罪と罰と恋と愛


Scene.1


「かーっ、くっだらねェ!」


私の話を聞いた第一声、阿伏兎は心底面倒くさいといった顔でそう言い捨てた。そんな顔しなくてもいいのに…。


「なーにが『私に興味なくしちゃったかも』だよ。乙女かッ。これだから女はめんどくせェ」
「う…そこまで言わなくても…仕方ないじゃん女だもん…」
「俺たち夜兎族はお前ら地球人よりシンプルなんだよ。いらねェ奴ァ殺す、必要な奴ァ生かす。あの星から団長に生かして連れ出された時点で、そんなこと考えるまでもねェんだよ」
「…なるほど」


阿伏兎の言葉は、私がうだうだ考えて出した結論よりよっぽどシンプルでわかりやすい。そして合理的だ。こんなことなら最初から阿伏兎に相談すればよかった。


「ったく。ガキの恋愛相談なんて聞かせやがって、くだらねェ」
「…ちょっとまって、どこが恋愛相談?」


聞き捨てならない言葉だ。今までの話のどこに恋愛要素があったというのか。むしろ身寄りがなくなるとか、家なき子的な話じゃないのか。私の言葉に、阿伏兎はうんざりした顔で両手を広げて見せた。うーん、感じが悪い。


「はっ、自覚なしかよ。あの団長の相手をするのは大変そうだと思っていたが、こりゃあ苦労すんのは団長の方かねェ」
「なにそれ、どういう意味?」
「そのままの意味だよ。あーかゆいかゆい。全身がかゆいねェ」


そう言って、わざとらしく身体をかく仕草をする阿伏兎。…まじで感じ悪くない?斬っていいかな。ちょっとイラッとするぞ。


「ま、んなことはさておき」


私の殺気を察したのかどうかはわからないけれど、突然話題を変えようとする阿伏兎。まあでも、この部屋に呼び出したのはちゃんと理由があるらしかったのに先に世間話を始めたのは私の方なので、とりあえず阿伏兎の話を黙って聞くことにする。


「お前さんも戦えるようになったんだ。次からは仕事の方にもきっちり参加してもらうぜ。俺たちは慈善事業やってんじゃねェんだ。働かざる者食うべからずってな」


そう言って、阿伏兎は懐から一枚の紙を取り出してテーブルに広げた。そこにはご丁寧にも作戦内容が記載されている。こんなもの作るなんて意外と几帳面なのかなァなんて思っていたら、阿伏兎はあからさまに面倒くさそうにテーブルに頬杖をついてそっぽを向きながら話し始めた。


「作戦内容はこれに書いてあるから読んどけ。言っとくが普段はこんなもん作らねェ。今回は第一師団との合同作戦だからな、仕方なく用意しただけだ」
「…はあ、第一師団」


これもざっくり教えてもらったことだけれど、春雨には第一から第十二までの師団があって、私が乗っているのは第七師団の船、第一師団は団長不在のために神威が兼任で団長をしている、らしい。つまり神威は今、春雨の「提督」であり「第一師団団長」であり「第七師団団長」であるという事らしい。


作戦内容をぱっと見る限り、…とりあえず字が多くてめまいがする。


「ごめん阿伏兎、結局これ私は何をすればいいの?」
「おーいおい、そこに書いてあるっつったろォ?お前さんも案外話聞かねェな」
「長くて読むの面倒くさくって」
「はーッ。要するに俺たちァ陽動、好き勝手暴れとけってこった」
「…なるほど」


分かりやすいなぁなんて思っていたら、相変わらず面倒くさそうな顔で「俺たちに回ってくんのは昔っからそんなもんだ」と吐き捨てた。まあそうだろうな、そういうのは得意だろうしね、団長を筆頭に。


「でも、第一師団ってほとんど崩れかけなんじゃなかったっけ?」
「だからこそ、立て直しに必死なんだろうよ。新しい師団長もさっさと決めてもらわねェとな」
「前の師団長は神威が殺しちゃったんだっけ?んで、そのときの戦いで春雨全体ボロボロなんだっけ」
「そうさなァ。今やウチ以外でまともに残ってんのは、元々団員を持たない第三と、第四くれーのもんだァ。まァウチも絶滅寸前の種族がさらに減らされちまって大損害だけどな。宇宙最大の犯罪組織が全く嘆かわしいぜ」
「一つにまとめちゃえばいいんじゃないの、春雨」
「あの提督様が団体行動できるタイプに見えるかァ?」
「見えませんね」


なるほど、つまり神威にとっては今の半分無法地帯の方が好き勝手出来ていいってことなんだろう。んで、阿伏兎は宙ぶらりんの組織が崩壊しないように何とかやりくりしていると。ううん、阿伏兎のお母さんみがすごいなァ。


「阿伏兎、いいお母さんになるね」
「オイ、そりゃ馬鹿にしてんのか?えェ?すっとこどっこい」
「いえいえ、めっちゃ褒めてますとも」
「ったく。とにかく次の星についたらすぐ仕事だ。準備しとけよ」


