私は昔からバカなんだ。
本当はわかっていた。副長には好きな人がいるってこと。…それでも、私は見ないふりをしてきた。…そうすればもしかしたら勝てるかもしれないなんて、ありえない幻想を抱いていた。
ありえないのに。
沖田ミツバさん。その人の葬儀が行われている間中、副長はずっと姿を現さなかった。…後に理由を聞いたら、資格がないとひとことだけ答えて、それきり何も言わなかった。
愛する人を失う。それは、どんな気持ちなんだろうか。…最近は毎日そんなことを考える。考えたってわかるはずないのに。
大好きな人の誕生日に、敵うはずのない恋敵の前に手を合わせる私は、やっぱりバカだ。
お願いです、あの人の心から消えてください。…でも本当は、あの人と幸せになってほしかった。
矛盾だらけの思考に、涙が出た。
ミツバさん、あなたはずるい。
死んだ人に叶うはずなんて、ないんだから。もう二度と会えないあなたに、勝てるはずなんてない。…違う、ホントはもともと、勝てるわけなんてない。わかってるけど。
「…ここで何してる」
静かな声が、静かな室内に響いた。
「…副長」
「オメーがなんでコイツに手ェあわせてんだ」
私は振り向かないまま、何も答えなかった。自分でも判らない答えを、人に教えるなんて、無理だから。
「…オメーはあったことねえだろ」
「はい」
副長が、静かに私の後ろに立った。吸ってもいないのに、タバコのにおいが僅かに鼻を掠める。
「…副長こそどうしたんですか。…今日は誕生日なのに」
「……どうでもいいだろ」
冷たくそう言い放った副長。…ナイフのように冷たく胸に突き刺さった言葉。それに傷つく権利も、涙を流す権利も、私にはないのに。
「…っ、ふ」
どうして、涙が出るんだろう。
「…オメー、なに笑っ… オマエ」
副長の声が、少し困ったような色をおびた。
「…なんで泣いてんだよ」
「……さあ」
「さあじゃねーよ。…テメーのことすらわかんねーのかよ」
「…わかりませんよ、私、頭おかしいんで」
「……バカヤロ」
その瞬間、ふんわりとした温かさと苦いにおいに包まれた。…それが副長の腕だと気付くのに数秒かかって、そんなにも自分は頭がおかしいのかと思って、なんだか笑えた。
「…ふふ」
「なに笑ってんだよ、いかれ野郎」
「いかれは副長です。…なにやってんですか、ミツバさんの前で」
「うるせェ。…黙ってろ」
そういって、私の頭を自分の胸に押し付ける副長。私は静かに目を閉じて、その温かさを受け止めた。
副長、あなたは知っていますか。
あなたのその優しさが、私を苦しめていること。
でも、今はただ…この優しさに触れていたい。
何も気付いてない、気付かれていないフリをしていたい。
…できるなら、ずっと。
触れ合った体から悲しみが伝わるような気がして、また涙がこぼれた。そのしずくが副長の服に染み込んでいくのを、かすれた目でぼんやりと見つめていた。
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