罪と罰と恋と愛


Scene.1


宇宙に出た初日は、もうドキドキワクワクして寝られなかった。与えられた自室からでは外が見えないので、ちょっとした展望室のような窓のある部屋で、初めて見る宇宙を眠くなるまで眺めていた。次の日は船員のみんなに挨拶をしたり、船内のルールとかを聞いたりして一日が終わった。


とりあえず、阿伏兎から聞かされた船内ルールは、


@お風呂は深夜0時から朝7時の間に使うこと。共同のお風呂場しかないけれど、私以外は全員男なので、時間で区切って使うしかない。その時間は使わないように指示をしておいたので、必ず深夜0時以降に使用する。また、使用中はその旨の札を立てておく。


Aトイレも共同で、女子トイレはないので、使用するときは中に人がいないか確認して、使用中の札を立てる、使い終わったら札を戻す事。毎日当番制でお掃除をしているので、自分を当番に入れつつ新しい当番表を作ること。


B自分の部屋は絶対不可侵。他の人の部屋にも関わらないし立ち入らない。


C共同スペースに私物を置かない。置いて使われても文句を言うな。


D船内での戦闘行為は基本禁止。もし非常時以外の戦闘でものを壊したら自費で弁償すること。


そして最後に一番念を押されたのが、「E神威に食事を与えすぎない。全員餓死する」だった。


まあ色々あるけれど、男所帯に潜りこんだのだから仕方ない。というか、夜兎族って女性いないの?それとも、いくら戦闘部族といっても戦いに出るのは男で、女は家で家庭を守るっていう、地球と同じような役割分担なんだろうか。一人くらい女性がいると思っていたので、正直少し寂しい。


そんなわけで、私の前でもくもくご飯を食べる阿伏兎に聞いてみることにした。


「なんでこの船って男しかいないの?夜兎族って女はいないの?」


私の問いかけに阿伏兎は心底うざそうな顔をして、持っていた箸を指すように私に向けた。


「バーカ。女がいなかったらそもそも俺たち生きてねェっつーの」
「…そりゃそうだ。でもこの船には乗ってないじゃない」
「そもそも春雨って組織はなァ、あちこちの星でごろついてたチンピラやら、戦争行って故郷に戻れなくなっちまった行くあてのねェ自称戦士もどき共が多いんだよ。そもそも女は少ねェの!」
「なるほど、どこの星も、戦いに行くのは男の仕事ってわけだ」
「そーゆーこった。まァ、夜兎の女に会いてェだけなら地球にでも行きな。そこに座ってる団長殿の妹君がいらっしゃるからよォ」


そう言って阿伏兎が指した先には、うずたかく積み上げられたお皿、そしてその向こう側には、たっぷりほお袋に餌を詰め込んだげっ歯類みたいに顔を膨らませた神威が座っていた。目元はいつも通りニッコリ細められている。


「へェ、妹も強いの?」
「強いも何も!あいつらは親子そろってバケモンだぜ。父親は宇宙最強の掃除屋、星海坊主。母親は母星の夜兎族最後の生き残り、その二人の子供も当然バケモンってこった」


星海坊主って、エイリアンハンター、だっけ?なんかすごく強い伝説的な人だって話くらいは聞いたことがあるけど、神威がその伝説の人物の息子?スケールが大きすぎて軽くめまいがする。


「…もしかして、その妹もとんでもない不良娘だったりする?」


神威に聞かれて拳でも飛んで来たらいやなので、口元を隠して小声で阿伏兎に尋ねる。


「いんや、血としては一級品だが、ありゃあ優しすぎるなァ。地球で万事屋とかいうやつらとつるんでるよ」
「よろず、屋…?」
「何でも屋ってことらしいが、…まァある意味不良みてェなもんかもなァ。だが、あの兄貴とは全く違う、いい子ちゃんなことは確かだな」
「…そうなんだ」


