罪と罰と恋と愛


Scene.1


結局あの後家に帰っても神威の食べっぷりを思い出して何も食べる気にならず、そのまま寝た結果朝死ぬほどお腹がすいて、めちゃくちゃ食べ過ぎてしまって苦しいお腹を抱えながら、私は今交渉の場に立っていた。組からはボスとその秘書、あと化学班のリーダーと戦闘班のリーダーがいて、私が彼らと一緒にやってきたことに心底驚いているようだった。まあ、そりゃあそうだろうな。


「…ええと、阿伏兎殿、その…これは一体どういうことですかな」
「あー、なんだ。このお嬢さんを、うちの提督がかなり気に入ったらしくてなァ」


ボスの目がじろりと私を見た。そんな顔されても困る。勝手に気に入られたのは事実なんだから。


「つまり、彼女を春雨の方でなァ、引き取らせてもらいたい」
「…はあ、それは構いませんが」
「ついでに、その首輪も外してよ」


この場に似つかわしくない明るい声で、神威が言った。あのボスが珍しく戦々恐々とした顔をしている。目の前に宇宙三大傭兵部族が二人も座っているのだから、気持ちは分からなくもない。…けど、神威の言葉に、ボスは首を縦に振らなかった。


「申し訳ないが、それは出来ません。そのままの状態でよければ、どうぞお好きにしていただいて構いません」
「…そいつの母親を治す解毒剤ってのはあんのかい?」


阿伏兎が探るような目でボスを見る。…正直、神威の言葉にボスが拒否を示すとは思わなくて、少しだけ鼓動が早くなった。


「それは…彼女の母親も彼女動揺、我が組に深く関わりのある人物。そう簡単にお渡しするわけには…」


そう言いかけたボスの言葉をさえぎるように、銃声が響いた。神威の傘の先から放たれた銃弾が、ボスの頬をかすめていく。わざと外したのだろうけれど、ボスの方はすっかりおびえ切った顔になり、阿伏兎は大慌てで神威を怒鳴りつけた。


「団長やめろォ!」
「だって、こうした方が早いだろ。どうせ全部手に入れるんだから」


いつものニッコリ顔が、より恐怖を引き立てたようで、ボスは半分白目をむいていた。大嫌いなボスだけれど、今この瞬間だけは同情します。


「で、ですが…」
「早くしてよォ。じゃないと俺、こいつと戦えないんだ」


再び傘がボスに向けられる。ボスはもともと大きくない体をさらに縮こまらせて、半べそをかきながら言った。


「そう言われましても、その首輪は、外せないんです」
「…は?」


今度は私の方が声を上げる番だった。外せないってどういうことだ。


「その首輪は、その女が我々のもとから逃げないようにつけているものですので、その…」
「外す必要ねェ、つまり外れる必要もねェ、ってことか。解毒剤の方は?」
「それも…その…」
「…ったく、面倒くせェ」


今の話はつまり、首輪を外す方法はなく、解毒剤もそもそも存在しないということ?怒りで体がわなわな震えだす。爆弾さえなければ今すぐ刀を抜いて、こいつらを全員ぶち殺してやりたいくらいだ。けれど、柄を握ろうとした手は、結局何もできないまま空を切った。


私も、お母さんも、助かる方法はもうなくて、私たちはただ、ボスに飼い殺され続けるってこと…?


「あーあー、つまんないなァ」


相変わらず場違いなほどニッコリ顔の神威が、その顔に似つかわしくない冷めきった声でそう言った。


「ねえ阿伏兎、こいつら殺していい?」


私が顔を上げると、いつの間にか神威はボスの頭に傘を突き付けていた。間に割って入ろうとした戦闘班のリーダーの頭を片手で掴み、指を食い込ませ、そのままゴミでも放るように壁に向かって叩きつける。


「こっちはビジネスの話がなァ」
「ビジネスなんて、ここ以外でもできるだろ。俺、ちょっとイラッとしちゃったんだ。だから殺すね」


そう言った瞬間、神威の傘から放たれた銃弾は、ボスの頭に風穴を開け、ボスは、おそらくは絶命した。誰が呼んだのか、ドアを蹴破って入ってきた戦闘班の連中が、一斉に神威に向かっていく。それを見た阿伏兎が、子供のいたずらに頭を悩ませる親のように、心底困った顔をした。…そんな顔で済むような事態ではない気がするのだけれど。


神威は向かってきたやつを銃で撃ち、拳で殴り、足で蹴り、吹き飛ばし、踏みつぶした。その姿はまるで、悪気もなく蟻の行列を踏みつぶす子供のように楽し気で、こいつは本物の戦闘狂なんだと改めて実感する。時折飛んでくる死体や銃弾をかわしながら神威の戦いを見ていたら、阿伏兎に「とりあえずずらかるぞ」と言われて、さっさとその場を退散しようとする彼の背中を追ってその場を後にした。








Scene.2


私たちが外に出てしばらく、ようやく帰ってきた神威は全身返り血まみれで、ただ本人は怪我の一つも負わずにニッコリ顔だった。どうやらあの人数を一人ですべて片づけたらしい。


