あれから僕たちは、随分と会話するようになった。彼女の方はクラスでも話し掛けてくれるようになったし、僕の方は暇な時間を見つけて、よく美術室に顔を出していた。赤沢やかおるとも仲良くなって、まるで和島がいない隙間を、彼女が埋めてくれたみたいだった。

お互いの呼び方も、「明智君、さん」から、「健悟、」と、呼び捨てで呼ぶようになっていた。もちろん赤沢もかおるも、同じように呼んでいる。


僕たちは、食堂で昼食をとっている。特Aクラスと言うだけで周りの人間は僕達を見るし、それじゃなくても僕は最近、殺人事件をいくつか解決していて、すっかり有名になってしまったけれど…そう言う理由以外で、どうやら僕たちの陰口を叩く人間がいるらしい。そう言う人の大体は、が僕たちの中に加わったことが気に食わないらしい。


彼女はとてもおとなしい子で、でも、僕達と一緒にいるようになって、たくさん笑顔を見せるようになった。…笑う姿をちゃんと見てみれば、彼女ははっとするほど美人だ(かおるも美人だと言われているけど、多分同じくらい)。赤沢が、「何だよ、なんか俺だけ場違いみたいじゃねぇか」と文句をもらしたほどだ(それを言うなら僕も場違いなはずだ、と言っておいた)。


かしゃ、と金属音がして顔をあげた。そこにはなぜか、3-Cの女の子が数人いる。


「…あっ、ごめんねぇ、さん。ぶつかっちゃったぁ」


―――くだらない。なんて低俗な行為だろうと、口に出さずに思った。


「あ…大丈夫、よ」
「そう?でもま、こんどから気をつけますぅー」


くすくす、と笑いながらその場を去っていった彼女たちは、去り際僕にばいばい、と手を振った。僕はそれに対して振り返さず、笑顔も作らず、ただ無表情で視線だけを返した。


「…ちょっと何あれ!なんなのあの人たち!ぶつかっといてあの態度!」
「ちょっとかおる…もういいから」
「良くないわよ!あなただって悔しくないの?」
「ちょ…声大きいよっ…!」


がた、と立ち上がって、かおるの手をひいて歩いていく。赤沢と僕は軽く視線をあわせて、たった今食べ終ったばかりの食事をその場に置いたままで二人の後を追いかけた。







「どうしたのよ、!」
「だって…かおる、声大きいよ!」
「大きくてもいいじゃない!だってあなた…」
「いいの…!今のままでいいから…」


の声が尻すぼみになる。…その瞳には、わずかに悲しみの色が浮かんでいる。


「…何か、事情でもあるの?」


口が、自然にそう動いていた。の肩が小さく震えて、僕の言葉が正しかったことがわかる。


「…なんだよ。なんか悩みでもあんのかよ」
「―――」
「黙ってちゃわかんねぇよ…なぁ、俺等でよかったら相談に乗るぜ?」
「…ありがとう、でも…悩みとかじゃなくて、人には話せない事情なの」
「人にいえない…事情?」
「なによそれ…わけわかんないわ!そんなものあってたまるもんですか!」
「…ごめん、かおる。でも、本当に…いまはこのままで、いいの」
…」
「つらくなったら、みんなにいうから。でもとにかく、いまは…」


「―――わかった」


僕は、うつむく彼女にそう声を掛けた。赤沢とかおるが驚いて振り返る。


「健悟……」
「ただし…もし、見ていられないくらいひどかったら…が何と言おうと口出すからね?」
「……ありがとう、健悟」


ふわり、と笑みを零す。僕は彼女に笑い返したけれど、心の中は反対に、波紋が広がるばかりだった。







「どうして、さんはそんな嫌がらせを、そのままでいいなんて言ったのかしら」
「…金田一君、この謎…君にわかりますか?」
「うーん…喧嘩するのがめんどくさかったとかじゃねぇの?」
「そんな理由ではありませんよ。もっとちゃんとした理由です。ヒントは、…噂」
「「噂?」」


そう、噂。


僕はまだそのとき知らなかった。人の噂と言うのが、どれほど恐ろしいものか。


―――いまでもそのことを、死ぬほど後悔している。









2006.07.15 saturday From aki mikami.