ちょっと意外だった。あんな戦闘バカになってしまうくらいだから、きっと家族そろってやばい人たちなんだろうと思ったから。


「そうだ、お母さんは?」
「あー、それはな…


そう阿伏兎が言いかけた瞬間、凄まじい殺気を感じてその場を飛び上がり、飛んできた傘を両手で白羽どりにした。そのまま黙って避けてもよかったけど、船内のもの壊したら弁償になってしまう。…こんなことしてくるなんて、一人しかいないよね。


「なーに人の噂してるの」
「すいません提督ー、船内での戦闘行為って禁止じゃなかったですー?」
「何言ってんの、俺が提督なんだから、俺がいいっていえばなんでもいいんだよ」
「あ、そうですか…」


聞いた私がバカだった。もうどうでもよくなって、手にしていた傘を神威に投げ返してやった。さすがに銃になるだけあって、見た目よりずっと重たかったけど、まあ持てない重さじゃない。ちなみに神威は何の苦も無くキャッチして、さっきまで座っていた席に腰を下ろして、またもくもくと食事をほおばり始めた。


…聞かれたくないことだったんだろうか、お母さんの話は。もしそうだとしたら、ちょっと申し訳ない気持ちになる。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つあるだろうし、それじゃなくても家族の問題だ。うちもそうであるように、複雑でデリケートな話も、多分にあるだろう。


とりあえず、今は考えないようにしよう。私の前に置かれている、ほかの船員よりかなり少ない量が盛られたお皿を持ち上げて、中身を一気に口に掻き込んだ。


Scene.2


宇宙に出て三日目。そろそろ船内には珍しいものがなくなってきたので、とりあえず展望室みたいなところに行って、さっきキッチンから持ってきたホットコーヒーを片手に、吸い込まれそうな宇宙を眺めていた。この部屋には座れるものが何もないので、部屋から持ってきたレジャーシートを広げて、そこに座っている。


ちなみに、この船の船員たちは基本宇宙なんて見慣れているのと、外を見てたそがれるような趣味はないようで、この部屋にはほとんど人が来ない、らしい。何だったらこの部屋に寝泊まりしても誰も困らないなんて言われたけれど、この吸い込まれそうな宇宙を見ながら寝るのはちょっと怖いので遠慮した。


想像していたよりもいろんなものが浮いていたりして、でもそれが手の届かないところにあって、…なんだか不思議な感じがする。きっとこの船はすごい速度で移動しているんだろうけれど、全然そんな感じがしなくて、むしろゆっくりと、水の中を漂っている気分だ。こんな感じも、もう少しすれば慣れてしまうんだろか。ちょっと怖いと思った。


地球から連れていかれた時も、色んな星を転々としていた時も、ぐるぐるの簀巻き状態にされていたか、牢屋のようなところに入れられていたかなので、こうやってゆっくり宇宙空間を眺めるのは初めてだった。一体次の星まで、どれくらいの時間でつくのかも想像がつかない。宇宙のスケールの大きさを考えると、なんだか途方もない気持ちになった。


マグカップをシートの上に置いて、自分もシートの上にごろんと横になる。外はずっと真っ暗なので、時計がないと今が朝なのか昼なのかもわからない。私が住んでいた星は割と雨が多い星だったから暗いことが多かったけれど、そもそも宇宙空間には朝とか昼とか夜とかいう概念が存在しないんだ。そんなところに一人で来てしまったのかと思ったら、すごく寂しくなってしまって、ぎゅっと自分の手を握り合わせる。こんなことで寂しさが紛れることなんてないんだけど…


「パンツ見えてるよー」
「ッうわ!」


突然間の抜けた声が聞こえた。しかも同時にお尻がスース―する感覚。死ぬほどびっくりして後ろを振り返ると、珍しくニッコリ顔じゃない神威が、私のスカートをつまんでめくり上げている。殺気がないから全然気づかなかった。っていうか…


「なにさらしとんじゃワレェ!」
「おっと」


本気で当てるつもりだった蹴りを交わされて、イラッとしてしまう。何が「パンツ見えてるよー」だ。めくってんだからそりゃあ見えるだろうな!


