Happy Birthday!! 土方十四郎 5/5




土方さんはクールだ。あまり人との馴れ合いを好むタイプじゃない。だからなのか、誕生日パーティなんて言葉を口にしたら、一番最初は必ずいやな顔をする。今回も例に漏れず…だ。


私の誕生日を聞きつけた近藤さんが、今日はパーティだな、なんて言うので、あっと言う間に屯所中に話が広まって、私はいらないっていってるのに酒だ馳走だって騒いで、本人のタッチしないところで盛り上がってしまって…まあこの人たちには、騒げる口実があればなんでもいいんだろうけど。


というわけで、地獄絵図と化した室内を見回して、私はひとりため息をついた。ぐでんぐでんに酔っ払ったいい大人たちが、折り重なりながら寝る様は…まぁ、ひどいもんだよね。いい加減にしろよマダオども。


今日は主役だっていうのに、結局ひとり放置された私は、ダメなおっさんたちを放っておいて、月見酒でもしようと縁側に出た。


ぽっかりと浮かぶ月が、青白く神秘的な光を放っている。こんなに綺麗な月夜、久しぶりだ。


空を見上げたまま、持ってきた酒をコップに注いで、一気に喉に流し込む。ぐっと喉が熱くなる。夜の風は少しひんやりしていて、火照った頬をちょうど良く覚ましてくれた。


「おい、なにしてんだ」


背後から掛けられた声。私以外に意識のある人がいるなんて思わなくて、少し驚く。しかも、この声は…


「土方さん…」
「今日の主役が、なにひとり酒かましてんだよ」


いいながら、私のとなりに腰を降ろす土方さん。かなり酔っているのか、顔が真っ赤になっている。目も虚ろだ。


「なにいってるんですか。その主役そっちのけでみんな潰れちゃったじゃないですか」
「俺ァ潰れてねェ。まだまだいけらァ」
「いや、無理ですよね、べろんべろんですよね見るからに」
「あァ?本人がまだいけるっつってんだからいけるんだよ」


そういいながら、持っていた一升瓶に口をつける。…いや、だから無理だよね、瓶ごといってる時点で無理だよね?


「あーあー、そんなに飲んだら明日に響きますよ」
「俺ァ非番だからいいんだよ」
「ああ、まあそうかもしれませんけど…とりあえず瓶のまま飲むのはやめましょ、はいコップ」


自分が使っていたコップを手渡す。土方さんはそれを受け取ると、なぜだかまじまじと眺める。…なに、その反応?


「あの、なにか?」
「…」
「もしかして、私の使ったあといやでした?なら新しいの持ってきますね」


ちょっとショックを受けつつ立ち上がる。まぁ、仕方ないよね、土方さん結構潔癖だし…てか私、汚物扱い?


なんて考えていたら、なぜか右腕をひっぱられて、バランスを崩してその場に立ち膝をついた。なんの用かと土方さんに向き直ったけど、当の土方さんは下を向いたままだ。


「あの、土方さん…?」
「…」


呼びかけてみても、相変わらずうつむいたまま返事がない。普段ならここで、返事がない、ただの屍のようだ、なんていってるところだけど、今はそんなことを言える雰囲気じゃなかった。…土方さんが、えらく真面目な顔をしていたから。

「土方さん?」
「…」
「あの、なにか気になることでもありました?」
「…別に、なにもねぇよ」
「やっぱりコップのこと気になりますか?私に気遣わなくていいですよ」
「そんなんじゃねぇ」
「じゃあ、私なんか変なこといいました?」
「………あぁ、そうだな」
「…自分では覚えがないんですが…気に障ったなら謝ります」


本当に覚えはまったくないんだけど。いつも通りの返答だったし、いつも通りの態度だったつもりだ。むしろ土方さんの方が酔ってる分いつもと違う気がする。…それでも、この人は仮にも上司だ。それに、自分が好きな人を不愉快にさせたとわかったなら、謝りたくなるのが乙女心というもので。


