罪と罰と恋と愛


Scene.1


地球に行くと教えられてから二週間ほどたっただろうか。ようやくこの船での生活も慣れて、他のみんなとも少しお話しできるようになってきた。しかも、本に載っているお花を探すっていう夢も、早速叶えることが出来そうだ。


「まさかお母さんより先に地球につくとは思わなかったよ」


私の言葉に、画面の向こうでお母さんが笑い声をあげた。


『そりゃあこっちのセリフだよ。先に地球について、に自慢してやろうと思っていたのにさ。世の中どうなるかわからないもんだねェ』
「本当にね。地球にそんなすごい機械技師さんがいるなんて知らなかったよ」
『早く外れるといいね。のことだから大丈夫だと思うけど、あんまり無理するんじゃないよ。なんかあったらすぐ連絡してきな』
「うん。お母さんもリハビリ頑張ってね」


笑顔で手を振ると、お母さんも手を振り返してくれて、通信が終了した。テレビ電話っていいな。顔が見れるからより元気なのが分かる。


そんなわけで、私たちはさっそく地球に降り立っていた。件の機械技師の正確な居所は分からないらしいので、とりあえずは神威の妹のところにいって居場所を聞き出して、それからようやく首輪を外す話になるようだ。


振り返ると、澄み切った青空が目に飛び込んできた。地球にいた年数はそれほど長くないはずなのに、なんだかとても懐かしい気持ちになる。今は春のようで、とても暖かい日差しに、少しひんやりした心地いい風が吹いている。


そんなさわやかな天気の中、神威はなぜか傘をさして、ニッコリ顔で私を待っていた。なぜ神威が私を待っているかというと、阿伏兎達は別件で動くようで私の道案内が出来ないので、神威が私を案内してくれる、という事らしい。まあ神威も「向こうの仕事よりはこっちの方が面白そう」とかいう不純な動機でついてくるみたいだけれど、誰も来てくれないよりはマシかと思いつつ、神威の近くまで歩み寄った。


「ほら、さっさと行こうよ。そのちんけな首輪早く外して俺と戦うんだから」
「…戦うかどうかは私の自由だと思うんだけど」
「いいからいくよ」


そういってさっさと歩き出してしまう神威。うーん、エスコート役としてはマイナス百億点って感じだ。まあなんにしても、こんな首輪さっさと外してしまいたいのは私も同じだし、とりあえず駆けだして神威の隣に並んで歩き出した。


Scene.2


神威の話によると、「かぶき町」というところに神威の妹はいるらしい。特に道案内や観光案内があるわけでもなく、とりあえず神威に着いてのんびりと歩いていた。


…ここだけの話、さっきマイナス百億点と思ったことを少しだけ後悔している。というのも、神威が多分、私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていることに気づいてしまったからだ。


だって、地球人も地球人以外の人もたくさんいて、変わったものもたくさんあって、私が暮らしていた雨ばかりの暗い町とは何もかもが違っていて、物珍しくて仕方ないから、もうあっちこっちふらふらみながら歩いているけれど、神威は別に文句も言わないどころか、私が立ち止まると黙って立ち止まってくれていて、また歩き始めると歩幅を合わせるようにゆっくりと歩き出してくれる。


もしかして、意外と女の子と歩き慣れているのだろうか?そんなことを思ったら、少しだけ複雑な気持ちになった。


まあ、神威がどんな女性関係を築き上げていようと、私には全く関係ないことだし、どうでもいいことだし、どうぞお好きにやってくださいなんだけど。


なんかちょっと、私の方が多分年上なはずなのに、向こうの方が経験が多いとか、ちょっと悔しいっていうか?あんな辺境の星に住んでたから仕方ないんだけどさ?お互い血生臭いことしてたはずなのにやることはやってんだなとか?ちょっと思ったりして?


そんなことを考えながらちらっと神威を見ると、その顔はいつものニッコリ顔じゃなくて、少し穏やかな顔だった。なんというか、微笑んでいるというか…そう、殺気のない顔をしているというか。そういう顔をしていると、ただのイケメンの優男なんだよな、なんて思ってしまった。本人には言わないけど。


なんだかそわそわした気持ちになってしまって、ごまかすように町に視線を移す。まだかぶき町にはつかないみたいだったけど、こうして町の様子を見ながら歩いているだけでも普通に楽しいので、もう少し時間がかかってもいいかも、なんて思えてしまう。


少し先にアクセサリーショップがあって、いいな、と思いながら歩いて、横を通り過ぎる。入ってみたいけど、神威も一緒だから入りたいとは言いづらい。そもそも私のために来てくれてるからわがまま言うのも気が引けるし…。


「…入りたいの?」


突然真後ろで声が聞こえて、驚いて飛び上がりそうになった。振り返ろうとすると神威が、驚くほど近い距離で、というかほぼほぼくっつきそうな距離感で、私の肩に顎をのせるようにしてお店の方を見つめている。…っていうか、近い!殺気感じないっていうか気配消してなかったか?何はおいても近い!


