罪と罰と恋と愛


Scene.1


夜ごはんの時間。みんなが山のような食事を平らげる中、みんなの茶碗一杯にすら届かない量の食事をお盆にのせて、阿伏兎の前に座った。阿伏兎は一瞬食べていた手を止めて、心底面倒くさそうな顔をした後、また食事を再開する。


「ねえ阿伏兎」
「うるせェ。俺ァ食事中だ」
「ちょっとだけ話が…」
「恋愛相談ならまっぴらごめんだぜ」
「だから恋愛じゃないって。…まあ、あいつのことだけど」
「顔に書いてあんだよ。ったく」


手を止めて、ポリポリと頭をかきながら私を見る阿伏兎。面倒なのはわかっているけれど、正直阿伏兎以外に頼れる人がいないから、どうにか折れてもらうしかない。じっと見つめ返していると、はぁー、と超巨大なため息をついたあと、これまた面倒くさそうに言った。


「…あとで部屋に行くから待ってろ。ここだと団長の目が怖ェ」
「あ、…はい」


目線だけで辺りを見回してみると、結構離れたところから神威がこちらを見つめている。…しかも、なんだか殺気がすごい。多分、噂話しているのがばれている。まずい。このまま続けたら非常にまずい。


何も話してませんよとアピールするように、急いで食事に手を付ける。とにかく一言もしゃべらずに、食べることだけに集中することにした。


Scene.2


食後のコーヒーを持って部屋に戻って、静かに阿伏兎を待っていた。もしかしたら阿伏兎も飲むかなと思って、一応ステンレスポットにおかわりと、もう一つマグカップも用意してある。準備が出来ているのを見計らったように、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


答えると、阿伏兎が入ってくる。やっぱり面倒くさそうな顔をしているけれど、なんだかんだでこうして来てくれるところが面倒見のいいところだと思う。この部屋には座れるところがベッドとスツールの二つしかないので、とりあえずスツールに座るよう勧めた。ステンレスポットからコーヒーを注いで、阿伏兎のすぐ隣の小さなデスクに置いたあと、自分はベッドに腰を下ろした。飲むかどうかは置いといて、もてなす側として用意は必要だよね、うん。


「…で、何が聞きてェんだ」


マグカップを手に取ったと思ったら、けだるそうにそう言って、コーヒーを一口すすった。


「ええと、まあ、あいつの事なんですけど…」
「ま、大体わかるぜ。…団長の母親のことだろ」
「すごい、阿伏兎エスパーだ」
「いずれ聞かれると思ってたからなァ。直接聞いても団長は話さねェだろうし」


マグカップをデスクの上に置いて、ぼりぼりと頭をかく阿伏兎。…やっぱり、そうだよね。直接聞いても話してくれるわけないよね。分かっていたことだけれど、ほんの少し胸がドキリとなった。


「俺から聞いたっていうなよ」


阿伏兎が念を押すように睨むので、何度も頷く。大丈夫、絶対言いません。言った場合、ぶっ飛ばされるのはきっと私も同じだからね。


「…お前、アルタナってわかるか」


私の反応を見た阿伏兎が、静かに話し始めた。


「アルタナ…?」
「星そのものがもつエネルギー…星の命っていうのかねェ。地球にバカでかいターミナルっつー建物あんだろ。あれを動かしてる巨大なエネルギー、それがアルタナだ」
「…なるほど」


なんだかいきなり壮大な話だけれど、なんとなく理解はできる。けど、それが神威のお母さんとなんの関係があるんだろう。阿伏兎はまたコーヒーを一口すすって、ふぅ、と息をついた。


「このアルタナってのは、ほとんどの生物にとっては毒でしかなくてな…俺たちの母星、徨安は、大戦のときに受けた攻撃で、アルタナが地表に流出して、人の住めねェ星になった」
「え…どうして、星が攻撃されなきゃいけないの?」
「夜兎族の強大すぎる力を恐れた連中が、星ごと一族を根絶やしにしようとしたのさ」
「…そんな」


