罪と罰と恋と愛


Scene.1


みんなが大立ち回りやっているのを尻目に見ながら、襲い掛かってくる敵を片手間で斬り捨てた。


正直作戦内容を全く把握していなかったから、ここで戦えと言われた瞬間、目の前に軍勢が広がっていたので苦い顔をしてしまった。私は基本一対一の戦いが専門だし、体力もないし、そもそも刀は一対多をするのに向いているものではない。多少なら私も相手できるけど、出来ればやりたくない。刀で多数を相手にできるのは、相手とよほど実力差がある場合か、そういう風に訓練されてきた場合だけだと思っている。


というわけで、「みんなが取りこぼした奴を斬ってるから斬りこみよろしく!」と宣言して、のんびりみんなの後ろを着いていっているというわけだ。ちなみに私がその言葉を言っているとき、神威はすでに視界から消えていた。まあそうだよね。我先にと飛び出して行ったからね。


一人だけ楽をしているかというとそういうわけでもなく、戦場に一人女がいるもんだから結構狙われる。弱そうなやつから狙うのは定石だから仕方ないけれど、普通にむかつくし結構つかれる。殺さないように手加減して斬るのも結構神経つかうんだけどな?と思いながら目の前の敵を斬っていると、不意に子供の泣き声が聞こえる気がした。


ここがどういう場所かは分からないけれど、周りにはある程度建物があるので、子供が住んでいてもおかしくない。もしかして逃げ遅れたんだろうか、そうだったら助けてあげないと。急いで泣き声の出所を捜す。


泣き声はどうやら前線の方から聞こえるようだった。神威が戦っているのが最前線として、そのちょっと手前、みんなが戦っているところの方…


「いた!!」


崩れたビルの陰に、泣いている男の子が見える。転んでしまったのか、座り込んで足から血を流して泣いている。ひどい怪我はなさそうだけれど、すぐ近くで戦っているやつもいるし、すぐに非難させないと。


大急ぎで走って男の子に近づく。地面が崩れたり倒れたやつが転がってたりして足場が悪いけれど、何とか転ばずに男の子までたどり着く。その瞬間敵の放った銃弾が私たちの横をかすめていった。


「君、大丈夫?立てる?」
「うッ…うん…」


私が来たことで少し冷静になってくれたんだろうか、依然泣いたままではあるけれど、何とか会話できそうだ。しゃがみ込んで男の子と目線を合わせた。


「ここは危ないから、早く逃げよう」
「でも、お母さんとはぐれちゃって」
「えェ?」


こんな時に!と思った瞬間に殺気を感じて、顔は向けずに刀を振り抜いた。男の子はびっくりしていたみたいだけれど、斬った感触があったからとりあえずそれでいい。今はそんなことを気にしている場合じゃない。そう思った矢先に、銃弾が私たち目がけて飛んできた。男の子の頭を両手で包み込んで弾を回避する。


「お母さんもきっと安全なところに避難しているかもしれないし、とにかくここから離れよう」
「…うん」


ちょっと納得いっていなさそうだったけれど、涙をぬぐって浅く頷いた男の子。私はその手を握って立ち上がり、どちらに逃げたものかと辺りを見回した。


そのとき、目の前にある5階建てくらいの建物の上に人影があるのが見えた。直感的に思った、さっきの銃弾はあいつだと。そして、あいつはまだ私たちを狙っている。そう思った瞬間に、後ろから殺気を感じた。どうしてこう次から次へと!後ろに向かって刀を振り抜いて、そのまま遠心力で体をビルの際に滑り込ませる。狙いを定める前にここから逃げないと。そう思った瞬間、今度は前から銃弾が飛んできて、咄嗟に避けたけれど、右肩を少し掠めていく。ああ、これだから一対多は嫌いなんだ…。


向こうの角から少しだけ顔を出してこちらを狙っているやつが二人、上から狙ってくる奴が一人。…前の二人はどうにかなるとしても、上の一人はどうしたものか。悠長に考えている暇はない…けど。