私は神威から意識的に体を離しながら言った。


「そ、そんなことないよ」
「そうかなあ。じっと見てたよね。なんで嘘つくの?」
「うっ…」


神威が探るような目で私を見つめて、顔をぐっと近づけてくる。もしかして、私の反応が面白くてわざとやってるとかなんだろうか。出来れば反応したくないけれど、どうしたらいいかわからなくて、とりあえず目をそらす…と。


「…あッ」


そらした先に、まさかのものを見つけてしまって、思わず声が出てしまった。神威も私の視線を追ったのが分かる。


「花屋、かァ」
「うっ…」
「寄りたい?」


再び私の方に視線を戻して、そう尋ねてくる神威。ああもう、どうせ行きたいって言わせておいて「ダメ」っていうに決まってる。でも「行きたくない」なんて嘘は言えなくて、神威から目をそらしたまま口をもごもごしてしまう。だって、行きたいし!お花屋さんは時間があれば行こうと思ってたし!


そんなことを考えていると、神威は私から離れて歩き出す。その向かう先は花屋さんで…途中でくるっと振り返って、ちょいちょいと手招きをする。…え、寄っていいの?


神威に駆け寄ると、またゆっくりと歩き出したので、私もそれについて歩き出した。


「別に寄りたいならそういえばいいのに。俺が意地悪いうと思った?」
「…思った」
「あらー?あんたには結構優しくしてる方だと思うけど?」
「そうなの?」
「…たぶん?」


いや、疑問で返されても知らんし。と思いながら神威の後ろをついていく。そうか、優しくしてるつもりだったのか。まあ確かに、想像していたより優しいなと思ったことは何度かあるし、そうなのかもしれない。…でもあくまで「想像していたより」なので、本当に優しいといえるかというと、ちょっと疑問が残るところだ。


まあ何はともあれ、今は念願のお花屋さんだ。


これでもかっていうくらい顔が緩むのが分かって、目の前の神威が振り返らないことを切に祈った。

Scene.3


テンション爆上がりとはまさにこのこと、自分の人生でここまでテンションが上がったことがあっただろうか?多分ない。


そこまで大きなお花屋さんではなかったけれど、切り花もプランターに植えてある花も種も園芸用品も売っているようだった。ちょっとしたブーケやお花模様の雑貨までおいてある。結構種類豊富だ。どれもこれも目移りしてしまってやばい。ちなみに神威は私の反応を見ているようだったけど、どんな顔をしているのかは知らない。今は殺気がないことだけは確かだ。それだけ分かれば別にいい。


店の真ん中には切り花が並んでいる。チューリップやアルストロメリアなんかの春のお花ももちろんあるけれど、バラやキクなんかのちょっと季節外れの花もある。そんな色とりどりのお花の中で一番目を引いているのが…


「桜…?」
「何かおつくりしましょうか?」


お店の店員さんらしき中年の女性が話しかけて来て、ちょっとだけ驚いてしまった。


「ああ、いえその…私、お花が好きで、見てただけなんです…ごめんなさい」
「別に謝らんでもいいんだけどねェ。穴が開くほど見てたから、よっぽど花が好きなんだねェ」


そう言って女性はくすくす笑った。そんなにじっと見てたかな…ちょっと恥ずかしくなる。そうだ、何か別の話題を振ろう。そう思って花の方に目をやった。


「桜って、花束にできるんですか?」
「ん?そうさねェ。最近は結構流通するようになったかね。やっぱり春といえば桜だしね」
「そうなんですね…私がこっちに住んでた時は、桜なんて売ってなかった気がします…」
「おや、アンタ若そうなのに、出戻りかなんかかい?」
「いえいえ、小さいころにちょっといろいろあって…もう15年、いや、もう少し…くらい…かな…?」
「え!そんなに!」


私の言葉に、女性は心底驚いたようだった。まあ私の容姿で15年って言ったら相当子供のころだとわかるから、驚くのも無理はないのかもしれない。これで人を殺す血生臭い仕事ばっかりしていましたなんて言ったらさらに驚いて卒倒してしまうだろうか。


