美術館から出てきて、泣いているを支えながら公園まで戻ってくると、そこには楽しそうに子供と遊ぶかおると七瀬君、それに、何かの事件について話しているらしい赤沢と金田一君が私たちを出迎えた。私はをベンチに座らせると、の泣き顔を見て戸惑うみんなを、ここから離れるように促した。


もう少し、二人で話がしたかった。


かおるはの隣にいたいと主張したが、私の気持ちを感じ取った赤沢がかおるを連れて行ってくれた。金田一君たちは、どうやら自分たちがいるべきではないと判断したらしく、赤沢とかおるの子供を真ん中に、席をはずしてくれた。


ああやってみると、夫婦のようだ、とぼんやり考える。


「…ごめん、健悟」
「気にしなくていい。…が落ち着くまで、そばにいるよ」
「…ありがとう」


その声にも元気がない。いろんなことが思い出されたのだろう。私は、震えるの肩を自分のほうに引き寄せた。


「…こなければよかったね」
「え?」
「だって、私がここにこなければ、健悟はこんなこと知らずにすんだ。私のせいで…私が、一人じゃ背負いきれないものを健悟に押し付けて…」
「…
「……」
「私は…君が会いに来てくれて、本当にうれしいと思ってる。今野先生のことがあってもなくても、それは変わらないよ。それに、これは僕も背負わなきゃいけないんだ」
「っ」
「だから、いいんだ。もう何も言わなくていい」


涙で潤んだ目が、私を捉えた。あのころと変わらない、透き通ったきれいな目。純粋だけど、ひどく傷ついた目。


「好きだよ、…
「!」


つ、と、涙が流れていった。拒絶の涙?それとも、嬉しい涙?…そんなことは、もう私にはわからない。ただ自分の感情だけが、頭の中にあふれかえった。


「愛してる、
「健悟…」
「だから…一人で苦しまないで、頼っていいんだ」
「……、ありがとう…」


掠れた声で告げられたの言葉に、一瞬心臓が波打った。ありがとう、と言われたその続きは、まだ紡がれない。


今は、焦って答えを出させることもない。そう思った。私はがなんと言おうがのことが好きで、それはきっと、この先ずっと変わらない。なら、の心が落ち着くまで待ってもいい。


抱き寄せる手に力をこめて、大丈夫、と呟いた。長い髪の毛がふわりと揺れて、少しくすぐったい。


白い雲に遮られていた初夏の陽射しが、緩やかに顔を出すのをみながら、私はゆっくりと目を閉じた。







七瀬君が、子供を預かっていてくれると言うので、私たちはそれに甘えて4人で飲みに行くことにした。すっかり泣きやんでいたは本当に楽しそうに笑っていて、まるであのころに戻った様で、本当に安心した。


ただ、その安心だって実は束の間。彼女の心が本当に癒えたわけではない。


10時過ぎになって、4人で店を出てそのまま金田一君の家に、預けていた赤沢とかおるの子供を迎えに行った。金田一君と七瀬君にお礼を言ってそれぞれ帰宅するためにタクシーに乗り込むと、隣に座ったが私の袖を引っ張った。


その横顔は、今日の昼間に見た、泣きそうな顔。


別れるのがいやなのか、それとも何か思い出したのか、良くわからなかったが、私に帰したくない、という気を起こさせるには充分だった。


赤沢とかおるを自宅の前で下ろすと、私は運転手に私の家まで行くように告げた。そのとき驚いたようにが一瞬顔を上げたが、すぐに元通りにうつむけられる。
当然、にはわかるはずだ。普段の私なら”彼女を先に送ってから自宅に帰る”だろうこと。だから、そうしなかったということは、を家に招くということ。


今野先生とのことを知って、すぐに彼女を家に連れ込むなんて、間違ってるかもしれない。でも、私は今とにかく彼女を帰したくなかった。それしか考えていなかった。


結局今も昔も、自分のことばかりだ。


私たちを乗せたタクシーは、ゆっくり夜の街頭の中をすり抜けていった。







ついてすぐに、…まるでそうしなければいけないと、使命付けられていたかのように、私たちは体を重ねた。何度も愛してると呟くと、はそのたびに、ありがとう、と答えた。


行為のあと、はどうやら疲れてしまったらしい。すぐに眠りに付いた。


自分の腕の中で眠る彼女を見ていると、今が夢ではないと、妙な実感がわいてくる。何もかも、事実だ。真実。


は、決して自分も愛してる、とは言わなかった。それはきっと、今野先生に対する負い目があるのだろう。彼女の心を解きほぐすのは、簡単じゃないと思う。深く傷として刻まれているのだ。


それを癒すのは、簡単ではないと思う。時間も、労力もかかる。それは私にだけ言えることではなくて、もたくさん苦しむことになるだろう。


けど、私はを癒したい。…彼女がずっと苦しめられているなんて、そんなこと、耐えられるはずがない。


出来るだけ静かに目を閉じる。…が、起きてしまいそうな気がしたから。


誰かの傷を、変わりに背負うことなんて出来ない。それはわかっていても、彼女の傷を、出来るなら一緒に背負いたい。そう思う。…半分は、私のせいでもあるのだ。それに、が苦しむことなんて一つもない。


愛してる。


一度、呟いて、思考を止めた。そうしなければ、眠りに落ちることはないと、思ったから。









2007.06.05 tuesday From aki mikami.