罪と罰と恋と愛


Scene.1


刀で人を斬ることを覚えて、人を殺すことを「なんでもないこと」だと思うようになったころに、お母さんに出会った。最初に言われた言葉は、「女の子なんだから、少しは笑ったらどうなんだい」だった。


この広い宇宙からしてみれば、きっと特に特別なこともない、よくある話なんだろう。それでも私にとっては、大切な思い出で、大切な人だ。


お母さんは、緑色の顔で、地球人からすると、正直少しグロテスクな顔をしている。お母さんからすると、私の顔がのっぺらぼうすぎるらしい。


優しい人だ。だからこそ、今こうして目覚めぬ人になっている。


地球で育ててもらった両親の優しさも忘れて、すっかり心が荒み切っていた私を、根気強く、愛情をもって育ててくれた。お父さんはいなかった。なんでも昔戦争で亡くしてしまった恋人がずっと忘れられないのだという。古びて日に焼けた写真を、大事そうに持ち歩いていた。自分も昔は何でもやっていたけれど、その人に出会って愛情を知り、今までの罪を悔い、前線から退いたのだと言っていた。今はもう年取りすぎて戦うなんて無理ね、なんて、からからと笑って言っていた。


二人きりの生活だけれど、楽しかった。ボスの命令で殺しをすることは何度もあったけれど、それを「なんでもないこと」だとは思わなくなった。


もう殺したくない。そう思って、組を抜けようと思ったのは半年前だった。こっそりとこの星を出て、お母さんと二人…それこそ地球にでも行って、静かに暮らそうと思っていた。そこで色んなものを見て、感じて、時には友達を作ったり、恋をしたりして、普通の人として暮らして行けたら。


けれど、そうはならなかった。組に深くかかわっている私やお母さんをボスが見逃すはずはなく、あちこち金で手を回して、私たちはボスに捕まった。殺されかけていたところを、お母さんが私をかばってくれた。その結果、お母さんだけがあんな風になり、私はまだ利用価値があるかもしれないと、ボスに反抗できないように飼い殺されている。


病院から出ると、外はすっかり暗くなっていた。この辺りは街灯が少ないから、見通しがとても悪い。そんな中でもはっきりわかるくらい強い殺気を感じて、私はそちらを振り向いて、反射的に飛んできた”なにか”を避けた。


「はは、すごいすごい。やっぱり侍って面白いなァ」


そう言って、暗がりから姿を現したのは、さっき私を助けてくれた彼だった。ううん、しつこい。わざわざつけてきたのだろうか。趣味が悪い。しかもレディに向かってものを投げるとは。彼は私を通り過ぎて、先ほど投げたもの…自分の傘を拾い上げた。


「まだ何か用?戦えないってさっき話したと思うんだけど」


もう遠慮する必要はないだろう。わざと不躾な態度をとる。けれど、彼は顔色一つ変えないで、ニッコリ笑って、傘を持って私を振り返る。


「やだなァ。助けてあげようっていうのに、あんたのこと」
「…助ける?」


妙なことをいう。助けるというのなら、さっきもう助けてもらった。これ以上助けてもらう事なんて何もないはずなのに、どういうことだろうか。


「病気の女の人を助けるために、その首輪をつけたやつに逆らうわけにはいかない、ってところだろ?だったら、そいつを俺がぶっ飛ばしてあげるよ」
「っ、あなたもしかして、窓から見てたの?」


少しかっとなった。女の後をつけた上に窓からのぞき見なんて、どれだけ趣味が悪いんだろう。これだから頭のねじが外れ切った奴は。何をしでかすか本当にわからない。


「俺が地球で出会った侍も、いろんなものを守るために戦ってた。侍ってのは守るのが好きだね」
「…別に、そんなんじゃない」
「まあ、なんでもいいんだけど、俺はあんたと戦いたいんだ」
「だから、無理だって、」


そう言いかけたところで、彼は私にぐいと詰め寄ってきた。ニッコリ笑顔はそのままで、咄嗟に身を守ろうとした私を、ぐいと片腕で担ぎ上げる。…どうして担がれたのかわからないけれど、その力はとても強くて、振りほどこうと暴れてもびくともしなかった。見た目はやせっぽっちの優男だけれど、その見た目とは裏腹に、速さも力も、かなりのもののようだった。


「とりあえず、俺と一緒に来てよ」
「っ、ちょっと待って、どこにいくの?」
「それは着けばわかるよ」


そう言って、彼は病院の屋上までひょいと飛び上がった。ものすごく簡単そうに飛び上がるけれど、私を抱えた状態で、数十メートル飛び上がっているのだから、その身体能力は異常だ。怒涛の出来事に白黒している私を気にした風もなく、彼はぐるりと辺りを見回している。


