キャンバス



「あれ、明智さん?」


そう呼びとめられて振り向くと、そこには可愛らしい顔で笑う七瀬くんと、その隣に少しむくれた金田一君。


「すごい偶然ですねぇ!おでかけですか?」
「えぇ。今日は非番なので」
「けっ。なーんで休みの日までイヤミ明智に会うんだよ!」
「別に私だって、君になんか会いたくないですよ」
「もう、はじめちゃんったらやめなさい!」


七瀬くんのひとことで、訝りながらも押し黙る金田一君。そんな二人を見ていたら、彼女のことを思い出してしまった。…誰よりも光り輝いていた、彼女のことを。


「…明智さん?どうしたんですか?」
「あ、いえ…昔のことを思い出していたんですよ」
「昔のこと?」
「えぇ。高校時代に付き合っていた女性のことを」
「明智さんが付き合ってた人…きっととても素敵な方だったんでしょうね」
「―――とても、素敵でしたよ。いまでも、彼女より愛せる女性はいない」
「ロス市警のパツ金ねーちゃんはどーしたんだよっ」
「彼女はワーキングパートナーであって、彼女ではありませんよ」
「あ、あの、明智さん…その人、どんな人だったのか聞いてもいいですか?」


興味津々。 そんな言葉がぴったりあう表情で、七瀬君が言った。金田一君も、気にならないと言う表情を無理矢理作りながらも、私の方をちらりと見ている。


「―――彼女はいつも、一人で絵を書いていました」







「明智!」


そう僕を呼んだのは、赤沢だった。右手に本を抱えて走ってくる。


「お前、また事件解決したんだって?」
「あら、赤沢君。情報遅いわよ」


僕等の前で立ち止まって息を調える赤沢に、かおるが可笑しそうに笑う。


「もうみんな、とっくに知ってるわよ。新聞読まなかったのかしら?」
「朝寝坊したんだよ。それより聞かせてくれよ、事件の話!」


僕は二人に、事件の概要を詳しく聞かせた。僕達が会議室と名づけたこの場所は最近、すっかりこのための場所になっている。…だが、僕にとっては、ただそれだけの時間ではない。


ここから見える、一階の美術室。そこの窓際に、一人の女の子がキャンバスの前で座っている。


彼女は、同じクラスの子で、さんと言った。成績は中ぐらいだが、英語だけはいつも100点を落とさない。物静かな子だ。彼女はいつも、あそこに座って絵を書いている。雨の日も、雪の日も。


…一体何を描いているんだろう。いつも、そう考えている。


以前選択美術の時に、彼女の絵をちらとのぞいたことがあった。…僕は、なぜかその絵にとても心惹かれた。そのときの彼女の絵は、真っ赤な林檎を頬張る少女の絵だった。その絵が…何かを訴えかけてくるようで、思わず見入ってしまったのを覚えている。


「…ち、明智!」
「っ!」
「どうしたんだよ、ぼーっとして」


一通り話し終えた僕は、どうやら彼女に見入ってしまったようだ。赤沢もかおるも、驚いた顔をした。


「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」
「珍しいわね、明智君が上の空、なんて」
「だよなぁ。驚いたぜ。あっちに何かあるのかよ」
「あ、いや。別に…本当に何でもないんだ。あ、ほらもう4時半だから、行こう」


話をごまかして、持っていた本を閉じて立ち上がる。納得いかない顔で渋々二人は僕に続いて、先程の事件の話をはじめた。けれどそんな言葉は、僕の耳には届かない。学校に戻る道を辿って、もっと近くに見えてくる、さん。


―――…一体彼女は、何を書いているんだろう。









2006.07.10 monday From aki mikami.