罪と罰と恋と愛


Scene.1


「神威…?」


女の子は驚いた顔で神威を見つめている。神威の方の表情はうかがえないけれど、殺気に満ち溢れているのが分かる。私はすぐにピンと来た。相手の女の子が「神威の妹」であると。


「…神威、お前何してるアルか?なんでこんなところに…」
「冷たいなァ。お兄ちゃんがせっかく妹に会いに来たっていうのに」


とても優しいお兄ちゃんとは思えない殺気を放つ神威。妹の方も神威に負けず劣らずの殺気を放っていて、二人の仲が悪いだろうことが伺える。こんな道のど真ん中でにらみ合っている兄弟が仲良しこよしなわけがない。


こんなところで戦闘になったら、どうやって止めに入ろう。そう考えていると、妹の後ろから男性が大慌てで走ってきて、神威と妹の間に割って入った。そのさらに後ろからはなんだかアンニュイな雰囲気の男性がのろのろと歩いて来ている。


「ちょっとちょっとォ!神楽ちゃん!こんなところで兄弟げんかはやめてよォ!」
「そうだぞォ、オメーら兄弟の喧嘩はまじで星が吹っ飛ぶからな。やるなら地球の外でやってくんない?」


なるほど、妹の名前は神楽というらしい。そしてそれを止めに入った二人は、前に阿伏兎が言っていた「よろずや」とかいう人たちなんだろうか。今のところ直ちに喧嘩が始まることはなさそうなので、とりあえず動向を見守ることにする。


「やあ、銀髪の侍さん、あんたがそいつの代わりに俺と戦ってくれてもいいんだよ」
「冗談じゃねェ。俺ァオメーみてーな戦闘狂じゃねーんだよ」


アンニュイな銀髪のお兄さんが、心底だるそうにそう返答した。見た目はけだるそうだけれど、とりあえず神威よりはまともそうでよかった。まあ神威がちょっと好戦的すぎるというか、戦闘バカすぎるから、それに比べたらみんな平和なのかもしれないけど。それはそうと、神威の妹の方はどうやら納得いっていない様子で、神威に向けてあからさまに敵意を向けている。


「神威!お前何しに来たアルか!」
「あいにく、今日はお前と遊びに来たんじゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあってね」


神威がそう言って私を振り返るので、みんなの視線が私に集まった。…え、なにこれ、私名乗った方がいいのかな。もう少し黙って見守りたかったんだけど。


「…ええっと、私、って言いまして、そのー、かくかくしかじかでしてー、とりあえずこの首輪を取ってくれる機械技師さんを探してるんですけどー…」


しーん、と静まり返ってしまう。…ううん、気まずい。でもそうですよね、いきなり知らないやつ登場して自分語りし始めたらそういう雰囲気になりますよね?とりあえずこういう時は、頭を真っ白にするに限る。余計なことは…考えちゃだめだ。


この後、目の前の彼らが驚きの叫び声をあげるまで、ややしばらく呆然とする羽目になった。


Scene.2


「ったく、驚かせやがって。俺ァまさかあの戦闘狂が人助けでもしてるのかと思ったぜ」


吐き捨てるようにそう言った銀さんに、新八くんはアハハと乾いた笑いを浮かべた。


「まああの人、人助けする感じじゃないですもんね。むしろ積極的に人殺してそうだし」


そう返した新八くんの言葉はちょっぴりひどいけれど、ばっちり当たっているからフォローしようがない。私も新八くんにならって「アハハ」と笑うしかなかった。


これまでの事情は、ここに来るまでになんとなく説明していた。はじめは神威のせいで断られるかと思ったけれど、意外にもあっさり機械技師のところへの案内を引き受けてくれた。というわけで、今はその機械技師のところに向かっている最中である。


「オメーも目ェつけられた口だろ。『俺と戦え』とか言われてよォ」
「もってことは、銀さんもですか。お互い大変ですね」
「ホントだぜ。ったくよォ」


苦々しげに言いながら、目の前の戦闘狂に視線を向ける銀さん。ちなみに戦闘狂は妹の神楽ちゃんと仲良く言い争いなどをしながら少し前を歩いている。…誰が何と言おうと、仲良く歩いている。時々蹴りや拳が飛び交っているように見えるけれど、あれは大丈夫なやつだ。絶対、仲良く歩いている。


