いえない真実
『わたしたちがいれかわってること、だれにもいっちゃだめよ』
『…どぉして?』
『みんながびっくりしちゃうからよ』
『ん…わかった!わたしだれにもいわない!』
『やくそく、ね』
『うん、やくそく!』
遠い昔、姉とそんな風に会話したのを覚えている。あの時、私は姉の言った理由を信じ込んだけれど、今ならはっきりわかる。どうして入れ替わりがいけないことなのか。
…世間体だ。
「……、さん?」
「け、警視、やっぱりお知り合いですか?」
いかつい顔の男性は、さきほどから何度も私の顔を見ている。そうして目をぱちくりさせてから、明智警視を見やる。だが、当の明智警視は彼の事など気にしていないらしく、相変らず私を凝視したままだ。
「違います…」
私は答えた。けれど、彼は納得しない。
「そん…な…、覚えていませんか?東大の入学式の日に、桜の木の下でっ」
「人違いです。私は東大卒じゃありませんし、なんて名前でもありません。こちらに履歴書が届いているはずですが?」
「履歴書は人事部にありますから、こちらには直接届きません。そんなことより…こんなにそっくりな方が、人違いなはずないでしょう!」
「そんなこと言われても、人違いなものは人違いです!私の名前はで、出身大学は北海道大学!東京生まれではありますけど、あなたと会うのは今日がはじめてです!」
そうひと息に告げて、しまったと思った。言いすぎてしまった。
明智警視は、渋々と言った様子でわかりました、と告げると、自分のデスクに戻っていく。その様子を茫然とたち尽くして見ていた私を、いかつい顔の男性が優しく中へ促してくれた。
「まぁ、何か良くわからんがまずは入れ。俺は剣持。これでも一応警部だ、よろしくな」
よろしくお願いします、と丁寧にかえしたつもりだったけれど、弱々しくなったかもしれない。
「きみの机はこっちだから、あー、まぁ何だ、とにかく落ち着こう。色んな話はそれからってことで」
剣持警部が気を使ってくれてることは明らかだ。何だか申しわけない気持ちになった。私は彼に促されて、自分のデスクにつく。…明智警視がすぐ目の前に見える場所だ。そこがいやだ何て思わないけれど、気まずい。
―――本当は、言いたかった。あの時会ったのは私です、と。
***
あれから数日。何とかみんなの輪に溶け込めた私だけれど、明智警視とは上手く話せなかった。…あんまり話したら、すべてを見抜かれてしまいそうだったから。
怖いんだ、彼が。
でも、どうしてだろう。…見抜いてほしい気もする。私の事、姉の事、入れ替わりの事、あの日の事。
「おぅ、!張り込み行くぞ!」
「はい!」
剣持警部に言われて、その場を後にする。そんな私の背中に突き刺さるのは、彼の視線。
あの日出会ったのは、私です。、です。
2006.06.15 thursday From aki mikami.
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