「ねェ、船の発着場ってどっち?」
「船?それなら、あっちの一番明るいところだけど」


屋上から見える中で一番明るいところ、そこが船の発着場だ。この辺りには二階建て以上の高い建物はほとんどなくて、正直あまり電気も発達していない。発着場も、普通の飛行機と同じで陸地に作られている、よく言えば小ぢんまりとした、悪く言えば小汚い場所だ。こんな田舎の星にはあの程度の発着場で充分のようで、拡大しようとかきれいにしようとかいう話は聞いたことがない。


「おっけー。じゃあ、暴れないでね。じゃないと殺しちゃうぞ」


そう言った彼の言葉は、冗談に聞こえなかった。私が何かを答えるより早く発着場に向かって飛び、そのまま建物の屋根伝いに走っていく。今すぐ振りほどいて逃げ出したいけれど、そうすれば殺される。詰んだ。黙って担がれているしかなかった。


米袋よろしく肩に担がれているのだから、乗り心地は最悪だ。揺れるわぶつかるわ雨にあたるわで、濡れた体で風を切っているから寒いったらありゃしない。担いでいる本人は傘をさしているから雨にあたっていないだろうけれど、私は体の半分以上がずぶ濡れだ。それにさっきからその傘、私にめちゃくちゃぶつかってますよ。そんなこと言ったら殺されそうだから言わないけれど。


こういうときは、無心になるに限る。私は考えることをやめて、ひたすら到着を待つことにした。








Scene.2


「阿伏兎ー。いるー?」


私を抱えたまま、彼はそう叫んだ。どうやら目的の場所に到着したらしい。


発着場にいくつかある船のうち、ひときわ大きい船に入って、こうして人を呼んでいるということは、彼はこの船に乗ってやってきた異星人なのだろう。まあ異星人なのは顔を見ればわかるのだけれど。私が今の状況を整理している間も、彼は「阿伏兎」なる人物を呼び続けている。


「オイオイ、どこ行ってたんだよ団長。勝手にいなくなりやがって」


奥の扉から、無精ひげを生やした大柄の男が、悪態をつきながら現れた。この流れで登場するということは、彼が「阿伏兎」なんだろう。阿伏兎は私を認めた瞬間、ものすごく面倒くさそうな顔をした。


「だって、強い奴はいないんだろう?視察なんてつまらないこと、俺には向いてないよ」
「向いてないよ、じゃねェよすっとこどっこい。視察って名目で下のもんに顔見せんのも提督の仕事なんだよ」
「んー、やっぱり俺には向いてないや、阿伏兎に任せるよ」
「ったく。任せるじゃねェよ。またなんかめんどくさそうなモン拾ってきやがって」


そう言った阿伏兎の視線は、私に向けられている。さっき面倒そうな顔と感じたのは、どうやら間違いではなかったらしい。


「そうそう。俺、こいつと戦いたいんだ。だから阿伏兎、何とかしてよ」
「あァ?なんだそれ。勝手に戦えばいいだろうが」
「それがねェ、なんか戦えないんだって。俺もよくわかんないから、詳しくはこいつに聞いてよ」


そう言って、米袋以下の扱いで乱暴に床に放り出された。戦うどころか死んだらどうするんだ、と抗議の目を向けるけれど、彼はそんなもの知らぬ存ぜぬのニッコリ顔、ねじ云々ではなく、おそらく頭の中は空っぽで、戦いの事だけ詰め込んであるんだろう。全く面倒くさいのはどっちなんだか。放り出されたせいで盛大に打ち付けた額をさすりながら起き上がった。


「あァ?お前よく見りゃあ地球人か。なるほど、団長に目ェつけられたってわけだ。同情するぜ」
「…はぁ。なんか私もよくわからないまま連れてこられたんですけど…なんなんですか、この人」


どうやら阿伏兎は、こっちの彼よりも話が通じそうだ。一人くらいそういう人がいないと困る。このまま流されて星の外に誘拐でもされたらもっと困る。


「あー、その辺は適当に説明すっから、とりあえず来てくれ。こっちは飯の途中なんだ」








Scene.3


とりあえず自分の身の上と、今置かれている状況、彼と出会った経緯を説明して、阿伏兎からは彼らが何者なのかを聞かされた。


彼の名前は神威というらしい。まさかの宇宙海賊春雨の「提督」だという。提督って一番偉い人ってことだったと思うけれど、多分戦いの事しか頭にない奴がどうして宇宙的犯罪組織のトップなのだろうか。自分には全く関係ないけれど、春雨という組織が少し心配になってくる。


「あー、要するに嬢ちゃんは」
です」
「…は、自分の母親を助けたいと」
「はい」
「で、そのためにはボスの持っている解毒剤が必要だが、首と刀に仕込まれた爆弾で身動きがとれんと」
「そうです」
「で、団長はその爆弾と母親の解毒剤をどうにかしろってのか?」
「だって、そうすればこいつと殺り合えるだろ?」
「殺り合えるってなァ…あんたがどうにかしろって言ってる奴は、今日俺らが視察しに来た相手だっつーの」


