(Resolution that afflicts you.)
その日から、明智さんは私が診察の日は必ず会ってくれるようになった。仕事が忙しいときは、二人で待ち合わせて会うこともあった。金田一くんや美雪ちゃんとは病院で何度か話をして、結構仲良くなった。
明智さんはまだ、あの事故について思い出してはいないようだ。いくら記憶力のいい明智さんでも、自分の担当じゃない事件のことは、あまり覚えていないらしい。
本当は、明智さんが私を見たのが、あの事故のときではない、なんて可能性も少しは考えた。だけど、あの事故以外で明智さんが私を見たとは考えにくい。
「…さん、どうしました?」
せっかく明智さんと会ってるのに、また考え込んでしまった。ごめんなさい、と謝ると、気にしないで下さい、とやわらかく笑ってくれた。
最近ではずいぶん、明智さんのことがわかってきた。
年齢は28歳、AB型、身長は180cm、みずがめ座で、東大法学部出身、スポーツ万能、頭脳明晰。問題と言えば、性格くらいだろう。と言っても表向きはいい人なので、大体の人には好かれる…けど、金田一くんみたいなタイプにはそれが通用しないから、あんな風に良く言い合いしてるんだと思う。
顔のわりには結構歳食ってるな、とか、結構離れてるな、とか、身長は20cm近く違うとか、…そんな風に私と彼を比べて見ていると、改めて彼はすごいな、と思う。東大法学部ってだけでもすごいのに、首席入学、首席卒業だなんて。聞く人が聞けば嫌味にしか聞こえないけど、私たち女として見れば、自分より優れた人って憧れなんだよなぁ。
「そうだ…さん」
「はい?」
「あの、ちょっと伺いたいことがあるんですが…」
明智さんの方から質問してくるのは珍しい。いつもは私の方がわからないことが多くて、彼に尋ねてばかりなのに。
「なんですか?」
「実は…あなたのお兄さんのお名前を、お聞きしたいんですが…」
「兄の名前…ですか?」
どうしてそんなことを。そう聞いてみたかったけど、聞いたら今、この楽しい時間が壊れてしまう気がして、言葉をのどの奥に引っ込めた。かわりに、明智さんが尋ねた質問の答えを口に出す。
「…暁助(きょうすけ)。暁助です。暁に、助けると書きます」
「暁助さんですか。…ありがとうございます」
「いえ…」
本当はなんとなく気がついている…けれど、口に出したくない。だって、私にとっては世界に一人の兄だ。
明智さんは、私を気遣ってくれたのか、いつもよりもたくさんしゃべってくれた。おかげで気が紛れたけど、やっぱりさっきのことが気になっていた。
◇ ◆
頭のいいさんなら、勘ぐってくるだろうことはわかっていた。けど、それをわかっていて、聞いた。聞かなければいけなかった。
暁助。今私が持っている捜査資料の一番上に、その名前が綴られている。
彼が経営する会社の重役…それも彼にとって都合の悪い人間ばかりが5人、この一ヶ月の間に次々と殺されているのだ。
彼女の顔が、頭をよぎった。
彼女が逃げていたのは、兄からだと何となくわかった。けど、その兄から逃げているからと言って、彼女は自分の実の兄を嫌えるような人間ではない。…兄が犯罪を犯せば、捕まれば、必ず悲しむだろう。私の考えすぎであれば良かったのに。
「警視、どうしました?」
「……いえ」
剣持くんが不審気に声をかけてきた。同じ捜査資料と10分近くも睨みあっていたら、剣持くんでなくても不審に思うだろう。
肩が重い。疲れがひどい。こんなとき、彼女に…さんに会いたくなる。これから彼女を苦しめるだろう私がそんなことを言う資格は、ないかもしれないが…それでも。
笑顔と泣き顔が交互に浮かぶ。それを打ち消して、私は資料を本の下に滑らせた。今はこれ以上考えるのは止めよう。
それは逃げだとわかっていても、今はそうするしかなかった。
2007.09.13 thursday From aki mikami.