ひどすぎる。そんな身勝手な理由で人の命を奪うなんて。そう思っていたら、阿伏兎は私の考えを察したのか、ちょっと呆れたような顔をした。


「お前さんはあまちゃんだからなァ。そんなのひどすぎる、なんて思うかもしれねェが、戦争なんざそんなもんだろ。テメェが殺られる前に殺る。戦いの基本だ」
「…そうだけど」


なんだか納得がいかない。もやもやしてしまう私と違って、阿伏兎はなんてことはないように話を続けた。


「徨安はアルタナの影響で異形化した生物たちの巣窟になり、一族は星を追われることになった。…だが、そんな死の星で、アルタナの影響で不老不死の体を手に入れた一族がいた。…団長の母親は、そんな不老不死の一族の末裔だったのさ」
「不老、不死…」


ちょっとなんだかもう、話のスケールが大きすぎて、頭が付いていけなくなりそうだった。だって不老不死なんて、物語の中だけの話だと思っていたから。…それが実在して、しかも神威のお母さんだったなんて、そんなことすんなり信じられるわけがない。けれど、そんな壮大な冗談を言うほど阿伏兎はお茶らけていない。信じられないけれど、本当の事だと思うしかない。


「だがそれも、徨安のアルタナを浴び続けていればの話だ。…徨安から出ちまえば、そう長くは生きられねェ。徨安を出て烙陽で暮らし始めた母親は、団長の妹を産んだころから病気がちになったらしい。…アルタナが枯渇して、うまく身体を保っていられなくなったんだろうな」

そこまで言ったあと、阿伏兎はマグカップを持ち上げて、ぐいとコーヒーを飲みほした。…その顔は、阿伏兎にしては珍しく、物思いにふけるような表情だった。


「何年前だったか…団長がまだちんまいガキの頃、俺たち、当時の春雨第七師団はたまたま烙陽にいた。そこに、母親の事を知った団長が殴りこみに来たのさ。俺と母さんをこの星から連れ出せってな」
「星に戻れば、神威のお母さんはよくなったの…?」
「さァな。何もしないでそこにいるよりはマシだったんだろうが、実際のところはよくわからん。ただ、団長の父親も、母親自身も、それを…家族の元を離れてまで命を繋ぐことを、よしとはしなかった」


ふう、と息を吐く阿伏兎。私の手は、いつの間にか汗でぐっしょり濡れていた。


「だから団長は、家族であることを捨てて…父親を殺し、母親を連れ出そうとした。結果返り討ちに合い、帰る場所がなくなった団長は、俺たち春雨に入る形で家を出た」


心臓がばくばくと音を立てていた。これは、本当に人から聞いてしまっていいことだったんだろうか。…神威本人から聞くべきことだったんじゃないだろうか。でも、こんなことを神威が話してくれるとはとても思えない。…だからこそ、阿伏兎もこうやって話に来てくれたんだ。


「…神威のお父さんは、どうしてお母さんを星に返さなかったんだろう」
「さァな。…だが、てめェの命より家族と生きることを選んだのは団長の母親自身だ。…まあ、それでも星海坊主はテメェの女を生かすために、家族を残してアルタナの結晶石を探し回っていたらしいがな。…家族を捨ててでも、テメェの女を救おうとした…いや、家族を守ろうとしたのか…わからねェがな」


神威も、星海坊主さんも、同じ人を救うために、…お互いを捨ててでも、お母さんを救うために戦った。目的はきっと同じだったはずなのに、どうしてすれ違ってしまったんだろう。


「家族を救うために家族を捨てた父親と、家族を救うために家族を捨てた息子、殺しあうのも時間の問題だった、ってこった」


頭の中に、ぼんやりと浮かんだ。病気の母親、幼い妹、帰ってこない父親。神威がどんな気持ちになったかは想像するしかないけれど、それが私だったら…それはきっと、とても寂しくて、心細くて。


私だったら、どんな選択をしていただろう。


「烙陽での戦いのあとで、神威が変わったのはどうして?」
「それは、…まァ、妹のおかげだろうな」
「神楽ちゃん?」
「…と、あの万事屋たちだな」


ここでまさか万事屋さんの名前が出てくると思わなくて、ちょっと驚いてしまった。たしかにあの人も腰から木刀下げてたし、神威に目を付けられるくらいだから腕の立つ人なんだろうとは思っていたけれど、夜兎族同士の戦いに入り込めるものなんだろうか。


