかって本を読んでいる。顔が見えなかった分好奇心が湧いた私は、彼の前に回り込んで話しかけてみた。


「あの…あなた、東大生?」


私が言うと、彼はゆっくりと顔をあげる。今までは俯いていて見えなかったけれど―――格好いい。桜の花びらがそれを更に後押しするようだった。


「あ…うん。今日入学なんだ」


そう言って、彼はゆるゆると笑った。  心臓が、高鳴る。


「と…隣に座ってもいい?」
「どうぞ」


私の分のスペースをあけてくれた彼は、栞を読みかけの本に挟んでからパタンと本を閉じた。周りの音が静かで、びっくりするくらい人通りがない。
何か話題はないかと模索していると、彼の方が先に口を開いた。


「きみも…東大生?」


私は、答えに困った。入学するのは姉だけれど、今日の入学式に出るのは私だからだ。

私達姉妹は一卵性の双生児だから顔も声もそっくりで、両親ですら見分けがつかないほどだった。だから、私達は時々入れ替わっていた。能力の差といえば頭の良さくらいだったけど、姉は学校で一番、私は二番だったから、授業についていけないなんてことはまったくない。
運動神経に関して言っても殆ど変わりはなくて、強いていえば私の方が少しだけ優れている程度だ。だけどそれは、50メートル走るのに6秒かかるか、6秒03かかるか程度の違いだから、やはり学校の授業になんら支障はない。

だったらどうして入れ替わって居たのか?それは、私達の性格の違いだ。


「うん…そうよ。貴方と一緒で今日、入学するの」


姉は私と違って、人と話すことが苦手だった。私はむしろ、人と話すのが好きな方だった。だから、私の方が友達が多かった。…ただ、それだけのことなのだ。私達が入れ替わっていた理由は。

私が一人になりたいとき、姉が誰かと遊びたいとき。そう言う時に、私達は入れ替わるのだ。


今回の場合は…姉が、人の多い空間に行きたくないという思いからだけれど。


「どうしてここに?」
「あ…暇だったからよ。入学式までまだしばらくあるし…。あなたの方は、どうしてここに?」
「僕もきみと同じだよ。…暇だったから」
「そっか」


お互い顔を見合わせて笑う。その顔がとても綺麗で、思わず見とれてしまうんじゃないかと思ったほどだ。


「ねぇ、あなたの名前は?」
「僕?僕は、明智健悟」
「明智健悟…?もしかして、法学部1位通過の…」
「あぁ…まぁ、一応ね。ところで、君の名前は?」
「えっ…や、私はっ…」


「――――――!」


その時私を…いや、姉の名前を呼んだのは、母だった。
すでにここにきた時から私達は入れ替わっていたし、両親には事情を伝えて居ないのだから、そう呼ばれて当然なのだけど…どうしてだろう、その名前で呼ばないでと、さけびたくなった。


「お母さん…」
「行くわよ、
「……はい」


私は一気に重くなった体を持ち上げた。またこれから、姉を演じなければいけない。…私より遥かに両親の信頼を買っている、姉を。

隣に居た彼は、少し驚いているようだった。私はやんわりと笑って、


「…じゃあ、またね」


そういって、歩き出した。"私と"会うことは、もうこれで最後かもしれないけれど。










2006.06.13 tuesday From aki mikami.