「あっはは、やっぱり早く殺り合いたいなァ。ワクワクするね」
「何抜かしとんじゃエロガキ!戦闘にしか興味ないと思ったら意外と普通の年頃男子か!」
「まァそれなりに興味はあるよね、俺だって健全な男だし。…それに」
「…それに?」
「生まれてきた自分のガキと殺り合えると思ったら、ワクワクするよね」


そう言った神威の顔はいつもの戦闘狂の顔で、なんだかもう呆れてしまった。自分の子供とまで戦うつもりか、っていうかそういう目的で子供を作るな。なんて言ってもどうせ無駄だろうから、神威なんて無視して本でも読もう。体制を立て直してレジャーシートに大人しく座り直すと、マグカップの横に置いてあるお気に入りの本を手に取った。


それは、本というより、図鑑だった。昔お母さんが見つけてきてくれた、地球の花の図鑑。花の写真や、生息地、開花時期だけじゃなくて、花言葉や、誕生花なんてのも載っている。お母さんは他にもたくさんいろんな本を買ってくれたけれど、この本が一番気に入っていて、この一冊だけ荷物と一緒に持ってきたのだ。…もし地球に行く機会があったら、この本に載っている花を見つけられたらいいな、なんて思いながら。


「意外と乙女チックな趣味なんだなァ。戦場なんて血生臭いところにいたくせに」


そんな風に言いながら、神威が私の隣に腰を下ろした。私の手からぐいと図鑑を引っ張って奪い取り、パラパラとページをめくりだす。乱暴にしないでよ!と言いながら見た神威の顔が思ったより近くて、嗅いだことのないにおいがした。男の子って、こういう匂いなんだろうか、ちょっとドキッとする。


自分のアホな邪念を振り払うように首を振って、神威がページをめくる本を覗き込む。神威は特別興味もなさそうにぺらぺらとページをめくっていたけれど、やがてあるページで手を止めて、ちょっとだけ驚いたような顔をした。


「…ササユリ?」


ページに乗っている花の名前を読み上げてみる。神威は花の写真を見つめたまま、何もしゃべらない。


「山とかに咲いているお花みたいだね。花言葉は…『清浄、上品』、かァ。きれいなお花だね」
「…そうだね」


神威はそう答えて、静かに本を閉じた。顔を俯けていて、その表情は読み取れないけれど…なんだか、元気がない?そのまま立ち上がって本を私に渡すと、ドアの方へと踵を返した。…まるで、自分の表情を見られたくないように思えた。


食事の時も思った、神威にも知られたくない何かがある。…それと、関係あるんだろうか。わからないけれど、それを聞く権利は、きっと私にはない。


こころが、ちくりと痛んだ気がした。


「あァ、そうだ。これから地球に向かうからね」


拍子抜けするくらい明るい声で、唐突に神威が言った。突然の話題変更に少しだけ驚いてしまう。


「え…なんで…」
「前にねェ、地球の機械技師が、ナノマシンってすごいものを作ったことを阿伏兎が思い出したんだよねェ。その機械技師なら、首輪を何とかできるかもしれない、って。まァどっちみち、そのうち地球にはいかなきゃいけなかったから、順番が変わるだけだしね」
「…なるほど」


阿伏兎は、意外と私の事を考えてくれていたようだ。あんなにぶっきらぼうな態度なのに…ツンデレ?なんて思って、あまりにも顔に似合わないので、ちょっとにやけてしまった。


「次の星で一仕事したら、そのあと3、4日で着くって言ってたから、首洗って待ってなよ」


神威はそう言って部屋を出ていった。その時の表情はいつものニッコリ顔で、元気がなさそうとか、そういう感じは見受けられない。…気のせいだったんだろうか。…でも。


手元の本をめくって、さっきの…ササユリのページを開いた。


「清浄、上品…か」


ページを目で追っていく。病害虫に弱くて栽培が難しい、段々少なくなっていっている…。なんだか、儚い感じのする花だな、と思った。


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2021.02.01 monday From aki mikami.