「あの妹が壊れかけた家族を繋ぐ最後の希望だった、ってことだったんだろうな」
「バラバラになった家族が、そこで一つになれたってことなのかな」
「さァな。…ただ、長ェ間の親子喧嘩、兄妹喧嘩に、あそこで決着がついたってのは間違いねェ」
「お互いの気持ちが…通じ合ったのかな」
「それは俺にもわからねーよ。俺にわかるのは、結局団長も星海坊主も、誰も家族を殺すことはできなかった、ってことだけだ」


そういって阿伏兎は立ち上がる。きっと、もうこれ以上話せることはないってことなんだろう。…私の頭の中は、神威のことでいっぱいだ。私は兄弟もいなかったから、神威の気持ちは正直わからない。だから、頑張って想像するしかない。…想像する事すら、失礼なのかもしれないけれど。


「あ、そーだ」


ドアの前で立ち止まった阿伏兎が、首だけでこちらを振り返った。すぐ出ていくものだと思っていたので、何事だろうと阿伏兎を見つめる。


「お前さん、この先どうすんだ」
「どうするって?」
「春雨に正式に入団するかどうかってこった。一応今のお前さんは『商品』ってことになってんだ」
「商品…人身売買的な?」
「他人事だなァオイ。でも、そういうこった。第一師団の連中が、買い手がねェなら引き取りたいって言ってきてんだよ。…ま、団長がいいとは言わねェと思うが…一応お前さんの意見も聞いておかねェとな。元老たちが死んで犯罪組織としてはほぼ機能していないとはいえ、別にいいことして回ってるわけじゃねェ。お前さんのいた組織と似たようなことだってやることもあるだろう。それでもここに居続けるのかどうか…お前さんが決めるこった」
「…」


確かに、私が知っている宇宙海賊春雨は「犯罪シンジケート」っていうくらいだから、当然人に言えない後ろ暗いことをする組織だ。慣れているとはいえ、やりたくないこともたくさん回ってくるかもしれない。…また殺さなくちゃいけない時がやってくるかもしれない。


「…一応言っとくが、俺たち夜兎はお前さんが考えてるほど優しい種族じゃねェ。古い習わしだが、「親殺し」なんてのもあったくらいだ。お前さんのようにあまちゃんな考え持ってる奴なんて、一人もいねェよ」
「…うん」
「すぐに答えを出せとは言わねェ、適当に考えとけよ」


そう言って、阿伏兎は部屋をでて…行こうとして、なぜか足を止めた。…何だろう。まだ何かあるの?と聞こうとしたけれど、結局特に何も言わないままで部屋を出て行った。…なんだったんだろう。


「…ま、いいか」


そんなことより、今はいろいろ考える事がある。


結局一口も飲んでいなかったコーヒーを飲もうと、マグカップに手を伸ばした。


Scene.3


お風呂に入るついでに使い終わった食器を下げようと思って、お風呂道具と食器を持ってキッチンまでやってきた。すると食糧庫の方から音が聞こえたので、まあ大体の予想が付きつつ食糧庫を覗くと、案の定神威がむしゃむしゃと何かを食べていた。よくある光景なので別段驚きもせず、「食べ過ぎないでよ」と声をかけて、さっさとお風呂に向かった。お風呂といってもシャワールームがいくつかあるだけで、浴槽は残念ながら設置されていない。前に誰かが「地球にある露天風呂は最高だ、あそこで飲む酒は最高にうまいぜ」って言っていたけど、それは誰だったかな。


ドアに「使用中」の札をかけて、中に入る。札は阿伏兎に言われて私が手作りした奴だ。…まあ、私以外は男なのでこんな札必要ないから、手作りしなきゃいけないのも仕方ない。


戦いばかりの男所帯であまりきれいなシャワールームとは言えないけれど、これでも私が来てからはだいぶきれいにした方だと思う。とりあえず脱衣所はホコリやらカビやらをある程度きれいにして、脱衣かごをいくつか用意してもらって、今まで適当にその辺に放置していた着替えとかを仕舞うようにしてもらった。シャワールームだって、タイルとか排水溝とかを私の当番のときに徹底的に綺麗にした。その後はみんな比較的きれいに使ってくれているおかげで、今は黒カビもピンクぬめりもない。