そう言って、軽くテーブルをたたいて立ち上がる阿伏兎。なんだかんだ言って優しいところがまたお母さんみがあるといったらきっと怒るだろうなァ。


「そういえば」
「あん?」
「夜兎族って絶滅寸前の種族なんでしょ。阿伏兎も彼女作って子作りすればいいじゃん。いいお父さんになるよきっと」
「余計なお世話だ!」


怒った様子で部屋を後にする阿伏兎。うーん、本気で言ってるんだけどなァ。面倒見がいいタイプだから、子供の世話とかちゃんと焼いてくれそうだよね。なんてことを思いながら、私も阿伏兎について部屋を後にした。


Scene.2


作戦の話は聞いたものの、目的の星に到着するまでややしばらくあるようなので、暇な時間を展望室みたいなところでのんびり過ごすことにした。部屋からレジャーシートとお菓子、花の本に、キッチンからコーヒーを持ってきた。床にレジャーシートを敷いて、コーヒーを置いて、その横にお菓子をセット、ちょっと離れたところに本を置いて、自分は開いたスペースに座れば、ちょっとしたくつろぎ空間の出来上がりだ。


男所帯の船、それもみんながみんな協調性がないもんだから、船の中に楽しめるスペースなんて何もなくて、リフレッシュは大体ここで一人プラネタリウムをしている。そのうちどこかで折り畳みのイスとテーブルでも買おうかな、なんてちょっと思ったりもしている。


今宇宙のどの辺を移動しているとかは知らないけれど、浮遊物とか、遠くに見える星とかは、やっぱり進んでいくごとに少しずつ変わっていく。今はめちゃくちゃ遠いところに、赤い星が小さく見えている。その星を目で追いかけながら、コーヒーを一口すすった。


阿伏兎はいっていた。以前の戦いで、絶滅寸前の種族がさらに減ってしまったって。阿伏兎やみんなが子孫繁栄にどれくらい感心があるのかはわからないけれど、新しい夜兎族を増やすには、夜兎族同士で夜兎族の子供をたくさん作って…って、するのがいいんだよね、きっと。夜兎族と他の種族…例えば人間の子供って、きっと純粋な夜兎族より弱くなるんだよね?どっかの漫画の戦闘種族みたいに代を追うごとに強くなっていくわけじゃ…ないよね?きっと…


そうだ。夜兎族にどれくらい女性がいるかは知らないけど、夜兎族は夜兎族同士で結婚して、夜兎族の子供をたくさん作るのが一番いいんだ。阿伏兎も、みんなも、…神威も。


…あれ、なんだろう、なんだか胸がもやもやする。みんなが誰とどこでどうなって何しようが、私には関係ないはずなのに。なんで、…ちょっと寂しいような気がしてしまうんだろう。


そんなことを思っていると、後ろで扉が開いた音がした。「いたいたー」なんてとぼけた声で入ってきたのは…


「なにー」


振り返って見た神威はいつものニッコリ顔だ。とは言っても、今までと違って殺気はまったく感じない。この間の戦い以来、神威が私に殺気を向けることはかなり少なくなった。…まあ、隙あらば攻撃されることも、ないわけじゃないんだけど。


「なんか作ってくれない?次の星まで寝てようと思ったんだけど、飽きちゃってさァ」


そんなことを言いながら、レジャーシートの狭いスペースに腰を下ろす神威。背中合わせになるように座るので、私の背中に神威の背中が少しくっついて、なぜだか少しドキッとした。


っていうか、寝るの飽きたって、赤ちゃんか!とちょっと思ったけれど、余計なツッコミな気がしたので言わないでおくことにする。


「だめ。もうあんまり食料がないから、次補給するまで余計なもの作るなって阿伏兎に言われてるもん」
「えー?誰だよそんなに食べたの」
「自分でしょ!この間馬鹿みたいに食べてたじゃない!」
「そうだっけ?」
「そうでしょ!」


そっかー、なんていいながら背中を反らすので、神威の頭が私の肩にこちんと乗っかる。…っていうか、前にも思ったけど、神威って結構近くない?近いよね?すごくぐいぐい来るよね?


意識してしまうのがなんだか悔しくて、何か別の話題はないかと辺りに視線を巡らせると、コーヒーの横にあるお菓子が目に留まる。…神威に食べ物を与えるのはなんだか気が引けるけれど、この場合は仕方ない。


「そうだ、お菓子あるよ。半分上げる」
「お菓子?」


私の肩にもたれかかったまま、首をこちら側に向ける。一本だけ伸びてる触覚みたいなアホ毛が頬にあたって、すごくくすぐったい。ちょっとだけアホ毛を手で払いのけてからお菓子の箱を取り上げて、可愛らしいキャラクターの絵柄が書いた蓋を開ける。


「チョコレートかァ」


ちょっとうれしそうな声で神威が言った。さっきまで背中合わせだった体をほとんどこちらに向けて、私の肩にあごをのせるようにして覗き込んでいる。…離れる気はないらしい。うーん。


