私を見て



あの日、私は倒れた。明智君の運転で警視庁に帰ったあと、姉に事件の事で事情聴取をして、その途中、私はトイレに立った。そのトイレに行くまでのほんの十数メートルの距離で、私は意識を失った。私を見つけてくれたのは、明智君だったらしい。私が帰ってくるのが遅かったので、心配して見にきてくれたと言う。そのとき剣持さんと事情聴取の続きをしていた姉は、私が意識を取り戻すなり、言った。
息が止まるかと思ったわ、と。けれどその言葉は、…私にはこう聞こえた。




息 ヲ ト メ テ ヤ ロ ウ カ ト 思 ッ タ ワ









***










過労、ストレス。そして、栄養失調。病院に行ったら、そう言われた。そういえばお姉ちゃんが来てからろくに食べてなかったな、と思って、更に深くベットに潜った。


3日間の休みを貰った。その間は病院に入院して、良くわからない点滴をうたれるらしい。…一人で病院にいる事が、こんなにも寂しいなんて。今も、姉と明智くんがとても楽しそうに話しているんだろうかと、想像するだけで…また倒れてしまいそうだった。


そのとき、控えめにドアをノックする音が聞こえる。私は布団から顔だけ出して、はい、と答えた。失礼します、と声が聞こえて、入ってきたのは―――明智君。


「…大丈夫?」
「う…うん。なんとかね」


そう、よかった。そう言って、明智君は微笑んだ。その笑みに、心が洗われる。―――明智君にはいつも、助けてもらってばかりだ。でも、そんな風に彼が気を使ってくれているときにも、私は考えてしまう。…そのへんからひょっと、姉が出てきやしないか、と。


「あ…あの、お姉ちゃんは…」
君は…今日は警視庁には来てないみたいだよ。私は今日は非番で、家から直接きたから、わからないけどね」
「そう…」
「昨日、裁判が近いって言ってたから、その関係じゃないかな。…あいたかったの?」
「…ううん」


―――…むしろ、その逆だ。そんな言葉を言い掛けて、やめた。あの日の姉の言葉が、頭に浮かんできたからだ。
綺麗事ばかりで…自分を正当化するためなら、何でもする。…人の事を考えてそうで、実はまったく考えていない。…最低だ。


「…もしかして、あいたくなかったのかな…?」
「えっ?」
君に」
「ど…どうして…」
「…この間、車の中にいた二人を見て思ったんだ。…きみが君の事を、化け物でも見るみたいな顔で見てたから」
「あぁ…あの時」


あの時私は、明智君に呼ばれているのに気づかなかった。それくらい、混乱していた。


「…もしかして、私に何か隠していないか?」
「え…?」


突然、明智君がそう尋ねた。…今まで巧妙に隠してきたのに…気づかれた。


「―――君と話すのは楽しい。…でもね。彼女と、あの日の…桜の下であった彼女が、同一人物とは思えないんだ」
「っ!」
「あの日、"本当に"私とあったのは―――きみだったんじゃないのか?」




明智君が、気づいてくれた。




でも、私は何て答えよう。ここで"そうです"と答えようものなら、私はたちまち職を失う。むしろ、それだけで済めば幸運だ。そして―――姉を裏切ることにもなる。


「…違う、よ」
「っ、君」
「本当に、違うのっ。私はあの時、会場でお姉ちゃんを待ってて…」
君が言ってたんだ。高校生の時は、良く入れ替わっていたって」
「―――!」


強い、強い衝撃だった。まさかお姉ちゃんの方が先に、ばらしていたなんて。
あの人が…でも、そんな事あり得ないと思う反面、あの人なら何をしてもおかしくないとも思う。お姉ちゃんは私を追いかけて…追い詰めて、楽しんでるんだ。

そのとき、小さめな音で携帯電話がなった。私のではないから、明智君のだ。彼はちょっと失礼、と言って、内ポケットから携帯をとりだした。そこに表示された名前に一瞬停止し、少し躊躇って、出る。




「―――はい」


「いや、大丈夫」


「…え、今から?」


「―――わかった、いくよ」




明智君の返事だけで、会話の内容がわかってしまった。誰かが、彼を呼び出したのだ、明智君はそれじゃ、と言って電話をきった。―――当たらない勘が、今日も当たらなければいい。そう思いながら、私は恐る恐る尋ねた。


「今の…お姉ちゃん?」
「―――…あぁ」
「いっ、いく、の?」
「…またあとで、戻ってくるよ」


―――いってらっしゃい、と笑顔で言った。でも、きっと上手くは笑えなかったと思う。…明智君は困った顔でいってきます、と言うと私に背を向けて歩き出した。




―――行かないで。




「まって、」


がしゃん。

大きな音を立てて、点滴が倒れた。明智君が驚きで振りかえって、慌てた様子でかけてくる。私は構わずベットから抜けて、床に素足をついたが、その瞬間力が抜けて前向きに転びかけた。そこを、明智君が支えてくれる。


「大丈夫かっ」
「、うん…大丈夫」
「まだ無理だよ、動くのは!」


…彼の腕の中は、とても温かい。私は気がつくと、彼にすがりついていた。


「…くん?」
「――――――お願い、行かないで」
「っ」
「お姉ちゃんのところになんか、行かないで!」


子供みたいなことを言っているのは、わかってる。それでも、一人になりたくない。彼を取られたくない。好きになって貰えるのは、本当は私なのに。


―――お姉ちゃんに、譲れない。


「…わかった」
「!」
「どこにもいかない。ここにいるから…」
「明智、くん」
「大丈夫。…大丈夫だから」


ふわりと、頭をなでてくれた。温かくて、とても安心する。


この温もりが、ずっとここにあればいいのに。









***










突然、明智君から電話が入った。何でも急ぎの仕事が入ったから、私に会いに来れなくなったらしい。


「…そんなことだろうとおもった」


間違いなく、彼はの元にいる。行かないで、とでも言われたんだろうか。まったく甘ったれた妹だと、常々思う。

私は携帯電話をバックにしまって、人通りの少ない裏路地に入った。


「―――そんなに欲しいんですか、明智健悟が」


そんな声が聞こえたのは、十歩歩いたか歩いていないか、と言うときだった。


「…だれ?」
「―――高遠遥一。明智警視のライバル、とでも言っておきましょうか」
「高遠…?」


その名前には、聞き覚えがあった。確か前に、明智君が言っていた…


「地獄の傀儡師…何人もの人間を殺した、犯罪芸術家を名乗る男」
「それを知っていて、逃げないんですね?」
「…貴方には、似たものを感じるの」
「似たもの?」
「貴方は、人を欺くことに快感を覚えるんでしょう?私は、を苦しめる事に…追い詰める事に、快感を覚える」
「なるほど。貴方には、"素質"がありそうですね」


高遠は、口元に薄く笑みを浮かべた。―――やはり、一緒だ。彼は、私にとても似ている。いや、きっと私が、彼に似ている。


「…仲良くなれそうね、地獄の傀儡師さん?」


が悶え、苦しんでいるところ。…それを考えるだけでも、笑いがとまらない。

―――明智君を自分の物にできなかったときは…彼に泣きつこう。










2006.06.27 tuesday From aki mikami.