「来やがったなァ。どうしてくれんだよ俺らの貴重な収入源をよォ」
「仕方ないね。またがんばろ」
「またがんばろ、じゃねェよすっとこどっこい」


ああだこうだと悪態をつく阿伏兎に、神威は相変わらずのニッコリ顔だ。その声からは、さっきの冷たさは感じられない。


とりあえず、神威の手によってうちの組は壊滅したとみていいだろう。戦えはしないが、ひとまず私は自由の身になったということになる。…お母さんを治すことは、出来なくなったけれど。


これからどうしよう。この星の医療ではお母さんを治すことはできないといっていたし、組がなくなった以上、別の星に行って高度な医療を受けるほどのお金を稼ぐことも難しい。そもそも、あの状態を維持するお金すら、もう私には…


「なーに途方に暮れた顔してるの」
「いでっ」


べちん、とかなりいい音でデコピンを撃ち込まれた。さっきの戦いっぷりを見た後だと、ただのデコピンでも恐怖だ。本気でやられたら頭が吹き飛ぶかもしれない。痛む額に手を当ててじろりと神威をにらみあげると、彼は一瞬私と目を合わせて、すぐに踵を返して今出てきた建物の中に入っていく。


「早くおいでよ。おいてくよ」


そう言って、建物の中に消えていった神威。どうして、また中に戻るんだろう?私が困惑して阿伏兎の方を見ると、阿伏兎はちょっと面倒くさそうな顔で、行きゃあわかるよ、と言った。阿伏兎は神威がなぜ戻っていったのか、わかっているらしい。


なぜかは分からないけれど、私に来てほしいのは確かのようだし、行かなかったら殺されるかもしれない。私は仕方なく、見えなくなった神威を追いかけて建物に入った。阿伏兎も後ろからついてきているようだった。








Scene.3


神威がやってきたのは、化学班の部屋だった。この辺りも神威が暴れまわったのだろう、そこかしこの壁や機械が壊れていて、建物が倒壊していないのが不思議なくらいだった。というか、この建物は地下にあるんだから、あんまり暴れられると全員生き埋めになるのでやめてほしい。


研究室までくると、神威は床に転がっていた男の胸倉を掴みあげ、懐を探り始めた。やがて、あったあった、なんて言いながら男を床に転がして、今男から取り上げたものを持ってまたどこかへ歩き出す。あの男は確か、主任だったかな。なんてぼんやり考えながら、神威の後ろをついていくと、今度は保管庫の前で立ち止まった。今しがた男から取り上げたものを扉のカードリーダーにかざす。神威が先ほど取り上げたのは、保管庫のカードキーだったようだ。


少しだけドキドキしながら扉が開くのを待っていたけれど、一向に開く気配はなかった。不安になって覗き見たカードリーダーの液晶には、「Security Lock」の文字。


「あの、…そのカードキーじゃダメみたいだよ」
「うーん、そうみたいだね」
「さっきの男は確か主任だったと思うから、それがだめならあとはリーダーのカードキーじゃないとダメなんじゃ…」
「うーん」


私の言葉に少しだけ考える素振りをした神威だったけど、すぐに考えることをやめたのか…勢い良く振りかぶって、壁を殴りつけた。結構頑丈にできているはずの機械の扉は、まるでスカスカの軽石で出来た板のように簡単に壊れ、がらがらと崩れてしまう。


「こっちの方が早いよね」


なんて言いながら、相変わらずのニッコリ笑顔を浮かべている。いや、怖すぎでしょ。


…それにしても、どうして、保管庫に?訳が分からないまま神威について中に入る。そこには大量のアンプルやパウチされた袋が保管されていて、少し歩いたところで神威が私を振り返った。


「ほら、早く探しなよ。俺はあまり気が長くないんだ」
「え…と、どういう…?」


状況が飲み込めなくて思わず阿伏兎を見上げると、少し困った顔で私の方を見下ろす阿伏兎。


「つまりだなァ、お前さんの母親を治す解毒剤とやらを、探せって言ってんだ」
「え…でもそれは、ないって…」
「んなモン、あの場を収めるための嘘だ。毒や細菌、生物兵器の類は、それを治癒する方法もセットで売らなきゃなんの意味もねェからな」


つまり、解毒剤がないといったのは嘘で、お母さんを治すことが出来て、神威はそれが分かってここに連れてきてくれたってこと…?


神威を見ると、やっぱりニッコリ顔で私を見ていて、特に何の感情も伝わって来ない。でも、阿伏兎の言葉を否定しないということは、そういうことだ。


「…ありがとう!」


思わず涙が出そうになるのをこらえて、壁のアンプルに駆け寄った。正直どれが解毒剤かなんてわからないけれど、目についたものを片っ端からもっていって、病院の先生に確認してもらえばいい。一つ一つのアンプルを確認しながら、それらしいものをそこいらに転がっていた段ボールに放り込んでいった。


いかれた戦闘バカだと思っていたけど、そんなことないのかな。思っていたより優しいのかもしれない。そんな風に考えていたら、口元が少しだけ緩んでしまった。


アトガキ ▼

2021.01.27 wednesday From aki mikami.