罪と罰と恋と愛


Scene.1


翌日。なかなか起きてくれない神楽ちゃんを半ば引きずるような形で源外さんのところに行った。神威はさすがに来ていなかったけど、特別待つ理由もないので早速作業を始めてもらうことにした。…といっても、その原理はよくわからないんだけど。簡単に言うと、まずは刀と首輪の連携を切って、それからそれぞれの爆弾を無効化する、らしい。


あれこれ作業をしてもらっている途中で、なんとびっくり、神威がやってきた。絶対自分から来ることはないと思っていたのに。やって来た第一声は「まだ外れてないんだ。早く戦いたいのになァ」だった。そこは予想通りなんだなァと思ったらちょっと面白かった。


神楽ちゃんと話して神威の人となりがほんの少しわかったけれど、だからと言って私の不安が消えるわけではない。私の首輪が外れて、神威と戦い終わったとき、神威は私をどうするのか。…そもそも生きて帰れるだろうか。


そんな私の心情なんてつゆ知らず、待ちきれない様子の神威に、源外さんがもう少しだから黙って待っとれ、と言い放つ。よく考えたらこの町の人って、神威に物怖じしないで話せるんだから結構すごい…よね?普通の人は多分怖がるよね…まあ怖がらなかった私が言うのも何なんだけど。


そんなことを考えている間に、源外さんが私の首輪と刀に何かを施したようだった。正直首元だから見えないだろうと思ってまったく見ないようにしていたから、何をやったのかはわからない。やがて作業を終えたらしい源外さんは、持っていた刀を私に手渡して、今しがた作業をしていたとは思えない涼しい顔で言った。


「ほれ、終わったぞ」


手渡された刀を手に取る。…爆弾はついたままだったので、たぶんこれを壊せばいいんだろう。無理矢理刀を引き抜いてぶっ壊すことは簡単にできる。…けど。


「神威」
「んー?」
「これ、壊してくれる?」


ここまでこれたのは神威のおかげだし、せっかくだから神威にお願いしよう。そう思って、刀を神威に差し出す。神威は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにいつものニッコリ顔になって、私から刀を受け取った。


「刀まで壊さないでよ?」
「もちろん。壊したら戦えなくなっちゃうからね」


そう言うなり、早速刀の柄と鞘を両手で持つ。さして力を入れた様子もなく鞘から刀を抜くと、機械は壊れ、鞘からするりとした刀身が姿を現した。私の首も、刀も、爆発する様子はない。


「はい、どうぞ」


何でもないことのように、神威は私に刀を差し出した。神威の足元にはバラバラになった機械の残骸が転がっている。それを源外さんが拾い上げるのを視界の端に見ながら、神威から刀を受け取った。


久しぶりに見る自分の刀、特に名刀だとかいう話は聞いたことがないけれど、お母さんが私のために用意してくれた、地球産の刀。人を殺すための道具だけれど、こうして戻ってくると結構愛着があったんだなと実感する。


受け取った刀を、今度は自分の首元にあてる。刀さえあれば、こんな首輪くらい壊すのは簡単だ。これで、本当の意味で元通りになる。全部。


…元通り。そう思ったら、手が止まった。そうだ、首輪も取れて、お母さんも元気になって…元通りに戻ればいいだけなんだ。私は星に帰って、お母さんと一緒に暮らす。そしてお母さんのリハビリが終わったら、一緒に地球に来て、二人で暮らして…それは、ちょっと前まで夢見ていた理想の生活なはずなのに。


どうして、寂しい気持ちになるんだろう。


刃を立てて、一気に引く。首の重い枷が、あっけなく壊れてはずれるのがわかって、それすらも、なんだか寂しく感じてしまった。


Scene.2


あれから、源外さんや万事屋さんたちにお礼を言って、すぐにみんなと別れた。神威がお腹がすいたというのでご飯屋さんに入り、有り金を食い尽くさんばかりに食べまくる神威の向かいでいつも通りにご飯を食べた。


神威は当たり前のように、船に戻る道をたどっている。私はそれについていく。昨日貰ったミニブーケの入った袋を持って。影が長く伸び始めていて、もうすぐ日が暮れるだろうことが分かる。このまま、何事もなく船に戻れたなら、どんなにいいか。


…そう思った矢先に、神威は立ち止まった。私もつられて立ち止まり、見上げたその顔は、…殺気に満ちた顔。船に戻るまでの道で、ちょっと開けた空き地のようなところ、きっと戦うならここが一番いいって、思ったんだろう。


「さて、やろうか」


神威は楽し気に笑っている。オレンジの光が神威の背中から私を突き刺してくる。まぶしい。逆光で、神威のいつものニッコリ顔が暗く、怖く見える。


「…一撃勝負でいい?先に相手に一発入れたほうが勝ち」
「うーん、せっかくなら長く戦ってたい気がするけど、まァいいか」
「私が勝ったらお願い聞いてくれる?」
「俺にできることならいいよ」


神威はそう言いながら、私と間合いを放すために空き地の方に歩き出す。純粋に目の前の勝負を楽しみにしている。…色々考えて悶々としている私とは大違いだ。


「ねえ神威」
「なに?」
「…勝負がついたら、神威はどうするの?」


私の言葉に、神威は怪訝そうな顔をした。私の言葉の意味が理解できないらしい。そりゃあそうだわな。


「私の首輪は外れて、私と戦うっていう目的も達成して…この先神威は、どうするの?」


私を、どうするつもりなの?


神威の顔は、逆光で見えない。少しの沈黙があった後、真っ暗な神威の影が、抑揚のない声で言った。


「別に、どうもしないよ」


その言葉と同時に、神威が私に向かってとびかかってくる。私は手に持っていたブーケの袋を足元に放り捨てて、腰の刀を抜いた。


朱色に染まったガーベラの花が、視界の端にちらついた。


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2021.02.04 thursday From aki mikami.