「この間地球に行ったときにさ、みんなが積み込み作業してる間にこっそり買ってきたんだ。子供のころにこのキャラクターのついたお菓子食べたことあった気がして」


舌をペロッと出した女の子のパッケージ。産みのお母さんが時々買ってくれたのに、同じキャラクターが書いてあったはず。そんな私の話を聞いているのかいないのか、さっそく手を伸ばしてチョコレートを一粒つまみ、ひょいっと口に放り込んだ。


「地球のチョコレートおいしいよね」
「そうなの?ほかの星のチョコレートはあんまり食べたことない」
「どこの星だったかなァ、甘いものが苦手な種族だからって、塩味のチョコレート食わされた事あったなァ」
「まずっそー」
「さすがにまずかった。あーあ、地球で買い物するなら俺も誘ってくれればよかったのに」


あんたに見つからないように「こっそり」行ったんだよ、とは口に出さずに、ははは、と笑った。だって神威と食料なんて買いに行ったら有り金なくなるもん…冗談じゃなく…。なんて思っている間に、二個、三個と次々口に放り込んでいく神威。チョコレートは大量食いするものじゃないんだけどな、なんて思いながら、置いてあったコーヒーを一口含んだ。


ふと、さっきまで考えていたことを思い出した。阿伏兎は同胞が減ってしまったことを嘆いていたけれど、神威はどう思ってるんだろう。なんとなく、聞いてみたくなった。


「…ねえ、神威」
「なに?」


四つ目のチョコレートを口に放りながら答える神威。


「夜兎族ってさ、絶滅寸前なんでしょ」
「そうだね」
「それについて、神威はどう思ってる?」
「どうって?」


私の手からコーヒーを奪い取って、ぐいっと飲み干す。…コーヒーは一気飲みするものじゃないんだけどな。なんて思いながら、話を続ける。


「阿伏兎が言ってたの、前の戦いで、いっぱい仲間が死んじゃったって。だから、その…子孫繁栄、とか、仲間を増やそうとか、そういうことを…考えたりするのかなって」
「んー、俺はどうでもいいかな」


マグカップをレジャーシートの端に除けて、五つ目のチョコレートを放り込む神威。


「阿伏兎は夜兎族オタクみたいなところあるから、気になるかもね。でも俺は別に、強ければ夜兎族だろうとそれ以外だろうと、なんでもいいよ」
「じゃあ、結婚相手は夜兎族じゃなくてもいいの?」
「んー」


神威にしては珍しく、ちょっと考える素振りを見せる。その間も六個、七個目のチョコレートを…ちょっとまて。このチョコレート十二個入りなんですけど?何私の分も食べてんの、ぶっ殺すぞ。


「っていうか俺、夜兎族の星で生まれたわけじゃないから、正直夜兎族の女って全然知らないんだよね」
「えっ、そうなの?」


意外な新事実発覚…かと思ったけれど、そういえば阿伏兎が前に、神威のお母さんの事を「星の最後の生き残り」って言ってたし、別の星で生まれててもおかしくないのかもしれない。


「母星は滅んじゃったからねー。俺は烙陽って星で生まれたんだ。その星には夜兎族は俺たち家族しかいなかったから、夜兎族の女は妹と、地球の商戦に乗ってる何とかってお姉さんくらいしか知らないなー」
「そう、なんだ…」


神楽ちゃん意外にようやく初めて聞く夜兎族の女性…といっても名前すらわからないけれど、本当に存在したんだなァと、少し感心するような気持になってしまう。といっても、たった二人なんだけど…。


「ところでさー」


私が思考を巡らせていると、いつも通りのとぼけた声でそう言った神威。振り返るには距離が近すぎるので、代わりになに?と答える。


「何でそんなこと聞くの?」
「え…と、なんとなく…?」
「ふうん?」
「…だって、私みんなの事何も知らないなって思って」


干渉するわけじゃないけど、何も知らないのは置いてきぼり感あってちょっと寂しいなって思うから。…そう思っていたら、不意にふわっとチョコレートのにおいが強く香った。


「俺のこと、知りたいの?」


匂いの方に顔を向けるより早く、私の首をすり寄るように滑って、神威の唇が私の耳に寄せられる。チョコレートの強いにおいと生温かい息、身体に直接響いてくる声。肌と肌が直接触れ合って、神威の体温が伝わってくる。…初めての感覚に、全身がぞくりとする。


「ちょ…ちかッ…ちかいって!」


そんなんじゃないから!と言いながら身体を曲げると、ちぇー、なんて言いながら離れていく神威。といっても、元の背中合わせに戻っただけだけれど。


神威は全然平気そうだ。こっちは心臓バクバクで、全身あっつくて、多分顔も真っ赤になってるっていうのに。


悔しい。悔しすぎて、おでこを膝にのせて小さく縮こまる。体の隙間から、神威が私の分のチョコレートをひょいひょい取り上げるのが見えたけれど、そんなことを気にしている余裕なんて微塵もなかった。


アトガキ ▼

2021.02.08 monday From aki mikami.