罪と罰と恋と愛


Scene.1


「阿伏兎―!!!」


船中探し回ってようやく、操縦室で進路の相談をしているらしい阿伏兎を発見、誰も入ってこられないように急いで扉を閉めて、阿伏兎に駆け寄った。


「探したよ、まったくもー」
「あァ?なんだなんだ騒がしいなァ。子孫繁栄はどうした」
「それはもういいの!それより!」


とんでもないことをぶり返そうとする阿伏兎の言葉を遮った。夜兎族の未来を憂いているのはわかるけれど、そんなこと私に期待しないでほしい。


そんなことよりも、今は伝えなければいけないことがある。ついでに早く話を終わらせないと、やつが追いついてしまう。私はできるだけ早口で言った。


「私、春雨に入ることにしました!」
「ほー」
「あのバカに愛し愛されることの意味を教えることになったから!」
「あァ?!」
「一生添い遂げることになったので、あのバカがいるところについていきます!以上!」


私の言葉に、なぜかその場にいる全員がどよめきだした。え、何で…?なんか変なこと言った…?


阿伏兎はなぜか動揺した様子で片手を上げて、ひきつった笑いで私を見下ろした。


「あ、あー…そうか。ま、がんばれよ」
「頑張る!」


私がそう言った瞬間、操縦室のドアが粉々に吹っ飛んだ。みんなは驚いていたけれど、私はすぐに思った。やつが来たぞ、と。


「なんで逃げるかなー、


ニッコリ笑顔の神威が、ぶっ壊したドアから中に入ってきた。ホコリがすごい。あのドア直るのかな。なんて思っているほんの少しの間に距離を詰めて来て、背後から首に手を回して抱きついてくる。


「だって、しつこいんだもん!ダメって言ってるでしょ!」
「だって、俺の事愛してくれるんだろ?ならセックスくらいするだろ」
「だから、そういうんじゃないんだってば!」
「だから、そういうのってなに?」
「だから、それは…ええっと、…と、とにかく違うの!」


正直何がどう違うのかと聞かれると全く説明できる気がしないけれど、とにかくそういう事じゃなくて、ただ神威のそばにずっといるよってことが言いたくて、…ああ、もう。自分の語彙力のなさに腹が立つ。


「ねェ阿伏兎!こういうときなんて言ったらいいの!」
「あァ?俺に聞くなよ」
「ねェ阿伏兎、こういうときはセックスくらいするよね」
「だーから俺に聞くなっつーの!」


阿伏兎は心底面倒くさそうな顔をしてそう言った。もう、神威がいたら大事な話がいつまでたっても進まない。もう追いつかれてしまったし、急いで話す必要もない。神威は無視して話を続けることにした。


「前に言ってた、第一師団の話、あれ断っておいてほしいの」
「あー、あれならさっき断っておいたよ」
「え?なんで?」


お前さんの自由だ、的なことを言っていたはずなのに。私の言葉に、阿伏兎はうんざりした顔で私から目をそらした。


「なんでって…あんなところ見せられたら断るしかねェだろ。団長の女よそにやるわけにいかねェからな」


阿伏兎がそういうと、その場にいるみんなが一斉に笑い始めた。笑っていないのは私と阿伏兎だけだ。


「お、女って…だから違うんだって…!」
「だってお前さん、団長に愛し愛されることの意味を教えてやるんだろ?」
「え…うん」
「一生添い遂げるんだろ?」
「…うん」
「ほとんど夫婦の近いみてェなもんじゃねェか」
「…はっ」


かみ砕いて説明されると、確かにそう聞こえてしまう。…そして、夫婦であればセックスくらい当然する。だから神威は急にセックスセックスって言い始めたの…?今更気づいた衝撃の事実に愕然としてしまう。


だって、本当にそういうつもりじゃなくて、確かに愛してあげるっていったけれど、それは私がお母さんにしてもらったみたいに、神威の事愛してあげるよって意味で。


あれ、これってもしかしなくても、私が悪い…?