阿伏兎の口から衝撃の事実が飛び出した。まさかうちの組を視察に来ていたとは。…確かに、あそこの後ろ盾が戻ればもっと組を大きくできるとかなんとか、誰かが言っていた気がする。多分毒とか麻薬とか、そっちがらみだろう。うちの組は化学班がそこそこ優秀らしいのと、隣の緑豊かな星を植民地状態にして、そこから大量の物資を輸入、違法薬物の取引や製造をしている、らしい。私は基本戦いが専門だったから、話に聞くだけで見たことはない。ただ、地下にある組の建物が、ここいらの建物からは考えられないくらい科学的な建物なのは確かだ。実験施設なんかもある。組でここいらの電力をほとんど吸い上げているからこそ、この辺りは電気が発達していないのだ。


「うちの組と取引するなんて、趣味悪いですよ、提督」


私はわざと嫌味たっぷりに言ってやった。違法薬物の製造販売なんて、ゴミ以下の仕事してるやつと取引するとか、見損なったわ。とは口に出さないけれど、意味が伝わるように、しっかりといやな顔をしてやった。


「俺に言われてもなァ。アホ提督がやってたことだからなァ」
「アホ提督?」
「団長の前に提督やってたやつがいてなァ。団長がそいつをぶっ飛ばしちまったから、今まであった繋がりとか取引とか、全部おじゃんになっちまってるんだ。おかげで年中貧乏組織だ」


阿伏兎の嘆きに、あははー、と嘘くさい笑いを浮かべる神威。…バカに相当振り回されているだろうことが伺えて、阿伏兎に心から同情する。そしてわかったのは、この人たちは…特に神威は、戦えるなら別になんでも良くて、薬物だとか人身売買だとか、それそのものには特に興味はないんだろう。


「まあ、ひとまずあれだなァ。そっちのボスと交渉してみるっきゃねェってこった。明日にならんとどうしようもねェ」
「ちぇ。お預けかァ。ま、仕方ないか」


ニッコリ顔のまま、テーブルに広げられた料理をものすごい勢いで平らげていく神威。ううん、すごい食べっぷりだ。見てるだけでおなかいっぱいになってくる。「食べる?」とお皿を差し出されたけれど、ちょっと食べる気にはならない。


「いや、遠慮する…」
「そう?なら全部食べちゃうよ」


といった直後に、皿から食べ物が消えた。…ブラックホール?食べてるっていうか吸い込んでますよね、それ。


「俺たち夜兎は大食いだが、団長は特に食うんだ」
「夜兎?」
「聞いたことねェか、一応宇宙三大傭兵部族、なんて言われてるんだがなァ」


そう言って阿伏兎は少し眉を下げた。けれど残念ながら、夜兎という部族に心当たりはなかった。といっても、組に入ってからの私は暗殺が主な仕事だったから、それを知る機会もなかったし、知らずに出会っているだけかもしれないけれど。多勢を相手に大立ち回りするなんて仕事は、私のところには回ってこなかった。


「ごめんなさい、聞いたことない…」
「別に謝ることないよ。阿伏兎はただの夜兎バカなんだ。俺たちが何者だろうと、殺し合えれば関係ないだろう」


お口をもぐもぐさせたまま、神威が割って入ってきた。さりげなくとんでもないことを言っている。彼らが何者だろうと関係ないのは事実だけど、別に殺し合うつもりもない。戦いが好きなら勝手にやってほしい。私はこれでも平和主義なんだ。


「…団長のことはとりあえず無視してくれ。とにかく俺たちはこのバカ提督の尻拭いをしにこの星に来たんだ。だからお前さんの事は二の次。まァこっちの後ろ盾を得られるとありゃ、女一人くらい簡単に差し出してくるだろうけどな」
「…なるほど」


阿伏兎の言葉には説得力がある。私一人を差し出して、宇宙海賊春雨の力が得られるなら、そんな安い取引はないだろう。元々私を生かしておく理由なんてそれほどないはずだし、春雨とのコネクションが出来れば、喜んで差し出すに違いない。


「じゃあ、その…お願いします」
「明日また交渉があるから、そん時に話しつけてやるさ。団長、明日はあんたも一緒に来いよ」
「えー?めんどくさいなァ」
「あんたが持ってきた話だろ?事の顛末くらいテメェで見届けやがれ!ったく…」
「わかったよ。でも交渉は阿伏兎がやってくれるんだろ?」
「えーえー、やりますよ。海賊王のためにねッ」


心底憎々しいといった顔で吐き捨てる阿伏兎。神威は意にも介さず、テーブルの上にあった炊飯器からものすごい量のお米をすくい上げ、一口で口に放り込んだ。ううん、すごい。


それにしても、宇宙海賊なんていうからめちゃくちゃやばい集団のはずなのに、結構アットホームな雰囲気で面食らってしまう。これならうちの組の方がよっぽど荒んでるぞ。提督がバカだから、集まった人もみんなバカなんだろうか。わからないけれど、見ている分には楽しいな、と思いながら、神威の食事が終わるまでそれを眺めていた。


アトガキ ▼

2021.01.26 tuesday From aki mikami.