「ごめんなさい」
「別に謝るようなことしてねぇよ」
「え…?でも、不愉快だったんですよね?」
「不愉快じゃねぇよ」
「…なら、どういう…」
「うるせェ」


言いかけた私の言葉は、土方さんの声で一蹴される。どうしたらいいかわからなくて土方さんの顔を見ていたら、土方さんはひとつため息をついて、じろりと私をみた。


その目が怪しい光を放ったように見えて、私の身体は硬直する。


しばし見つめ合う。月の光は相変わらず青白く私たちを照らし出している。心臓が大きく脈打っていて、居心地が悪い。


沈黙に耐えきれなくて口を開くのと、…さっき掴まれた右腕が引かれるのとは、ほぼ同時だった。


気がつけばあっと言う間に、私は土方さんの腕の中に抱きしめられていた。


「ちょっ…土方さん?」


あまりに突然すぎて、その腕から逃れようともがく。けどその力はとても強くて、簡単には離れられそうにない。…なんで、こんなことになってるのか、わからない。一瞬土方さんは、頭がおかしくなったんじゃないかと思ってしまう。


「土方さん…どうしたんですか…?」
「…どうもこうもねぇよ」


そうつぶやいた声が低く、私の耳をくすぐって、身体から力が抜けた。思わず土方さんの肩に顔を乗せたら、包むように手が頭の後ろに回されて、ぐっと押し付けられる。…少し乱暴だけど、愛おしむような抱擁に、胸が熱くなってくる。


「お前がわりぃ」
「はぁ…私なんかしました?」
「した」
「な、なんですか…」
「…」


肝心なところだけ口を噤む土方さん。こっちは意味がわからなくて混乱してるっていうのに…。抱きしめられるのが嫌なわけじゃないけど、理由もわからず怒られたらすっきりしない。


「あの…なんかしたなら謝りますから…わけを話してもらえませんか?」


顔を少しあげて、土方さんと視線を合わせる。お酒のせいか、頬がほんのりと赤い。相変わらず瞳孔の開いた目が、私をまっすぐ見つめていた。


「…あの顔やめろ」
「え…?」
「あの…さみしそうな顔、やめろ」


そういって、私の頭を自分の肩に押し付ける。その私とは違う力強さに、無駄にどきどきしてしまう。


「そんな顔してました?」
「してた」
「覚えないんだけどなぁ」
「…ときどきする」
「じゃあ気をつけないとですねぇ。土方さんが不快にならないように」
「っ、そうじゃねぇだろ」
「わかってますよ。…心配してくれて、ありがとうございます」


不器用な人だから、口に出しては言えないんだろうけど。それでも、その気持ちは痛いくらい、伝わってくる。


そんな風に言ってくれる人がいるだけで、幸せ。


「本当に…ありがとうございます」
「別に…礼を言われることじゃねェ」
「いわれることなんです。それに…ちょっとうれしいです」
「はッ…意味わかんねェな」
「わかんなくていいですよー。…ねえ、土方さん」


あん?とそっけない返事をしながらも、私の頭を撫でてくれる土方さん。その掌が温かくて、やさしくて、胸にじんわりと愛しさがこみあげてくる。


「誕生日のプレゼント…お願いしてもいいですか?」
「は…、なんだよ?」
「…もう少しだけ、このままでいさせてください」


言いながら、土方さんの背中に腕を回してしがみつく。この心地いい温もりが、離れてしまわないように。…決して忘れることのないように。


「……お前の気が済むならな」


そういって、土方さんも私の背中に腕を回して、きつい力で抱きしめる。ぴたりとくっついた土方さんの身体から、愛情にも似た温かさを感じた気がしたけれど…今はまだ、気づかないままでいいかなと思った。


だって、こんなにも満たされた気持ちなんだから。


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2013.10.12 saturday From aki mikami.