というわけで、結構快適になった脱衣所で服を脱ぎつつ、さっき阿伏兎と話したことを思い返していた。


考えることはたくさんあるけれど…そもそも、私は一体どうしたいんだろうか。それは春雨に入るかどうかもあるけれど、神威の過去を知って私は何をしたいのか、ということもある。


知りたい、わかりたい衝動が止まらなくて…本人以外の人から聞くなんて言う、ちょっと失礼な方法まで使って、神威の過去を探って…私は、何がしたいんだろう。…何ができるんだろう。


そもそも私は、春雨に入るかどうかすら、迷っているというのに。


壁にかかっている鏡に映る自分。あっちこっち古傷だらけで、お世辞にもきれいな肌とは言えない。戦うことで、…殺すことで、生きてきた。どんなに殺すことを、傷つけることを拒否しても、今までしてきたことは、なかったことにはならない。この身体の傷が、一生消えることがないように。


「ねー」


突然自分以外の声が聞こえて、心臓が飛び出そうなほど驚いた。咄嗟に身構えて後ろを振り返ると、脱衣所の入り口になぜか神威が立っている。…反射的に目の前にあった脱衣かごをぶん投げて、その場にしゃがみ込んで体を隠した。神威は脱衣かごをひらりと避けて、何もなかったようにこちらに歩み寄ってくる。


「何してんのこのド変態!!使用中の札見なかったの?」
「そんなことよりさー」
「そんなことじゃない!出てってよバカ!」
「そんなことだよ。…ねェ」


ぐっと腕を掴んで引っ張り上げられる。振りほどこうともがくけれど、骨が折れそうなほど強くつかまれた腕がミシミシと音を立てる。怒っているわけではなさそうだけれど、いつもと少し違う感じがする。痛みで身体を隠している余裕もなくて、せめてぶん殴ろうとした左の腕も掴まれて、全身をぐいと引き寄せられる。顔を上げると、息がかかるほど近い距離に神威の顔があった。


「…さっき、阿伏兎と何話してたの?」
「…え」


どんなひどいことを言われるのかと思ったけれど、聞かれたのがそんなことだったので、なんだか唖然としてしまう。神威の顔もやっぱり特に怒っている感じはなくて、もしかしたら、私が抵抗したから強行してきただけなのかもしれない。


「さっき、阿伏兎と部屋でなんか話してただろ。飯食ってるときもなんか話そうとしてたし。何話してたの?」
「…それは」


どうやら阿伏兎が部屋を出る前に立ち止まっていたのは、神威に見られていたからだったらしい。…正直、本当の事は言いにくい。だって阿伏兎には、俺から聞いたっていうなよって言われているし。そうじゃなかったとしても、あなたのことを話していましたなんて、怖くて言えない。どういったものかと少し考えて、一つだけ思いついたことがあったので、口を開いた。


「…このまま春雨に残るかどうか、決めろって言われた」


嘘は言っていない。…話の大半は神威の事だったけれど、確かに今日話したことだから。


「どういうこと?」
「私は今『商品』ってことになってて、正式な団員じゃないから、春雨に入団するか決めろってこと。第一師団が私のことを引き取りたいって言ってるらしい」
「…ふーん」


いつもより少し低い声でそう言って、神威は私の腕を離した。一応納得してくれたんだろうか。わからないけれど、今すぐ何かしてきそうな感じはない。…掴まれた腕にくっきり跡が残っていた。


神威はもう興味をなくした様子で、「ならいいや」といってドアの方に歩いて行った。…なんで急に涼しい態度になったのかは知らないけれど、私の中に、ふつふつと感情がこみ上げてくる。


「…ちょっと待ってよ」


私の言葉に、神威が立ち止まって少し振り向いた。


「女性の裸見た上にいきなり掴みかかってきて、興味なくなったらさっさといなくなって…わけわかんないんですけど」
「…」
「私が阿伏兎と話してたのそんなに悪かった?いきなり掴まれて、腕痛いし、裸見られるし、見られたのに何の反応もなしだし、何でそんな事聞いてきたのか全然わかんないし…なんなの、もう」