どうしよう、どうやって訂正したらいいんだろう。愕然としている私を、神威はずるずると引きずって歩き出す。じゃあねー、なんて神威の間の抜けた声を聞きながら、操縦室を後にした。


Scene.2


神威に引きずられる形でやってきたのは、神威の部屋だった。結構長くこの船に乗っているけれど、神威の部屋に入るのはこれが初めてだ。当たり前だけれど、部屋中に神威の匂いが充満していて、なんだかドキドキしてしまう。…というか、やっぱり団長だからなのか、私の部屋よりとっても広い。といってもものがほとんどないから広く見えるだけかもしれないけれど。


大きめのベッドとクローゼット、ローテーブルにソファ、ドレッサーのようなものもある。けれど、ベッドとクローゼット以外はほぼ使っている形跡がない。なぜならベッドとクローゼットの周りには多分脱ぎっぱなしであろう服が何着かあるけれど、ほかの箇所にはそれが全くなくて、テーブルに至っては少しホコリがたまっているからだ。うーん、個人的にこういうの気になるんだよなァ。


部屋についたらさっそく襲われるのではないかと危惧していたけれど、予想に反して神威は私から離れてベッドに寝転がった。私はどうしていいかわからなくて、部屋の隅に立ってきょろきょろと辺りを見回す。


「どうしたの、こっちおいでよ」


そう言って手招きしてくる神威。…おずおずとベッドの方に近づくと、急に起き上がって、グイと手を引っ張られた。その拍子にベッドにうつぶせで倒れこんで、そのまま半ば強引に神威の横に寝かされる。


「痛いんですけど…」


つぶれた鼻を抑えながら神威を睨み付けると、神威は楽しそうに笑って私の頭を撫でた。…その仕草が予想に反して結構優しくて、いつも乱暴にされてばかりだから、ちょっとドキッとしてしまう。


「もうちょっと、片付けしたら?」


照れ隠しで、ついそんなことを言ってしまう。神威はんー、と少し考えるようなそぶりをしたあと、口を開いた。


「寝るとき以外は着替えるくらいしかしないからなー」
「…見たらわかるけども。あのテーブルとかしばらく使ってないでしょ」
「正解ー。さすが
「だから、見たらわかるってば。…っていうか」


さっきからって、いつの間にか名前で呼ばれていることに気づいてしまった。


「なんで急に名前呼び?今まであんたって言っていたのに」
「だって、自分の女の事『あんた』って呼ぶの変だろ」


とても機嫌がよさそうな顔でそういった神威。正直私は距離が近すぎてドキドキしているけれど、神威は全然そんなことはなさそうだ。


「女って…だからそれは違うんだってば」


面と向かって、こんなに近い距離で、そんなこと言わないでほしい。本当、顔だけはイケメンなんだから。そう思っていたら、今度は鼻と鼻が触れそうなほどに顔を近づけて、「嫌なの?」とささやかれる。…ああ、もう。だから本当にやめてほしい。だけど。


「…名前で呼ばれるのは、ちょっとうれしい」


これは本当に、素直にそう思う。別に『あんた』って呼ばれることを気にしていたわけではないけれど、名前でちゃんと呼んでくれるのは、私の事をちゃんと認めてくれている感じがするから。


「そっか」


神威は満足そうにそう言って、私の腰に腕を回した。またエッチなことでもされたらどうしようと慌てたけれど、なんだかそういう感じではないみたいで、ふんわりと優しく抱きしめて、私の胸に顔をうずめる。


「さっきも言ったけど、無理強いする趣味はないよ。…でも、これくらいはいいだろ」


そのしぐさはどちらかというと、母親の胸に飛び込んでくる子供みたいで、受け止めてあげたいと思わされてしまう。


「いいよ」


そう答えながら、神威の頭を優しく抱え込んで、静かに目を閉じた。


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2021.02.12 friday From aki mikami.