罪と罰と恋と愛


Scene.1


あの後、大量のアンプルを先生の所にもっていったら、さすがに驚いた顔をされた。念のため成分を確認しないといけないと言われて待っていたけれど、一晩たって、解毒剤だと確認ができたとのことで、今は点滴に薬を混ぜてお母さんに投与している最中だ。目が覚めるまでには少し時間がかかるだろうといわれたけれど、目が覚めるならそれぐらいどうということはない。これまで長い時間、ずっと待ってきたんだから。


神威と阿伏兎は、自分たちの船に戻っていった。神威はまだ私と戦えないことにぶーぶー言っていたけれど、今はひとまず二人にしてやれという阿伏兎に引きずられていった。


…阿伏兎は気を使ってくれたけれど、このまま家に帰ってもやることもなく、気持ちだけが逸ってしまう。それを紛らわせたくて、病院を出た私は、その足で春雨の船へと向かった。それに、結局私は戦えないままなので、望みを叶えてあげられないまま帰してしまうことになるのが申し訳なくなったのもある。


船の前まで来たものの、一昨日出入りしたハッチは当然閉じていて、開けてくれとお願いするにも通信手段があるわけではないのでどうしようもない。…せっかく来たけど、無駄足だったのでは?考えなしで来るべきじゃなかったな…と後悔していると、頭上から強い殺気を感じて、上から落ちてくるものを反射的に避けた。…このパターンは、覚えがあるぞ。


「殺すつもりだったんだけどなァ。残念」
「神威…」


船の翼部分に腰を下ろしてこちらを見下ろしている神威。今投げたと思われる傘は、コンクリートを破壊して地面に突き刺さっている。…昨日も思ったけど、この傘頑丈だね?銃にもなるみたいだしね?


「何しに来たの?俺に殺されに来た?」
「いや、違いますけど…」


どうしてそうなるんだろう。本当に戦う事しか頭にないらしい。わざわざお礼しに来たのがバカらしく感じてしまうじゃないか。


「助けてもらったけど、戦うのは無理だから、何か別のお礼をと思って」
「ふーん」


神威に言っているのに、まるで他人事のように興味なさげな返事をして傘を拾い上げる。そのままその傘を自分の頭の上で広げて、くるくる回し始めた。今日はせっかく、この星にしては珍しい晴れなのに、なぜ傘をさすんだろう。


「そうだ、あんた地球のメシ作れる?」


唐突に神威が言った。変わらず傘をくるくる回して遊ばせて、目線はそんな自分の手元に注がれている。


地球を離れてずいぶん経つ私だけれど、地球の料理はある程度作ることが出来た。それは、私に出来るだけ自分の星の料理を食べさせたいと思ったお母さんが、食材や調味料、調理道具をそろえ、地球料理の本まで買ってきて、勉強してくれたからだった。私がある程度大きくなってからは当番制でご飯を作っていたので、自炊の腕も他人に料理をふるまえるくらいにはある…と、自分では思っている。


「一応作れるけど…」
「じゃあ、メシ作ってもらおうかなァ。いろんな星のメシ食ったけど、やっぱり地球のメシが一番うまいよね」


じゃあとりあえず中にはいろっか、なんて言いながら近づいてくる神威。…これはあれだ、一昨日と同じパターンだ。何か予感めいたものがあって、私は伸ばされた神威の腕からすいとすり抜けた。


「あり?なんで逃げるの?」
「担ぐのはいや。だって乗り心地悪いもん」
「うーん、注文が多いなァ。あんまり面倒だと殺しちゃうぞ」


相変わらず感情の見えないニッコリ顔で私を見る神威。そんなこと言っても、いやなもんはいやだもん。ハッチを開けてくれれば自分の足で入れるじゃない。そう思ったけれど、神威はそんな私の考えもつゆ知らず、私の横にかがみこんで、膝の裏と背中に手を当てて…