「そういえば、首輪が外れたらさんはどうするんですか?」


唐突に自分の事を聞かれたので、言葉に詰まってしまった。…正直、どうするかなんて全く考えていない。とりあえず神威の言う通り、戦う…んだろうか。じゃあ、戦ったそのあとは?戦ってしまえば、神威にはもう私を連れていく理由なんてなくなる。


じゃあ、私はどうするんだろう。


「…うーん、とりあえず外れてから考えようかな」


私は考えることをやめた。逃げることにした。だってまだ考えたくない、考えたら、不安ばかりが募ってしまうから。


手首にぶら下げた袋の隙間から見える、オレンジのバラ。花言葉は確か「絆」。


そんなもの、…あったらいいな、なんて思ったりして。


会ってそんなに経ってないやつに絆とか言われても困るだろうけどさ。でも、戦ったら「はい終わり」ってなってしまうには、あまりに濃すぎる時間だったから。あっさりさよならしてしまうのは寂しいって、思ったから。


目の前の神威の背中をじっと眺める。振り返ってくれたら、気持ちが通じたみたいでうれしいのにな、なんて、ちょっとセンチなことを考えてしまった。


Scene.3


機械技師さんは平賀源外さんというらしい。とってもすごい機械技師さんらしいけれど、何がすごいのかは機械に疎い私にはよくわからない。とにかく源外さんは、私の首輪を見てなんだか難しそうなことをぶつぶつ言ったあと、廃刀令のご時世に気を使って一応布袋に入れてきた刀を見て、またぶつぶつ言いながら、どうやら考え事を始めたようだった。私はどうしたらいいのかわからず、とりあえず動きを止めたまま源外さんの様子を伺う。


「オイじいさん、どうなんだよ」


銀さんが焦れたように尋ねる。源外さんはうーんと低くうなった後、もう一度私の首輪をじっと見つめて、右手で口元のひげをいじくり始めた。


「俺にかかりゃ朝飯前、と言いてェところだが、こりゃこのまんま外すのは無理だな」
「…そうですか」
「ま、このまま外すのは、な」


ダメなのかと落ち込みかけていたけれど、その言い方は何か他に方法があるということなのだろうか。源外さんをじっと見つめていると、相変わらずひげをいじったまま、今度は刀の方をじっと見ながら言った。


「そいつを外すのは無理だ。そもそも外れるように作られてねェしな。だが、爆弾を無効化する事ならできる」
「…つまり、その」
「爆発しないようにさえすりゃ、ぶっ壊すのはお前らでも簡単に出来るだろう」


つまり、神威が前に言っていた「さっさと壊してしまえばいいだろ」を現実にやるということだ。それだったら神威に頼めば、いや、むしろ私でも、普通に出来そうだ。


「正直他の星の機械技術なんてそうそう拝めねェからなァ、壊しちまうのはもったいないと思うが…背に腹は代えられねェからな」
「…あ、ありがとうございます!」
「礼はそいつが外れてから言ってもらうさ。とりあえず時間がかかるだろうから、また明日の朝来てくれ」
「わかりました!」


笑顔で神威を振り返ると、神威は珍しく殺気のない顔で、ふんわりと微笑んでいる。…喜んでくれているのかな。わからないけど、なんだか少しほっとした。


「とりあえず、明日朝一でまた来ます!」
「おう、それまでこっちも準備しておくぜ」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


深く頭を下げる。これでやっと、このふざけた首輪ともおさらばだ。お母さんにもいい報告が出来る。


だけど、その瞬間ふっと頭をよぎる。さっき考えないようにしたこと。


…私は、この先どうするの?