こうなったら特攻しようかと思った瞬間、上の方でものすごい破壊音が聞こえた。その直後、私たちの目の前に、銃を持った男…たぶん私を狙っていただろう男が落ちてくる。そのすぐ後に、その男を踏みつけるように神威が勢いよく降りてきた。


「神威…」
「そのガキさっさと連れていきなよ、邪魔だから」


そう言いながら、角に隠れた二人に向かって突っ込んでいく。撃ち込まれる銃弾をよける様子もなくまっすぐ。…いや違う。今のは避けれるけど避けなかったんだ。避けたら私たちにあたってしまうから。


「でも…」
「いいから早く行きなよ。俺の戦いの邪魔するなら、ガキだろうと殺しちゃうぞ」


そう言った神威は殺意むき出しで、本気で言っているのが分かる。でもそれは裏を返せば、戦いの邪魔さえしなければ殺すつもりはないってことだ。


「すぐ戻る!」


言いながら、男の子を肩に担ぎ上げる。きっと担がれ心地は悪いだろうけど、こうした方が絶対早いから我慢してもらう。早くこの子を安全なところに連れていかなくちゃ。


急いで神威の横を通り過ぎる。戦渦の音が小さくなっていくのを背中に感じながら、ひたすらに走った。


Scene.2


男の子のお母さんが奇跡的に見つかって、二人を安全な場所まで誘導することが出来た。念のため周りに注意しながら逃げるように伝えて二人と別れた。男の子のお母さんは泣いて喜んでくれて、助けられてよかったと心から思った。


ようやく戦場に戻ってきたとき、戦いはほとんど決着がついているようだった。立っているのはほぼ第七師団のメンバーで、転がっている死体や怪我人はみな同じピンバッヂを付けた連中ばかり。相手が何者なのかは正直作戦書を読んでないのでわからないけれど、ごろつきというにはまとまりがありすぎるし、軍隊というには品がなさすぎるので、多分何かの組織なんだと思う。


辺りを見回して、神威の姿を探す。神威の事だから、死んだり重傷を負ったりはしていないと思うけれど、助けてもらった後だ、様子を確認しておきたかった。


神威は戦場の真ん中で、傘をくるくる回して立っていた。もうまともに戦える相手がいないことがわかってつまらなくなったんだろうか。呼びかけながら駆け寄ると、さして興味もなさそうに振り返って、おかえりー、といった。


「もう終わっちゃったよー。さっさとずらかろうって阿伏兎が言ってた」
「え、もう?」
「あとは第一の仕事だから、俺らはもういいんだってさ」


やっぱり興味なさそうに傘をくるくるしている。まあ神威からすれば、戦えないならどこで誰が何をしていても関係ないんだろうな。なんて思っていると、どこからか声が聞こえる気がして、辺りを見回した。


「…おーい」


やっぱり聞こえる。それも…下から?足元を見ると、私が立っている瓦礫の隙間からにょきっと手が生えていた。えっ!誰か埋まってる?!


「どどど、どうしよう、え、埋まってる?!助け、助けないと!」


一人で慌てていると、神威が隣でのんきそうに「仕方ないなァ」なんて言いながら、瓦礫から生えている手をつかむ。そのまま大根抜きより簡単そうにひょいっと掴みあげると、当然瓦礫は崩れて夜兎族のお仲間が姿を現した。当然私の足元も崩れた、おかげで転んだ。まあでも知らずにとはいえ踏んづけてた私も悪いから、ここは我慢する。


「ほら、さっさといくよ」


そう言って神威は船の方に歩き出してしまう。他のみんなもぼちぼち引き上げていくようなので、私もとりあえず神威についていくことにした。


Scene.3


「…ごめんなさい、あの、踏んじゃって」


そう言いながら、さっき瓦礫から出てきた人に謝った。正直、名前が思い出せない。夜兎族にしてはかなりおっとりしてて、料理がうまい人だったと思うんだけど…ううむ。


大丈夫だよ、ははは、なんて笑いながら頭を掻いている。ああ、ダメだ…やっぱり名前が出てこない…。でも、絶対名乗ってもらったはず。とりあえず、忘れたことがばれなければいいかと思って、素知らぬ顔で会話を続けることにした。


