「…、いる?」
美術室のドアを開けて、そこにの姿が見えないことに首を傾げた。いつもこの時間は、彼女はここにいて絵を描いているはずなのに。
ゆっくりと足を踏み入れると、油絵の具独特のにおいがした。
「…?」
もう一度呼んで見るけれど、彼女は見えない。僕は仕方なく、その場を後にした。
「、昨日美術室にいなかったけど…どうしたの?」
翌朝一番で、に尋ねる。するとは少し困った顔をする。
「あれ…それ、何時ごろ?」
「5時半くらいかな」
「……多分、買い物にいってたんだと思う。昨日、青い絵の具がきれちゃって…」
「ふぅん…そうなんだ」
「う…うん」
他人にして見れば、普通の返事に思えるだろう。だが僕には、彼女の言葉がいいわけにしか聞こえなかった。彼女は僕に、とても大きななにかを隠している。それがなんなのかは、さっぱりわからないけれど。
――― 一体、なにを隠しているのだろう。
「わかったぁ!」
七瀬さんが叫んで、金田一君が驚いた顔をした。
「なんだよ美雪、びっくりすんだろ?」
「わかったのよ、さんが隠していることが!」
「ほぅ。では、答えをどうぞ」
「さんは、その今野って先生と恋人同士だったんですよ!だから、二人が仲がいいって言う噂が広まるより、明智さんたちとの噂が広まったほうが好都合だったんです!」
「―――半分正解ですが、半分間違い、ですね」
「えー?!」
七瀬さんは、ありえない、と言った表情を浮かべ、金田一君はそれに優越感の見え隠れした表情を作った。
私たちとの噂が広まって都合がよかったと言うのは確かだ。その理由も、七瀬さんの言った通り…他の噂をカムフラージュするため。だが違うのは、今野先生とが恋人だったと言うこと。
―――でも正直、私もはじめは疑っていた。…二人の関係を。
「そういやお前等うわさになってるぞ」
そう赤沢に言われたとき、何が、と問い返したら、驚いた顔をされた。
「お前とが、付き合ってるんじゃないかって噂!俺も実は気になってたんだよね、そこんとこ!で、超優等生のホームズ、実際はどうなってるんだよ」
「どうって…別に、みんなが学校で見ている僕達以上のことはなにもないよ。大体どうして付き合ってるなんて噂が…」
「お前、放課後よく美術室行くだろ?あれだよ。あれを見たやつがいて…それで、お前たちの仲疑ってるんだよ」
「そんなことで…?かおるが生徒会室にいるときに遊びに行くのと、なにが違うんだ」
「んー…かおるとお前は、そういうのないって…直感的にわかるんじゃねぇの、みんな。それに、お前とかおるは前から仲がよかったけど、お前等は最近急にだろ?それに、明智、のことになると随分献身的だしな」
「そ、そんなことは…」
「ほんとはきになってるんじゃないのか? 俺と明智の中なんだし、正直にいえよ!」
そんな事いわれても、と視線を泳がせる。男子更衣室からは、人がどんどんいなくなる。確か次の授業は物理だったかな。
「よく、わからない」
「なんだよ、それ」
「…確かに、かおるとを比べて見て…の方を、少し特別に思っている気がする。でも、それが恋かって言われたら、全然そんな気はしないんだ。それには、僕達に…いろんなことを隠してる気がする」
「隠し事は嫌い、ってか?」
「嫌いって言うか…してほしくない、っていうか」
「そう思うってことは、やっぱり多少は好きってことじゃないの?」
そうなんだろうか。いままで考えたこともなかったから、自分で結論を出すことが出来ない。…でも、もし僕が、彼女を好きだったとしても。
「…には、別に好きな人がいるよ」
「え!なんだよそれ!誰々!」
「それはいえないけど…でもこれは、ほぼ確実だと思う」
美術の、今野先生。
スケッチブックを運んだときの、彼女の赤らんだ顔。この間美術室に行ったときに、いなかった彼女。
―――きっと、先生と一緒だったんだ。
「…僕は別に、を好きなわけじゃないよ」
無理矢理、そう結論付けた。ジャージをもって、さっさとその場を後にする。後ろから赤沢が追いかけてきて、何か言っているけれど、耳には入らない。
こんなに腹が立つのは、何故だろう。
2006.07.17 monday From aki mikami.