Scene.4


神威は船に戻っていったけど、私は万事屋さんにお願いして、万事屋さんに一泊させてもらうことにした。朝一で源外さんのところに行かなきゃいけないっていうのが表向きの理由、もう一つの理由は…神楽ちゃんに、神威のことを聞いてみたかったからだ。


泊めてもらう代わりにお食事を作ることにしたんだけど、兄弟そっくりの食べっぷりで、料理を作るだけでどっと疲れてしまった。幸いというかなんというか、万事屋さんには春雨の船ほど食料備蓄がないので、くたびれ果てる前に食材の方が打ち止めになったんだけど。なんだかとても騒がしくて、楽しくて、この人たちは家族なんだなァ、なんて思ったりして。ちなみに肝心なことは何も聞けないまま夜になってしまって、今はどうやって何を聞いたものかと考えながら、神楽ちゃんの横に布団を敷いているところだ。


、ありがとう」


唐突に神楽ちゃんが言うので、ちょっとドキッとしてしまった。私が神楽ちゃんと話したくてあれこれ考えているのが、読まれてしまったかと思ったから。


「え、どうしたの突然」
「私たち兄弟、あんまり仲良くないネ。けど、神威ちょっと優しくなった気がするアル」
「…そう、なの?」
「そうヨ。きっとが一緒にいてくれるおかげアル。だからありがとう」
「そんな…私は何も…」


でも、そういえば神威も、私には優しくしてるつもりって言ってた。…なんでなんだろう。



、マミーを守るために戦ってたって、言ってたでしょ。あいつもマミーのこと大好きだから、きっとのことほっとけなかったアル」
「お母さん…」


そういえば、阿伏兎との話に割って入ってきたから、お母さんのことだけは何も聞けていない。…それを神楽ちゃんから聞いてしまうのは、ちょっと反則なのかな、とも思ったけれど、やっぱり気になってしまう。


「…二人のお母さんって、どんな人?」
「マミーは私にそっくりの超絶美人でめっちゃ優しいアル!」
「…なるほど」


確かに神楽ちゃんも神威も整ったお顔をされてらっしゃる。…ただ、聞きたいのはそこじゃない、うーん。


「えっと、阿伏兎が『最後の生き残り』だかって言ってた気がするけど…」
「そうアル!マミーは母星にたった一人残った夜兎族だったアル!それをパピーが口説き落として星の外にさらっていったアル!」
「へ、へぇ…」


神威のお父さん、確か星海坊主、だったかな…。かなり壮大な恋愛をしているんだなぁ。もしかしてお父さんもすっごいイケメンとかなんだろうか、と思っていたら、神楽ちゃんがしゅん、と沈んだ顔になった。


「でもマミー、星の外では長く生きられない身体だったアル。私を産んですぐ病気になって、死んでしまったアル…」
「…そう、なんだ」


神威がお母さんの話に触れられたくない理由が、少しわかった気がした。私にはわからない心の傷が、きっと神威の中にはあるんだろう。大切な人を亡くしてしまった痛みが。


「神威、マミーの代わりに私の面倒見てくれたり、マミーのこともたくさんお手伝いしてたネ。マミーの好きなお花、いっつも持って帰ったり、とっても優しかったアル」
「お花…?」


ピンとくるものがあって、枕元に服と一緒に置いていた図鑑を手にとった。…お花を見る機会があったらいいなと思って、持ってきていたのだ。


神楽ちゃんが不思議そうな顔で私の手元を覗き込んでくる。私はページをめくって、目的のページ…ササユリのページを広げて、神楽ちゃんに本を手渡した。


「…これ、マミーが好きだった花にそっくりアル」
「前に、神威がこのお花を見て手を止めてたから、もしかしてそうかなって思ったの」
「あいつ、やっぱりマミーのこと大好きアルな」
「そうみたいだね」


なんだかうれしくなって笑ったら、神楽ちゃんもふふっと笑い返してくれる。神威も殺気を出さずに笑ったらこんな顔になるのかな、なんてちょっと思ったりして。


「あいつ、本当はすっごく優しいのに、優しくないふりするネ。だけど、に対してはきっとそうじゃない気がするヨ」
「そう、かな…」
「半分は私の願望ネ。あいつが素直に好きって言える人が…あいつに好きって言ってくれる人が、いたらいいなって」
「…そう、なれたら」


そうなれたら。オレンジのバラが私たちに、「絆」をもたらしてくれたなら。


「そうなれたら、いいな」


心の底から、そう思う。


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2021.02.03 wednesday From aki mikami.