「長く別の星で暮らしていたので、地球のお花を見るのは本当に久しぶりで…つい、興奮しちゃってすみません」
「なるほど。そういうことなら…!」


そう言って、女性はお店の奥に下がっていった。…なんだろう?何かあるのかな。見るとレジの奥でごそごそやっているようだったので、とりあえず戻ってくるのを待つことにする。待っている間手持ち無沙汰なので、また切り花を眺めていることにした。


「あ、ねえねえ神威」


隣に立っていた神威の袖をちょいと引っ張ると、別にいやな顔もせずこちらを振り向いて、「んー?」と返事をする神威。どこを見ていたのかはわからないけれど、面倒くさそうとかつまらなそうとかは特になさそうだ。


「このお花、確かユリ科だったはず」


言いながら、アルストロメリアを指さした。神威は私の視線を追ってじっとその花を見つめる。言ってしまってから、しまったと思った。この間ササユリを見て手を止めてたからと思ったけれど、あの時もしかして神威の地雷を踏んでしまったかと思ったことをすっかり失念していた。機嫌が悪くなってしまったらどうしよう…恐る恐る神威の顔を見る。


「ふーん、きれいだね」


そう言った神威の声は、何の抑揚もなかった。怒っても笑ってもいない、興奮もしていない。本当に、ただ言われた言葉にさらっと返しただけの声。…意外と塩反応だ。私の言葉の意図は伝わらなかったようだった。


「お待たせお待たせ」


ほっとしていると、ようやく店員の女性が戻って来た。その手には小さなブーケを持っている。


「これ、アンタにあげるよ」
「えッ!」


はい、とブーケを手渡されて、思わず受け取ってしまう。黄色いガーベラとオレンジの薔薇で作られた、手のひらより少し大きいくらいのミニブーケだった。


「でも、お金は…」
「いいんだよ。せっかくだからもらっておくれ」
「…いいんですか?」
「いいのいいの!」


からからと笑う店員さん。こういうのって人情っていうんだろうか。ちょっと笑い方がお母さんに似ているなと思った。


「…ありがとうございます!」


多分今、最高に緩んだ顔をしているけれど、自分の意志ではポーカーフェイスになれそうにないみたいだ。私の顔を見て、女性は満足そうに笑い返してくれた。

Scene.4


そのあと、ぐるっと店内を一周して、レジ横にあった朝顔の柄のハンカチを買った。最後にもう一度いただいたブーケのお礼を言って、神威と並んでお店を出た。


「付き合ってくれてありがとう!」


私がお店を見ている間、神威はずっと文句も言わず付き合ってくれていた。マイナス百億点なんて失礼だったな。プラス五十点くらいは上げてもいいぞ。…なんてことを言ったら、どんな顔をするだろうか。


「どういたしまして」


相変わらず抑揚のない声で言う神威。お店から出た途端、また傘を広げ始める。…なんでだろう、まあいいけど。さっさと歩き出す神威の隣に並んで、貰ったブーケとハンカチを眺めながら歩く。


「転んでも知らないぞー」
「大丈夫大丈夫」


とは答えたものの、これでもし転んだら恥ずかしいな。そう思ったので、ブーケとハンカチを、お店でもらったビニール袋に入れ直した。


「うーん、素敵なハンカチも買えたし、大満足!」
「あれ、気遣って買ったんじゃないんだ」
「それもないわけじゃないけど…朝顔の柄って珍しくない?」
「さァ?」


私の言葉に神威は興味なさげに答えた。まあそうですよね。興味ないですよね。でも神威が拒否しないのをいいことに、勝手に語ることにする。


「朝顔の花言葉って、『儚い恋』っていうんだよね。あんまりいい花言葉じゃないからなのかな、こういう雑貨ではあんまり見かけないんだよね」
「ふーん」
「そうそう、よくない花言葉っていえば、似たような名前の花で「夕顔」っていうのがあってね、その花言葉が『罪』って、ちょっと怖い言葉なんだよ」
「…罪、ね」


聞き流されていると思っていたけれど、つぶやいた神威の声がどこか引っ掛かる感じがして、神威の横顔を見る。…特にいつもと変わらないように見えるけれど、どうしてだろう、なんとなく、いつもと違うような気がする。何か悪いことを言ってしまっただろうか、それともあれこれしゃべりすぎてうんざりしてしまったのだろうか。…わからないけれど、神威が何も言わないので、とりあえず前に向き直ることにする。


そのときふと神威が足を止めた。…やっぱり気に障ることを言っただろうかと一瞬思ったけれど、神威の表情でそれは違うことがすぐに分かった。


殺意たっぷりのニッコリ顔で、神威は後ろを振り返る。私もそれに促されるように、神威の後ろを見やった。


そこには、神威と同じような傘を差した女の子が立っていた。


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2021.02.02 tuesday From aki mikami.