「よいしょっと」


逃げる間もなく、お姫様抱っこされてしまった。うそでしょ、地球で恋人が出来たらやってもらえたりするのかな、なんてちょっと恥ずかしい妄想をしていた憧れのお姫様抱っこを、こんなところでこんな戦闘バカ男にされてしまうなんて…ちょっとショックだ。


「じゃ、いくよ」


当の本人は私の事なんて毛ほども気にした様子はなく、私を抱えたままさっき降りてきた船の翼に飛び上がる。そこからさらに上に飛び上がって船のてっぺんにつくと、多分あそこから出入りしたんだろう、上開きの扉と、人が一人通れるくらいの穴が見えた。持ち上げた時ほどの強引さはなく降ろされると、何かを言うわけでもなく穴から中に入っていった。


なんだかもう、強引だし何もいわないし、何なのこの人は。訳が分からない。


けど、こういう奴の考えは理解しようと思っても無理だろう。とりあえず私は考えることをやめて、神威の後に続くことにした。








Scene.2


地球で買い込んであった食材とか、ほかの星の食材で代用できそうなものをお借りして、とにかくたくさん料理を作った。作った端からなくなっていくので、私はずっと台所に立ちっぱなし、神威はずっと食べっぱなしだった。


途中阿伏兎含め他の船員さんもやってきて、何皿か食べていったみたいだけれど、私はずっと台所に立っていたので、食べているところは愚か他の船員さんの顔すらまともに見られなかった。


これ以上は食材が切れてしまうということで阿伏兎からストップがかかり、私はようやく手を止めることが出来た。神威が座っているテーブルの向かいに座り、あまりの疲労にテーブルにべたんと倒れこむ。食卓でお行儀が悪いのはわかっているけど、さすがに今は許してほしい。


「ったく。食いすぎだ団長。今日補給したばかりの食料がほとんどなくなっちまった」
「だっておいしいんだもん」
「だもん、じゃねェよすっとこどっこい。あんたのせいで俺たちヒラが飢え死にしちまうってーの」


苦々しい顔の阿伏兎。ううん、こればっかりはなァ。どっちの気持ちもわかるというか、なんというか。お腹がすいてるのに食べるなとは言えないし、かといって食材がなくなれば路頭に迷っちゃうし、難しいよね。


「夜兎族ってなんでそんなに食べるの?」
「さァ?」
「さァ?じゃねェよ。戦闘部族らしいパフォーマンスを維持するには、それなりの栄養補給が必要ってこった」
「…なるほど」


つまり。夜兎族の中でも特に大食らいな神威は、戦闘のパフォーマンスも凄い、ってことなんだろうか。確かにあの戦いっぷりはすごかったもんな。などと思いながら、自分の腕を枕にして、だらしない格好のまま阿伏兎を見上げた。


「こりゃまた一日出発が伸びそうだな」
「え、もう行っちゃうの?」
「そりゃあ、どっかの団長さんがやらかしてくれたおかげで、もうこの星に用はなくなっちまったからなァ。別の星で新しい取引先でも探すさ。とは言っても、また食料の補給からしなきゃならんがなァ」


「うんざりだ」という顔で、阿伏兎は頬杖をついた。神威は相変わらずのニッコリ顔で、ギャグみたいに膨らんだお腹をさすりながら「ははは」と笑っている。


いつかはいなくなることは分かっていたけれど、それがもうすぐだとわかると、なんだか急に寂しくなってしまう。宇宙海賊に寂しいなんて思うのは多分かしいことなんだろうけれど。引き止める理由もなければ一緒に行く理由もないわけで、用が済んだらさよならするのは当たり前、…なんだけど。


きっと、ちょっと寂しいなんて思っているのは私だけだよなァ。なんて当たり前のことを思いながら、目の前でああだこうだ言っている阿伏兎とそれを笑って聞き流す神威を眺めていた。


アトガキ ▼

2021.01.28 thursday From aki mikami.