ああ、だめだ。目が熱くなってくる。別に泣きたいわけじゃないのに、…泣いたって何も解決しないのに。泣くくらいなら斬りかかった方がよっぽどマシだって思うのに。


春雨に残るかどうかって話をしたとき、正直引き止めてくれたらって思った。行くなって、ここにいろって言ってくれたら。…だけど、興味なさそうに流されてしまって、ショックだった。裸を見られたことより、掴みかかってきたことより、…それが、一番ショックで。


しゃがみ込んで、両手で顔を隠す。泣いてる顔なんて見られたくない。こんな弱い自分、知られたくない。見ないで、早くどっか行って。でもいかないでほしいって、心のどこかでは思っているんだ。なんなんだこんな感情。訳が分からない。


不意に、ふわりと温かいものが私を包んだ。…顔を上げると、神威が自分の服を脱いで、それで私を包み込んでいる。神威の顔が、なんだか拗ねたように見える気がして、思わず凝視してしまう。


「…隠すの忘れてる」
「ッ」
「俺にもわからないよ。あんたが阿伏兎と何話そうと、俺には関係ないはずなのに…気になるなんて」


立ち上がって、私に背を向ける神威。裸を見ないようにしてくれているんだろうか。


思わず見つめてしまった神威の背中には、よくみると無数の古傷があった。どれもこれも、小さいとは言い難い傷ばかりだ。…なんだかいてもたってもいられなくて、私も立ち上がって、神威の背中に軽く触れる。びくっと軽く震えたけれど、特に嫌がる様子はなかった。


「…傷…いっぱいあるんだね」
「…ん」
「夜兎族は傷の治りが早いって…でも、こうやって傷が残るんだね」
「でかい傷はね、残ることもあるよ」
「…そっか」


ひときわ大きな傷に触れて、神威が今まで歩んできた道を思う。…この傷は、罪の証。神威が…私たちが、今までしてきたことの、一生消えない印。私たちはそれを背負って、生きていかなきゃいけない。この先どんな道を選んで、誰と生きていこうとしても。


神威の背中におでこを乗せる。当たり前だけど、温かい。罪があってもなくても、その温かさは変わらない。生きているから。…生きていくんなら、ちゃんと選ばなきゃ。…自分の意志で。


温かさが心地よくて、目を閉じる。神威の匂いがして安心する。お母さん以外の人にこんな気持ちになれるなんて、自分でもちょっとびっくりだけれど、この温かさから、離れたくない。


「…そういえば」


急に神威がこちらを振り返ったので、一瞬前のめりに倒れそうになった。肩からずり落ちそうになった神威の服で体を隠しながら顔を見上げると、なぜか、ニッコリ笑っている神威。


「裸に反応してほしかったの?」
「はっ!?」
「さっき自分で言ったよね?見られたのに反応しないしって。…そういうのがお望みなら、いつでも答えるけど?」


その瞬間悟った。これはいつものふざけた神威だ。私の反応を見て楽しむ顔だ。恥ずかしさが急にぶり返して来て、全力で神威に突進してドアの方に押しやった。


「やかましい!さっさと出てけ!」


私が振り上げた拳をひらりとかわして、ニッコリ顔のまま神威はドアから出て行った。…拳を止め損ねて、さっき放り投げてあった脱衣かごをぶっ壊してしまった。…ああ、弁償しなくちゃ。


…それにしても。さっきかけてもらった神威の服ごと、自分の体を抱きしめる。


私が、決めなくちゃ。誰かに選んでもらうわけでもない、誰かに従わされるわけでもない、私が選んだ道。きっとこれが、お母さんが言っていた「自分の人生」ってやつだ。


もう答えは見えている。あとは、ちゃんと言葉にしなくちゃ。


そのために、まずはお風呂に入らなきゃ。そう思って、神威の服を脱いだ。脱いだ拍子に神威の匂いがして、なんだか少しだけ、脱ぐのが名残惜しい気がした。


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2021.02.10 wednesday From aki mikami.