再会とはいえない



刑事と言う仕事に就いて、5年。私は今まで、北海道にいた。
それは、私が東京と言う現実から逃げたかったからで、それ以外の理由はない。東京には両親や姉がいて、それが私にとってはどうしても逃げたい現実だったのだ。逃げる場所を北海道と言う所に決めたのは、何となくだ。

…今、私は東京の、警視庁の前にいる。東京に来ること自体は半年ぶりだが、この建物の前に来るのは、実に6年ぶりだった。


前に来た時は、窃盗事件の犯人を私がたまたま目撃して、その事情聴取のためだったはずだ。そして今回は…ここで働くため。

警視庁捜査一課に配属された私。どうして道警からいきなり警視庁なのかと思うかもしれないけれど、それは私が一番思っていることだ。何でもなんとかっていうお偉いさんが、私の評判を聞いて是非警視庁に欲しいと、うちの部長に声をかけたことがきっかけらしいが、私にして見れば何とも迷惑な話だ。

もう両親は私に干渉して来ないけれど、姉との入れ替わりは、今でも続いている。

私は刑事として、姉は優秀な若手弁護士として働いている。だが、姉は勝てる兆しの無い裁判になると、必ず私を台役に立てる。その裁判によって、私の力で勝てたり勝てなかったりするけれど、殆どの場合はやはり、勝てない。大体プロの姉が勝てないと思った裁判を、素人の私がどうにかするのは難しいに決まっている。それは、当時者の自分が考えてひどいと思える仕打ちなのだから、周りの人間から考えれば私は一体どれほど悲惨なのだろうか。

それでも、高校時代に比べれば、入れ替わりは大分少なくなったほうだ。

私は高校を卒業してすぐ、北海道大学に入学した。その頃からずっと北海道にいたから、めったなことでは入れ替わろうと言い出さなかったのだ。高校時代は、3日に一度と言ってもいい程のペースで入れ替わりをしていた。それに比べれば、ましだった。…と言うか、高校時代は私自身、入れ替わりを望んでいたこともあったのだ。

だが、現在私は入れ替わりを少しも望んではいない。そんなことをしている間にも、私には解決しなければいけない事件、捕まえなければいけない犯人がたくさん待っている。一分一秒でも惜しいというのに、姉に何かかまっていられないのだ。

私は、大学卒業と共に苗字をからに変えた。そんなことが出来るのか?っていう疑問はさておき、そんな事をしたのは、あの家族から精神的に解放されたかったからだ。あのねちっこくて、世間体しか考えてない家族から。

私の父は、有名な外科医だった。そして、母は政治家の娘。だから人生のすべてが、周りの目にかかっているのだ。


私は一階で捜査一課の場所を尋ねて、そこに向かった。東京に戻ってきたことは本当に気分が悪くなることだけれど、新しい職場で働くのは、悪いことではない。むしろあの捜査一課だ、どんな人達が待っていて、どんなことが起こるのか、期待で胸が膨らむ。


捜査一課、と書かれたドアの前で、私は深呼吸をした。このドアをあけて中に入れば、私の新しい生活が待っている。…深呼吸は、私の癖だった。これから新しい何かが始まると思ったら、深呼吸をせずに居られないのだ。そうやって自分の心を落ち着かせるのだ。

私は、ドアを三回ノックして、返事を待たずにドアをあけた。妙に煙草臭い気がして顔をあげると、そこにはいかつい顔の男性が立っている。煙草臭かったのは、彼の背広からの臭いだろう。…思わず、腰を抜かしそうになった。

男性は、不信感を顔に塗りつけたような表情をしていた。そうして私をみて、何だぁお前は、とひとこともらすと、後ろにいる人たちに、知ってるかー、おまえらーと声をかけた。声をかけられた人たちからは、いやぁ知りませんーという声が返って来る。


「あ、あの、私、今日こちらに配属になりました…」
さん、ですね。お待ちしてましたよ」


そんな優雅な声で、私の名を呼んだのは誰だろう。姿が見えなかったので、私の頭ははてなマークでいっぱいになった。今私の姿が見えている人達は私の事を知らなくて、先程の声の人には私の顔は見えていないはずなのに、声だけで名前を言い当てた人物は一体誰だろう。私はいかつい顔の男性の肩越しに、部屋の奥をのぞいた。

部屋の一番奥の机に、両腕をついて座っている。顔は逆光で見えないけれど、位置的に一番偉い、おそらく"警視"なのは確かだ。私がおおよその予想をたてていると、いかつい顔の男性はいきなり全身を強張らせて敬礼の姿勢になり、け、警視の知り合いでしたか、失礼しましたぁっ!!と言って、全身から汗がふきだしたと言わんばかりの様子で焦り、私と"警視"を交互に見遣った。


「いえ。知り合いではありません。いったでしょう、今日ここに、新しいメンバーが加わると」
「えっ、まさかそれが彼女、ですか?」
「そうです」
「お、男かと思ってました…」
「だれが男性だと言いました?大体名前を紹介したでしょう。そのときに、あなた達が聞いていないのが悪いんですよ」


そう言って、彼は立ち上がった。逆光で見えなかった顔が、少しずつ、明らかになってくる。…もうあと数歩のところで、私は腰を抜かすほど驚いた。…だが、それは彼も同じようだった。


「――――――、」


お互い、言葉にならなかった。まさかこんな所で再会するなんて、思ってなかったのだから。


…そう、彼等の言う"警視"とは、私が姉と入れ替わって出た東大の入学式の日に桜の下で出会った、"明智健悟"だった。


偶然の再会。…だが、こんなものは再会とは呼べない。…だってあの時、私は姉として彼の隣にいたのだから。そのときは、私ではなかった。


―――では、なかったのだから。










2006.06.14 wednesday From aki mikami.