Happy Birthday!! 近藤勲 9/4




※武州にいたときのお話です。


さァーん!!」


と大きな声が聞こえてきたので、思わずため息をついてしまった。せっかくのお茶の時間だというのに、静かにしてもらいたいものだ。


「…近藤さん…貴方はいつもいつも…」


近藤勲さん。剣術道場の息子さんで、曲がったことが大嫌いな、この辺りには珍しいまっすぐな人。…でもまっすぐ過ぎて、時々ちょっとウザイ人。まっすぐすぎるというのは、恋愛についてなんだけど…


すわァァァん!!!」
「キャアアアア!」


いきなり飛び掛ってきたので持っていたお茶を顔にぶっ掛ける。その熱さに畳の上を転げまわる近藤さん。


そう、この人はストーカーなのです。


「あぢぢぢぢぢ!目が、目が焼ける!」
「焼けてしまえばいいです!まったくもう…貴方はどうしてそうなんです。いつになったら懲りてくれるんですか?」
「懲りません!この近藤勲、さんのハートを掴むまでは絶対に!」
「…いっそ地獄までお送りしましょうか?」
「ちょ、さんヒドイ!泣いちゃう俺泣いちゃう!」
「気持ちが悪いので他所で泣いてください」
「いやァァァ!」


こんなやり取りはいつものこと。…何度もお断りしているのに、何度も何度もやってくる。思ってくれるのはいいことだけれど、私はそれに答えられない。


好きになってはいけない、誰も。


さん、さん!」


縁側から這い上がってきた近藤さんが不気味なほどの笑顔を向けてくる。


「なんでしょう?」
「今日、俺の誕生日なんですよ!」
「知ってますよ」


毎日聞かされてましたからね。そう付け足して、手近にあった箱を勝手にあがりこもうとしている近藤さんへぶん投げた。それは見事顔面に命中し、庭の方へゴロゴロ転がっていく。


「いたたたた!痛いですよさん!ヒドイィィ!」
「うるさいです。あなたのせいで私の心はもっと痛いんですよ」
「それじゃあ俺が責任持って癒します!」
「いりません」


そういって襖を閉めて、その場に座り込んだ。…もしかしたら、あれじゃあ気づかないかもしれない。そう思ってドキドキしながら襖の向こうへ耳を澄ます。


…ベタかもしれないけど、さっき投げたのは近藤さんへのプレゼント。気に入ってもらえるかはわからないけど。


普通に渡すのが照れくさくてあんな風にしたけど…気づいてくれるだろうか。


「…ん?コレは…」


向こうから近藤さんの声が聞こえてきた。…気づいてくれたみたいだ。


「ウオォォォォ!」


叫びにも近い声が聞こえて、襖が開け放たれた。ビックリして振りかえるより早く、近藤さんの腕にぐっと包まれる。


「ッ、ちょ…!」
さん、ありがとう!!」


本当に嬉しそうに笑う近藤さん。…その顔にあの人の横顔が重なって、なんとなく切なくなった。でも、何も知らない近藤さんを怒るようなことは出来ないし、拒否することも、今の私には出来ない。


結局、私は弱い。


「…さん?」


近藤さんがビックリして、私の顔を覗き込んでくる。


「…ご、ごめんな、さ…」


うまく言葉が出てこない。そのかわりに、出したくもない涙が頬を伝う。


「…さん…あの」
「ッ、気にしないでください、あの…」
「すいません、そんな、泣くほどいやだとは…」
「違うんです…」


近藤さんのせいじゃない。…全部、私のせい。私が悪いの。


「ごめんなさい、本当に何でもないんです」


そういって出来るだけ笑うと、近藤さんが困ったような顔をした。…なんだかんだでこの人はいい人だから、きっとどうしていいのかわからなくなってるんだ。…申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


黙っているのが辛くなって立ち上がろうとする。…すると、近藤さんにぐっと腕を掴まれて、再び座り込んだところをまた同じように抱きしめられた。


「…近藤さん」
さん…俺にはさんが泣いてる事情はわかりません。…でも、…無理して笑わんでください」
「ッ」
「俺は、さんが心から笑ってる顔が好きなんです。…そんな泣きそうな顔で笑われても、ちっとも嬉しくありません」


力強い腕。そこから伝わってくる温かさに、胸が締め付けられるように痛くなる。…この腕の優しさを、あの人のように感じてしまう自分が大嫌いで。でも、大嫌いだと思っているのに安らいでしまっていて。…頭が混乱して、どうしたらいいのかわからない。


部屋の隅に置いてある、小さな仏壇を振りかえる。


あの人の顔を浮かべながら、ごめんなさい、と謝った。…そして私は、近藤さんに身を預ける。


弱い私は、卑怯に生きていくしかないんです。


広い胸に顔を押し付けて、泣いた。そういえば久しぶりの涙だと、心の隅で思いながら。


アトガキ ▼

オマケ ▼



2008.09.05 friday From aki mikami.