「どうしてあんなところに埋まってたの?」
「うーん、団長が瓦礫と一緒に上から降ってきてねえ」
「えっ」
「全然避けてくれないもんだから、避けてくれるまで待つかー、と思って」


そんな悠長な。夜兎族にもこんなにのんびりした人がいるんだな、とちょっと驚いてしまった。


「それにしても、団長がまさか助けてくれるなんて思わなかったよ」
「…え?」
「以前の団長だったら、むしろ殺されていたかもしれないね。弱い奴には興味ないから」
「…そう、なんだ」


出来るだけさらっと答えたつもりだったけれど、正直少しドキリとした。そういえば、前に阿伏兎も似たようなことを言っていた気がする。つまり、昔の神威は仲間さえ手にかけるようなタイプだったけど、それが何かのきっかけで変わったってことだ。…それがどうしてなのか、どうしても気になってしまった。


「どうして、神威は変わったのかな」
「うーん、どうしてかは、正直詳しくはわからないな。阿伏兎が詳しいと思う」
「…そっか」
「でも、多分『烙陽』での戦いの後からだと思うよ」
「烙陽…」


そうだ。神威のうまれた星が、確か『烙陽』だと言っていた。その時の戦いで、神威の心情に何らかの変化があった…?


「そのとき、俺たち第七師団は春雨に裏切られて半分ぐらいやられてるんだよね」
「えッ」
「まあ春雨側もそこでかなりの戦力削られてるんだけどね」


あはは、なんてのんきにいうもんだから大したことないように聞こえてしまうけれど…もしかしなくても、阿伏兎が言っていた「春雨全体がボロボロになった戦い」って、そのときのことじゃないだろうか。そう何度もボロボロになるものでもないだろうし。


「裏切られたっていうのは、なんで?」
「うーん、話せば長くなるんだけど、要はそのとき春雨を仕切ってた元老たちが殺されて、組織そのものが乗っ取られてねェ。で、その乗っ取った奴の敵と団長が協力関係なんて結んでたもんだから、俺たちも春雨から追われる身になったってわけ。っていうか、乗っ取られた時点で春雨って組織は一度崩壊してるんだよね」
「ええ…初めて聞いた…」


なんか叩けば誇りが出るみたいな状態で、聞けば聞くだけどんどん新しいことが増えていく。きっと阿伏兎に聞けば、私の知らない事実がもっともっと出てくるに違いない。…っていうか、一度春雨が崩壊してるってことは…。


「今私たちが名乗ってる春雨って…何?」
「んー…なんだろうね」
「えェ…」
「今生き残ってるやつ、特に俺たち第七師団は、戦う理由があればそれでいいっていう連中ばかりだからねェ」


さっきと変わらずおっとりした顔だけど、とんでもないことを言う。ううん、やっぱり夜兎族って、神威だけじゃなくて、そもそも血の気が多い種族っていうのは間違いないみたいだ。実際のところは阿伏兎に聞いてみないと分からないけれど、現存している春雨は私が知っていた「犯罪シンジケート」ではもうなくて、戦う事そのものを目的とした、ある意味本当の「宇宙海賊」ってこと、…で、いいんだろうか。


それにしても。目の前の神威の背中を見ながら思いを巡らせる。


その烙陽での戦いで、一体神威に何があって、どんな心境の変化があったんだろう。みんなは神威が『変わった』って言い方をしているけど…本当にそうなんだろうか。前に神楽ちゃんが言っていた言葉を思い出す。「神威は本当は優しいのに、優しくないふりをする」それが真実なような気がしてならない。けど、そんなこと神威に聞いたって答えるわけがないし…。


ひとまず、船に戻ったら阿伏兎に聞いてみよう。神威の背中を見つめながらそう思った。


アトガキ ▼

2021.02.09 tuesday From aki mikami.